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第29話 深海の旋律 3/4

 米さんの強引な推論の元、辰真達は地図が示す場所、すなわち深海堂の後方へと足を運ぶ。そこには神社より一回り小さい丘がある以外は何も無かった。

「ひょっとするとこれは……」

 米さんはぶつぶつ言いながら丘の裏へと回る。そして、斜面に剥き出しになっていた土の壁を突然素手で掘り始めた。

「え、何やってんですか?」

「古来より、神社の近くには隠し塚が良くあるものさ。社殿に祀られている御神体はレプリカに過ぎず、本物は別の場所にこっそりと埋葬する、という手法だよ。僕が見るに、今回も同じようなケースだろう。ほら__」

 彼の言葉が途切れると同時に土壁に穴が開き、奥の空洞が露わになる。そして、穴を中心に壁は土塊となって崩れ落ち、小さな丘は洞窟の入り口へと変貌した。


「ホ、ホントに洞窟があった……」

「さっすが米さんですね!」

 洞窟は彼ら全員が充分に入れる大きさだったが、内部は底無しの暗闇で満たされ、奥行きを見通すことはできなかった。

「メリア、この中からマナの声は聞こえるか?」

「アオレ。サイレントな所、ここですネ」

「やっぱりそうか……」

 予想通り、この奥に何かがあるのは間違いない。心の奥底に微かな不安を感じながらも、辰真は洞窟の中に入る決意を固めた。


 こうしてYRKメンバー5人は、深海堂の洞窟探索を開始した。自称洞窟探索のプロである米さんが先陣を切って懐中電灯で前方を照らし、同じくらい探索慣れしている辰真と月美が殿を固め、マークとメリアは真ん中という編成だ。辰真が提案したこの並びには、彼なりの理由があった。最後尾であれば、探索慣れしてないメリア達に何かあってもすぐにフォローに入れる。マークはともかく、ゲームで言えばヒーラー役のメリアは重要な存在だ。手厚く保護する必要がある。


 そして、もう一つの理由。辰真は横を歩く月美の様子をそっと窺う。洞窟を探索するというシチュエーションは、直近の「冥海の探索」を否応なく想起させる。彼女の記憶がどこまで残っているのかは不明だが、あれを思い出したことでトラウマを発動されるような事は避けなければならない。この立ち位置なら、月美に何かあっても対応できるだろう。


 ……本当は波崎まで来て再びこんな状況に巻き込まれること自体が不本意なのだが。自分達の運命を呪いたくなってくる辰真だが、幸い月美の様子は溌剌としていて、瞳から光が失われているような事もなかった。


「ところで師匠、気になってることがあるんすけど」

 5人の足音のみが響き渡る洞窟内で、不意にマークが声を出す。

「なんだね?」

「例の半魚人達って、水中で楽器を演奏してたんすよね。でも、水中で出した音が陸地まで伝わるなんて有り得るんですか?滅茶苦茶デカイ音じゃないと聞こえない気がするんすよね」

 それは辰真も気になっていた。そもそも水中での演奏を聞いたことなど無いが、よほど巨大な音でなければ数十m先にも届き、波の音などを乗り越えて陸地まで聞こえることはないはずだ。

「そうだな。以前に水中で楽器を演奏してみるという動画を見たことはあるが、当然ながら陸上での演奏とは聞こえ方が全く違っていた。特に弦楽器なんかは、ほとんど音が聞こえなかったね。ソノンゴは我々の常識とは違う、独自の楽器を使用しているに違いない。恐らくは打楽器か、水中専用に調整された管楽器の類だろう」

「一体どんな音色なんでしょうね?」

「記録では「風変わり」としか書かれていなかったが、水圧に晒される分、陸上の音楽よりも圧縮され、深みのある音色を奏でているに違いない。重々しく荘厳で、聞く者の精神を揺さぶるような……ああ、早く楽器を見つけたいものだね」


 そんな話をする間にも、一行は曲がりくねった洞窟を歩み続ける。体感で数百mの距離を進み、方向感覚が分からなくなってきた辺りで、唐突に洞窟は終わりを告げ、彼らは広い空洞の中へと足を踏み入れていた。

「着いたぞ」

 米さんの声が洞窟内で反響し、静かに木霊を繰り返す。空洞は天井が高いドーム型をしていたが、地表が見えるのは彼らが立っている側だけで、残りの半分は水没していた。黒く染まった水面は、注意して見ると小刻みに揺れている。地底湖ではなく、外海に繋がっているのだろうか。


「諸君、宝についての手掛かりがないか、探してみよう」

 一行は隊列を保ったまま壁際に移動し、各々探索を開始する。懐中電灯で地面や壁面を照らして観察している内、辰真はある事に気付いた。この洞窟は間違いなく自然にできたものだろうが、所々に人の手が入ったような形跡がある。地面は歩きにくさを感じさせない程度には整地されているし、壁面も所々が平らに削られ、最低限の見栄えが保たれている。これがかつての島人達の手によるものならば、同様にしてどこかに宝を隠していてる可能性が十分に考えられるが__


「…………?」

 辰真が壁面の一画を照らして奇妙な違和感を抱いた、その瞬間だった。今まで耳にしたことの無いような旋律が、突如として洞窟内に響き渡ったのである。暗い深淵の底から、波紋を立てる水面を経由して大気中へと伝わる振動。それが鼓膜に至った瞬間、辰真の全身は凍りついたように動かなくなった。


 確かにそれは、今まで陸上で聞いたことのない程に陰鬱で重苦しく、聞く者を不安にさせる性質の音色ではあった。だがそれに止まる話ではない。その音を耳にした瞬間、洞窟内の空気が一気に冷え込んだのかと錯覚するほど、彼の肉体、そして精神を寒気が襲ったのである。渦巻く不安と怖気、そして誘引力。その感覚は、例の魔石に端を発する数々の出来事を否が応でも想起させるものだった。そして辰真の隣では、彼の危惧通り、月美がその顔色を瞬く間に蒼白にさせていた。


 ……だがこの程度なら、予想の範囲内だ。全身が硬直しきる前に、辰真は大声で叫ぶ。

「メリア、頼む!」

「ラジャ!」

 そう答えると、メリアは瞬時にマナのバリアを広範囲に展開。バリアに入った瞬間、温泉に浸ったかのような心地よい感覚に包み込まれ、辰真の体は再加温されていく。マナエネルギーの持つ回復効果が、謎のエネルギーの持つ冷気を相殺してくれたのだろう。念を押して、事前にメリアに頼んでおいて正解だった。


「稲川、大丈夫か?」

 辰真はすかさず月美に駆け寄り、その相貌を正面から覗きこむ。

「ふぇ?だ、大丈夫です」

「そうか、良かった」

 彼女の顔色にも徐々に血色が戻ってきているのを確認すると、改めて周囲の様子を見回す。5人全員がメリアの張ってくれた結界の中に避難済みで、精神的に問題ありそうな者はいないようだ……と思いきや、妙な表情をしたまま、あらぬ方角を見つめている奴が1人だけいた。


「マーク、どうした?」

「……後ろ見ろよ後ろっ!」

 辰真はマークが指差している方向に視線を移す。水面の中央に、いつしか黒い影が出現していた。影が陸地方面へと移動するにつれその頭身は徐々に高くなり、同時に謎の旋律も音量を増す。もはや疑う余地は無い。音楽を奏でている何者かが、暗い海の底から上陸しようとしているのだ。


 影が完全に陸上に姿を現す前に、どこかに隠れなければ。一か八か、辰真は洞窟の壁面、先程ライトで照らしていた部分に駆け寄り、そのまま体当たりする。

「!?」

 次の瞬間、辰真の姿が壁の中に消えた。いや違う。衝突と同時に壁面の一部が後ろに倒れ、出現した穴の中に飛び込んでいたのである。先程の探索で、この一画のみ周囲と僅かに色が違う事に彼は気付いていた。そこに人為的な何かを感じ取っていた辰真の直感は、結果的に言えば当たっていた。壁面に偽装した木板が、奥にある小部屋の存在を巧妙に隠していたのだから。


 謎の影が陸上へ進出する寸前、5人は小部屋の中に身を隠す事に成功した。息を潜めながらも周囲を見回すと、部屋の隅に円柱のような形にカットされた石が直立しているのが目に入る。そしてその頂上には、まるで祀られているかのように、奇妙な形の物体が鎮座していた。

「おお、これは……!」

 米さんが感嘆の声を上げながら、それを手に取る。スイカを半分に切ったような形と大きさで、球面の部分は貝殻製、断面の部分には皮のような物が張られている。更に先端の丸い棒状の物体も2本付属していた。総合的に判断して、これは打楽器の一種、それも水中で使用されていた物で間違いなさそうだ。


 早速音色を確かめてみたい所だが、深海からの訪問者が上陸してきている状況下ではそれも難しい。そう、今や黒い影はその全身を大気に晒していた。全体的なシルエットは人間にかなり近かったが、その全身は鱗に覆われ、首回りや背中には魚の鰭のような器官が生えている。まさしく半魚人と聞いて一般人が想像する姿そのものといった外見だったが、1箇所だけ見慣れない点として、巻貝で作られたホルンのような物体を右手に持っていた。恐らくあれが音楽の発生源だろう。


 壁の向こうで学生達が息を潜めて見守る中、半魚人ソノンゴは洞窟の床を踏みしめながら周囲を見回す。その瞳は生きた魚のように黒々としていて、いかなる感情も読み取ることはできなかった。


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