第29話 深海の旋律 1/4
(前回までのあらすじ)
波崎港に突如として現れた凶暴な蜂ザメ(ビーシャーク)の軍団。クルーザーでサメ達を誘き出し、ナムノスの力を借りて退治に成功した辰真達の前に、更なる脅威・巨大な女王蜂ザメ(クイーンビーシャーク)が迫っていた。事態収拾のため、米さんは標島への出航を宣言したのだった__
「予定変更だ。我々は今から標島に向かう!」
「標島に?明日行く予定だったんじゃ」
「残念だが、そんな悠長な事は言ってられない。見ろ、女王が姿を見せるぞ!」
米さんが船の外、波巣方面を指差す。そこでは蜂鮫の女王が、今まさに海面へと浮上している所だった。
飛沫と共にその全身を表した女王蜂ザメ。ホオジロザメのような体型に黄色みがかった体色、縞模様、針状の尾びれ、透明な羽根といった特徴は通常の蜂ザメと一致しているが、明らかに異なるのはその大きさだ。一般蜂ザメの体長が3m程度なのに比べ、女王の体長は少なくともその3倍はある。
波巣を守るように立ち並ぶナムノス達に向かって、女王が突撃する。先陣を切る青いナムノスに大顎で噛み付いて放り投げ、背後の黒い個体に激突させる。横から来た緑のミノが生えた個体には尾びれを突き刺し、水色と黒の縞模様の個体は咥えたまま空中に飛翔し、渦の中に叩きつける。その体格差と驚異的な戦闘力に、ナムノス達は圧倒されていた。それでも数的有利を活かすべく、海の守護者は束になって蜂ザメに殺到し、一体ずつ突破されていく。女王による殲滅が先か、ナムノス達が粘り勝つか。勝負の趨勢は見えなかった。
「状況は芳しくない。ナムノスの全滅も充分にあり得る」
腕を組みながら戦闘を見ていた米さんが険しい顔で分析する。
「呑気に見てないで早く逃げてください!」
すかさず玲のツッコミが入る。それも無理はない、船の位置は波巣からさほど離れておらず、いつ戦闘に巻き込まれるか分からない状態なのだ。
「よし、それでは出発するぞ諸君」
激戦の最中、クルーザーは察知されないよう静かに波巣を離れ、標島へと出航した。
米さんはクルーザーを自動操縦モードに設定すると、キャビンの中央に地図を広げ、学生達を集めた。
「さて諸君。我々はこれから標島に向かうわけだが、この島のことをどれくらい知っているかね?」
「すみません、全く知らないっす」
「ワタシもです」
マーク達の返答を聞き、辰真も首を縦に振る。正直、波崎市の沖合いにある無人島くらいの情報しか持ってない。合宿の担当者なのに調べが足りないと我ながら思うが、そもそも標島に関しては米さんが無理矢理ねじ込んできたのだから仕方ない。
「ならば仕方ない、まずは島の解説からだ。白麦君、お願いしてもいいかね?」
「私ですか?別にいいですけど」
一方の玲は、YRKの代表だけあり手慣れた様子で解説を始めた。
「標島は、波崎の北東5kmくらいの位置にある小島よ。昔は人が住んでいて、漁村として古くから栄えていたんだけど、1950年頃に災害が原因で全員が本土に移住して、今では完全な無人島になってるわ。漁港や展望台の一部が当時のままの状態で残されているのが有名ね。実際に見に行けた人は数少ないけれど」
「数少ないってのは?」
「島に行ける手段が限られてるんですよ。定期船も無いんですよね?」
「そう。島に行きたいなら市の許可が必要だから、今まともに行けるのは政府の調査船くらいのものよ。米さんが渡航手段を確保したって言ってたから楽しみにしてたんだけど、案の定これで密航するつもりだったのね。期待して損した」
「まあそう言うな。この事態なら市も我々に許可を与えざるを得まい。晴れて合法的に上陸できるというわけだ!」
「結果オーライの極みっすね」
「でも、どうしてそのアイラナ(島)に?ビーシャークにタイコウするアイテムがあるですカ?」
「いい質問だメリア君!その疑問に答えるためには、標島の裏の歴史について語らねばなるまい」
「は?裏の歴史?」
「うむ。白麦君が話したことは事実だが、同時に真実の一つの側面に過ぎないのだよ」
米さんは真剣な顔つきで、標島の「裏の歴史」を語り出した。
「昨日も言ったかと思うが、標島に関してマニアの間で有名なのは、何と言っても「半魚人伝説」だ。かつてこの周辺の海域には七つの島が円を描くような軌道で存在していた。各島には半魚人のような種族が棲んでおり、円の中央にあたる海底で眠りについているとされる「深海の主」を崇めていた。六つの島は海流が激しく人間の上陸は不可能だったが、唯一標島には上陸ができ、僅かな数の人々が半魚人と貿易をし、魚の獲り方を教わって生計を立てていたのだ。だが江戸時代末期頃、突如として六つの島は海底に沈み、同時に半魚人も海底に姿を消したと言われている」
「そ、それが半魚人伝説の全貌なんですね!」
「……色々言いたいことはありますが、その半魚人とビーシャーク退治がどう繋がるんでしょうか」
「まあ聞きたまえ。標島のどこかに、半魚人の棲家へと通じる洞窟が存在すると言われている。そして、その洞窟内には、島の漁師が半魚人から受け取った宝が眠っているという伝説があるのだよ」
「宝……」
「その半魚人種族は、通称ソノンゴと呼ばれているが、水中で楽器を自作し、演奏する習慣があった。その音色は海の底から陸上にまで響くほど力強く、風変わりな物だったらしい。そして興味深いことに、ソノンゴが奏でる音楽は波や風を操るなどの不思議な力を持っていたと言い伝えられている。楽器を演奏することで「深海の主」の力を一時的に授かっていたと言われているね。更に、島の人々が貰った宝も楽器の形をしていると言われている。これがどういうことか分かるかね?」
「つまり、その宝にも不思議な力が秘められているってことですか?だからそれを見つけて、演奏することでビーシャークを追い払えると」
辰真の答えを聞いて、米さんは満足げに頷く。
「その通り!理解が早くて助かるよ」
とうとう全貌が明らかになった米さんの計画は、想像以上に行き当たりばったり感が強かった。
「はあ……そんな胡散臭い伝説の、実在も怪しいようなアイテムを頼りにしてたなんて……」
「感動して言葉も出ないかね?」
「呆れてるんですっ!」




