第28話 恐怖の蜂鮫大襲撃 4/4
こうして、異様にスピーディーな展開で蜂ザメ誘導作戦は開始された。
米さんの指示により、ミカンや魚を漁獲用の網に詰め、クルーザー後部に繋げて海に投げる。そして米さんの操縦により(ちなみに一級船舶免許を取得しているらしい)、シトラスと生魚の匂いを海中へ撒き散らしながらクルーザーは海水浴場へと向かう。
船が陸地に接近するにつれ、浜辺を囲む異常な光景が彼らの眼前に姿を現し始める。青い海面をびっしりと覆う黒い背びれ。恐るべき蜂ザメの群れに向かってクルーザーは颯爽と接近し、群れに接触するギリギリの所で華麗にカーブを決め、沖へと方向転換する。
「奴らの様子を見て来てくれ」
一行は操縦席のあるキャビン内に避難していたが、辰真とマークがこっそりとクルーザー後部の様子を窺いに行く。波飛沫と共に海面を浮き沈みする波崎の名産品。その背後から、無数の蜂ザメ軍団が牙を剥きながら怒涛の追跡を見せていた。インパクトの強い光景を見せられ、そっとキャビンに戻る2人。
「どうでした?」
「怖いぐらいの成功だ」
「ありゃ心臓に悪いぜ」
「よし、計画通りだ!それではこれから予定の場所に向かう」
米さんはモニターで海図を見ながら舵輪を回す。
「予定の場所って、どこに向かうつもりですか?まさか標島?」
「惜しいが違う。我々は今咲浜の沖合を北上している。これから北東の方向、つまり標島がある方面へと向かうわけだが、島まで行く必要はない。目的地はここだ」
米さんが指差していたのは、海図上に表示された船と標島の中間地点。そこだけ青色が濃く、警告を表す高波のマークが表示されている。
「これはひょっとして、波巣?」
「その通り!昨晩ナムノス達が帰っていった場所だよ。ナムノスは本来、海の秩序を守る存在。サメ達を野放しにはしない筈だ」
「ナムノスを頼って本当に大丈夫なのかしら」
「昨日追い回されたばっかりだしな」
「きっと大丈夫ですよ。あの子達とはちゃんと意思が通じてましたし」
「アエ。ナムノスはシンライできる気がします」
実際、他に選択肢が無いのも確かだ。ここはメリア達の直感を信じよう。大量のサメを引き連れたクルーザーは、スピードを上げて波巣へと急ぐ。
やがて船の前方に、嵐のように波が逆巻く一帯が姿を見せる。その一部は渦潮を形成していて、下手な大きさの船ならば容易く呑み込んでしまいそうな程だ。間違いない、あれがナムノスの居城である波巣だろう。
「米さん、そろそろ危険じゃ」
「行くぞ、しっかり捕まりたまえ!」
「えっ」
クルーザーはスピードを落としながら波巣へと限界まで接近し、渦潮の手前で急カーブを描く。キャビンは大きく傾き、一行が悲鳴と共にその場にしがみつく中、どうにか船は波巣を逃れ、静かな海原で静止した。
「し、死ぬかと思った……」
「まだ安心はできんぞ。サメ達の様子は?」
辰真が窓まで這い寄り、波巣方面を確認する。蜂ザメ軍団はクルーザーの後を追って波巣の手前でカーブを描こうとしていたが、次の瞬間、手前の渦潮が拡大した。怪物の牙を思わせる波飛沫がサメの群れを呑み込み、海中へと引きずりこむ。そして、攻撃を逃れた一部の蜂ザメを妨害するかのように、海中から巨大な影が次々と姿を表す。青と黄色、黒と白、黒と青と黄色。カラフルに発光する物体の正体を、見間違える筈もない。昨夜波崎に上陸した、海の守り神ことナムノス御一行だ。いや、その3体だけではない。見たこともない色や形をしたナムノスが次々と浮上し、蜂ザメ達を包囲していた。
「ナムノスが……こんなに?」
「うむ。波巣は元々ナムノスの本拠地。これだけの数が潜んでいても不思議ではない。後は彼らに任せようではないか」
睨み合うナムノス達と蜂ザメの軍勢。やがて数体の蜂ザメが結集して宙へと飛び出し、一斉にナムノスへと突進する。人間ならば容易くバラバラにできる鋭い牙や尾ビレの針を突き立てるが、軟体質の体には効いているように見えない。ナムノスはサメ達を包み込むように体を傾け、そのまま海中へと身を沈めていく。同様に、周囲のナムノス達もサメを海中へと引き込んでいき、飛翔して逃げようとする一部のサメは触角から発射される星によって次々と撃ち落とされる。
こうして瞬く間に蜂ザメの軍勢は鎮圧され、その場に残されたのは波間に佇む数体のナムノスと、普段通りに渦を巻く波巣の海面だけだった。
「た、助かった……」
船内の一行も安堵の息をつくが、ただ一人米さんだけは険しい表情を崩さないままだ。
「いや、安心するのはまだ早いぞ」
「え、まだ何か__」
次の瞬間。障害物等を探知するレーダーが何かを捕らえ、モニター上に突如として黒点が出現した。モニターを見る限りではこのクルーザー並の大きさを持つ物体が、波巣に急速に接近している。だが、当然海上に船の姿など無い……否。
「!?」
黒点が接近するにつれ、米さん以外の学生達も気付いた。海面に突き出た鋭利な背びれの存在に。そのサイズは、今までに見た蜂ザメ達のものとは比べ物にならなかった。
「当然予測すべきだった」
米さんが呟く。
「あのサメ達に蜂の特性が備わっている以上……女王蜂ザメの存在を!」
黒い背びれの向かう先には、波巣に再び浮上したナムノスの群れ。だが前回とは状況が逆転している。背びれを突き出しながら水面下を突き進む影の巨大さは、ナムノスを遥かに凌駕していたのだから。
「ま、まずいですよ!ナムノスを援護しないと」
「援護って言っても、どうやって?もう魚もミカンも使い切ったぞ」
「……一つだけ心当たりがある。確実なものではないが、今はこれに賭けるしかない」
米さんはキャビンの中央でYRKメンバーを見回し、こう宣言した。
「予定変更だ。我々は今から標島に向かう!」
(第29話に続く)




