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第30話 廻れよカメ 2/4

 10:30 AM


 辰真は研究室を後にし、大学構内の様子を視察する事にした。北端の旧校舎群から、巨大な第一校舎の背後を左に抜けて東部の第二校舎付近へ足を運ぶ。中間試験中ということもあり、周辺は多くの学生達でごった返しているが、奇妙な事に、彼らに変わった様子は一切見られなかった。辰真が夢を見ていたのでなければ、つい先程時間が巻き戻されるという異常事態を経験しているはずなのに。


 第二校舎の横を通過し、図書館の方へふらふらと歩いていると、よく知る人物が図書館から飛び出してくるのが見えた。その人物は周囲をきょろきょろと見回していたが、辰真の視線に気付くと、手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。

「森島くーん!」

 それは誰あろう、同期の稲川月美だった。

「稲川……」

「森島くん、変なこと聞くかもですけど、さっき不思議なことが起きませんでしたか?例えば__」

「試験受けてる途中に突然時が巻き戻ったり、とかか?」

「!!やっぱり、森島くんも覚えてたんですね!良かった……さっきまで第一校舎の廊下にいたのに、急に図書館で勉強していた頃に時間が戻ってて、びっくりしたんですよ。周りの人に聞いても、全然記憶ないみたいだったから、不安になってきて」


 辰真にとっても、月美と合流したことで時間の巻き戻りを確認できたのは幸いだった。残る問題は、「どうして時が戻ったのか」及び「何故それを2人だけが認識できるのか」の2点だが……


「なあ、時が巻き戻る直前の事って覚えてるか?」

「直前ですか?確か第一校舎の廊下から、ふと中庭の方を見たんですよね。そしたら一瞬、何かが見えたような気がして、気付いたら図書館にいました」

「やっぱりそうか。俺も巻き戻る直前、中庭を見てたんだよ。その時見えた物については思い出せないか?」

「うーん……多分何かの生き物だと思うんですけど。丸くてキラキラしてて、短い手足が生えてたことしか思い出せないです。森島くんは?」

「俺もあまり自信はないが、亀に見えた」

「カメ……!そうだ、確かにカメでした!それも、あの形状はウミガメです!何故か宙に浮いてましたけど」


 二人の記憶を統合することで、あの時目にした光景が少しずつ明確になっていく。そして、残る問題は。

「あの時、亀と一緒に変な人間を見なかったか?怪しい外見の」

「わたしの方角からは、人間は見えなかったですね。どんな感じの見た目でした?」

「確か、臙脂色っぽいローブで全身を覆ってたな。何というか、エキゾチックな感じのデザインだった」

「暗い赤色のローブ……エキゾチックな……あんな感じですか?」


 月美が図書館入り口の辺りを指差す。その先には学生達に交じって、丁度辰真が話したような暗いローブを着た人物が佇んでいた。

「そうそう、あんな感じの……って、あいつだ!」

 そう言うなり走り出す辰真。それを知ってか知らずか、謎の人物はローブを翻して移動を始め、図書館の裏手へと姿を消す。


「待て!」

 謎の人影を追い、辰真は図書館裏手の細長い路地へと入り込む。裏口に繋がる通りには誰もいない。図書館内に入ったのか、次の角を曲がったのか?思考を巡らす辰真の耳に、角の先から怪しい物音が響いた。

「そっちか!」

 辰真は再度ダッシュし、角を曲がって隣の通路へと飛び込む。そして、すぐ内側に立っていた臙脂ローブの人物と正面から激突した。

「ぐはっ」

 倒れる2人の頭上で羽ばたくような音が響き、円盤状の影が光の粒子をばら撒きながらその場から飛び立っていく。


 辰真がフラつきながら立ち上がる横で、謎の人物も静かに立ち上がり、フードを外す。中から出てきたのは、これまたエキゾチックな風貌の女性だった。浅黒い肌。几帳面に切り揃えられた黒髪。頭部や首元には金色のアクセサリーを着けている。年齢は辰真達と同じか少し上くらいに見えるが、学生なのだろうか。

「だ、大丈夫か?」

「…………」

 女性は辰真と近付いてきた月美をじっと見つめると、流暢な日本語で答えた。

「ごきげんよう、探索者の皆さん。私はシェセン。エジプトから来た、考古学を専攻する者です」


「留学生さんですね!わたしは社会学部の稲川月美です。シェセンさん、よろしくお願いします」

「同じく、社会学部の森島辰真だ。それより、こんな場所で何をしてるんだ?あの亀みたいな生き物と、さっきから一緒にいるみたいだが」

「やはり……あなた方は記憶を保持しているのですね。巻き戻し前の」

「まあな。正直まだ混乱してるが」

「あのカメさんは、シェセンさんと何か関係あるんですか?」

「いいえ。私もあなた方と同じく、追う側の者です。占いによる導き、すなわち星のお告げにより時空間の乱れを察知し、あの生物を追跡しています」


「星のお告げ……?」

「シェセンさん占いができるんですか?」

「ええ。星の声を聴く技術には、昔から長けています」

「すごーい、さすがエジプシャン!わたし、ちょうど占ってほしい事があるんですけど__」

「それは後でいいだろ。とにかく、あの亀については何も知らないって事だな?」

「そうですが、同時にそうでないとも言えます」

「どっちなんだ……」


「つまり、こういうことです」

 シェセンは困惑する2人を見据えたまま、こう続けた。

「どうしてあの生物がこの大学にいるのかは知りませんが、あの生物の正体と能力については把握しています。あれは、グノーミーと呼ばれる亀型の異次元生物。見た目は紅海や地中海でも見られる海亀にそっくりですが、ただの亀ではありません。周囲の時間を一定時間巻き戻す能力を持った、「廻りの亀」です」



「グノーミーは大人しい性質ですが、危険を感じると周囲の時間を巻き戻すことで自衛を行います。具体的な時間数は、個体差もありますが平均2~3時間程度。しかし、中には12時間以上戻されたという例もあるそうです……質問があればいつでもどうぞ」

「そもそもの話なんだが、いくら異次元生物でも「時間を巻き戻す」なんて無茶苦茶な事が本当にできるのか?未だに信じられないんだが」

「グノーミーの能力の源はタキオンエネルギーです。タキオンの力を操れるのならば、充分に可能でしょう」

「タ、タキオンエネルギー……!」

「稲川、知ってるのか?」

「本で読んだことはあります。異次元エネルギーの中でも滅多に確認できない存在で、時間を操る性質を持つとか」

「そう。サンプルが少ない上に扱いが極めて難しく、人類には早すぎるエネルギーと言われています。ですが近年、タキオンエネルギーを使いこなせる異次元生物も少数ながら報告され始めました。グノーミーはその代表種です」


「な、なるほど」

「ですが何より恐ろしいのは、グノーミーが一旦時間を巻き戻すと、元の時間に戻った瞬間に再度時を同じだけ巻き戻す傾向があることです。一度この流れが形作られると、時は何度も輪廻を繰り返すことになります。そう、日中は天を、日没後は冥界を旅する太陽神ラーのように」

「そんな……何か対策はないんですか?」

「ない訳ではありません。グノーミーは外部から取り込んだタキオンエネルギーを海藻のような形で甲羅に付着させます。先ほどグノーミーがキラキラした光の粒子を撒いていたのを見たと思いますが、それはこのエネルギー帯からタキオン粒子が零れ落ちたものです。これを引き抜いてしまえば、グノーミーはそれ以上時を巻き戻せなくなります」

「……エネルギー切れを待てばいいんなら、放置してもよくないか?俺達みたいに記憶ある連中以外は実害ないんだし」

「いえ。同じ時点で何度も巻き戻しを繰り返すと、やがて周囲の時空間が大きく乱れていきます。最悪の場合、異世界間のバランスが完全に崩れ、この町が時空の狭間に呑み込まれるかもしれません」

「それはまずいですよ!森島くん、わたし達もグノーミー捕獲に協力しましょう」

「はあ……分かったよ」

 こうして辰真と月美は、謎の占い師・シェセンに協力してグノーミー捕獲に乗り出すこととなった。


「それで、これからどうするんだ?」

「まずはグノーミーを追跡しましょう。現在の居場所を占ってみます」

「早速占いですね!本場の占星術、一度見てみたかったんです。わくわく」

「いえ、残念ながら……今回はこちらで行います」

 そう言うとシェセンは、どこからともなく水晶玉を取り出す。

「私の専門は占星術ですが、どうしても準備に時間がかかってしまいます。ここは正確性より速度を重視して、クリスタルゲイジングで簡易的にお告げを聞き、場所を絞り込みましょう」

「簡易的って……本当に大丈夫なのか?」

「心配ありません__星はなんでも知っている」


 辰真の不安をよそに、手にした水晶玉をじっと見つめるシェセン。やがて彼女は表情を変え、熱心に水晶を凝視し始める。横から眺める分には水晶玉に変化は無さそうなのだが、専門家は何かを読み取れるのかもしれない。

「っ!これは……」

「お告げが来たんですか!?」

「幾つかキーワードが浮かび上がりました。空飛ぶ鯨、緑の光、崩れ落ちる家屋……これは一体、どこを指しているのでしょう?」

 恐らくは特定の場所を示しているであろう3つのキーワードだが、シェセンは結びつけることができず困惑している。そして意外にも、横で見ていた2人の方はキーワードに心当たりがあった。

「森島くん、これってひょっとして……」

「ああ、多分あそこだろうな」


 揺木大学南西部。巨大な建物の骨格が鋼材によって組み上げられている一画に、辰真達3人はやって来ていた。ここは体育館跡地。そもそも老朽化が進んでいたが、夏休み前にアベラント 事件に巻き込まれて不幸にも全壊し、少しずつ建て直しが進んでいる。

「……ここが、本当に星のお告げが示している場所なのですか?」

「多分な。さっきのキーワードは、ここが破壊された事件と関係してるんだよ。詳しい説明は省くが」

「なるほど。流石は探索者ですね」


「失礼しまーす」

 無人の建設現場にこっそりと入りこみ、体育館の内部を窺う一行。まもなく彼らの視界に、金色の粒子を振り撒く影が飛び込んでくる。体育館の中央に佇むその姿は、紛れもなくグノーミーだ。

「いました!」

「此方には気付いていないようですね。背後からゆっくりと接近し、エネルギー帯を引き抜きましょう。誰か一人で行く方がいいですね。森島さん、お願いします」

「俺がやるのか。あれ、素手で触れるものなのか?」

「心配ありません、「ホルスの眼」の加護を授けます。右手を出してください」

 そう言うと、シェセンは辰真の右手に人差し指で軽く触れた。一瞬だけ彼女の額辺りが発光したかと思うと、辰真の右手全体が冷たい空気に覆われたような感覚になる。

「短時間ですが、これでタキオンに触っても影響を受けずに済みます。グノーミーを傷付けることもありません」

「それなら安心ですね!」

「もう少し説明をだな……まあいいか、行ってくる」


 忍び足でグノーミーへの接近を開始する辰真。亀の頭部は反対側を向いているため表情は不明だが、小山のような形の甲羅はピクリとも動かない。そういえば、波崎市の付近にワニを飼っている植物園があった。昔遠足で行ったことがあるが、あそこのワニ達も普段は全く動かなかった。爬虫類ってのは動かないものなんだろうか。そんな事を考えていると、いつの間にか甲羅のすぐ手前まで接近していた。黒ずんだ色の甲羅の背部から、金色の粒子の束が海藻のように伸びている。辰真はそれに向かってまっすぐ手を伸ばした。


 エネルギーの帯をむんずと掴み、一気に引っ張ると、予想以上にあっさりとタキオンの束は抜けた。

(よし!)

 安堵する辰真だったが、その視線がグノーミーの甲羅に戻った時、彼の全身が強張った。よく見るとエネルギー帯は2本生えていて、彼が引き抜いたのは片方だけだったのである。そして、異次元亀は、甲羅に伝わる衝撃を察してこちらに顔を向けていた。


「あっ」

 次の瞬間、再び彼の周囲の世界は激しく歪んだ。全ての光が消え、グノーミーや月美達の姿も見えなくなる。そして数秒後。明るくなった周囲の景色を確認した辰真は、再度時間が巻き戻った事を即座に認識する。目の前には「揺木大学」と書かれた巨大な門が聳えている。すなわち、彼がいたのは大学正門前だった。


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