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第28話 恐怖の蜂鮫大襲撃 1/4

 波崎市でのYRK夏合宿、2日目。民宿「椿屋」2階の大部屋で寝ていた辰真は、部屋に響き渡った悲鳴を聞いて目を覚ました。もっともその声は、悲鳴にしては妙に控えめな音量だったのだが。


 布団から身を起こした辰真が室内を見回すと、同じ部屋に宿泊していたマークと米さんは既に起床済みだった。2人は部屋の隅の方でテレビを見ている。悲鳴はどうやらテレビの中から聞こえてきたようだ。


 画面に映し出されるは、アメリカ西海岸っぽいビーチの光景。水着姿の若者たちがはしゃぐ波打ち際を、突如として謎の怪物が襲撃していた。上半身はCGを強く感じさせる質感のホオジロザメだが、下半身には蜘蛛を思わせる8本の脚が接着されている。怪物は脚を器用に動かして上陸し、逃げ惑うビキニ美女達を口から吐いた糸で捕らえ、雑に捕食していく。


「ハハハ!見たか、ワシの生み出した最高傑作、スパイダーシャークの性能を!」

 その殺戮をモニター越しに見守るマッドサイエンティストっぽい男が、狂ったように笑い声を上げる。映画の後半辺りで自ら生み出した怪物に殺されそうな臭いがプンプンする。


 そんな低予算感バリバリの映像を画面越しに見守りながら、米さん達は意見を述べ合っていた。

「ふむ、博士の発想は悪くない。サメの凶暴性とクモの機動性を見事に兼ね備えている。だが真に恐るべきは、アメリカ海軍がこの手の秘密兵器を開発しているという噂だろう。実際僕の元にも、その手の話は続々と届いているわけだが。君はどう思うかね?」

「え?そうっすね、陸上はともかく、水中での機動性に不安がありますね。あと、もうちょい捕食に爽快感が欲しいっすね。折角の映画なんだから、もっと派手に食ってほしいというか」

「なかなか目の付け所がいいな。あれは見たかね、竜巻きのやつは?」

「勿論。あれは基本っすよね」


 米さんとマークがサメ映画の話題で盛り上がっているのは意外な光景だ。だが思い返してみると、マークはこの手のB級映画を結構好んで見ている。生物学的なツッコミなどは入れず、あくまでエンタメとして楽しんでいた。一方の米さんも、この手のサブカルチャー全般に造詣が深い。話が合うのは必然だったのかもしれない。そして。

「ちょっと待ってくれ、二人とも。サメ映画なら、頭が二つあるやつも忘れちゃいけない」

「そいつを挙げるとは、分かってるなタツ」

「フッ、これで全員が揃ったというわけか」

 そう。辰真自身も、マークに付き合わされて見ている内にサメ映画には一家言あるようになっていたのだ。こうして意外な共通点が発覚したYRK男子3人は、しばしの間サメ映画について熱く語り合った。



 やがて朝食の時間になり、辰真達が一階に降りていくと、月美・玲・メリアのYRK女子3人は既に食堂にスタンバイしていた。

「今日はまず、海水浴場の方へ行くわよ。目的は皆んなも分かってると思うけど__」

「……よしっ!」

 辰真の隣でマークは小さくガッツポーズをしているが、本当に話をちゃんと聞いているんだろうか。面白いから静観しておくが。


「すまない諸君、僕は少しの間、単独行動をしたい。どうしても今日のうちに行きたい場所があるのでね」

「え?米さん、どこに行くんですか?」

「うむ。何を隠そう、「波崎怪奇博物館」だよ。君達も興味があるなら一緒に来たまえ」

「そこ、どういう場所なんですカ?」

「メリア、米さんの話なんて聞かなくていいわ。あんな不健全な場所には行きません!どうぞ一人で行ってきてください」

 米さんが口にした場所に、露骨に嫌悪感を示す玲。それも無理はない。波崎市南部には大小様々な美術館や博物館が存在するが、「波崎怪奇博物館」はその中でも屈指の胡散臭さと如何わしさを誇るB級スポットなのである。ちなみに辰真も小さい頃、波崎に遊びに来た時に近くまで行ったことはあるが、年齢制限により中には入れなかった。辰真やマークは興味がないわけでもなかったが、女子達と海岸に行く方が間違いなく楽しそうなので、結局博物館には米さん一人が行くことになり、他の5人は海水浴場へと向かった。


 今日の天気は快晴で、絶好の海水浴日和。椿屋の女将さんの言う通り、八沢海水浴場には多くの観光客が詰めかけていた。昨夜のナムノス襲撃騒ぎは地元民や観光客に知れ渡る前に沈静化したため、特にパニックが起きたりはしていないようだ。もっとも、ナムノスにより半壊状態となった波埼灯台の周辺は流石に封鎖されていたが。


 そして、老若男女の群れに混ざって、YRK一行の姿も海水浴場に__無かった。彼らがいたのは、海水浴場の端から伸びる小さな岬へと向かう坂道の上だった。既に砂浜は小さくなり、波崎の大海原が彼らの眼前に広がっている。

「オー、ステキなラエ(岬)ですネ」

「でしょ?この振潮岬の先端には小さな灯台があるの。今は使われてないけど。その手前には有名な吊り橋もあるのよ」

「あ、見てください森島くん。ほら、ネコがいますよ!」

「本当だ。やっぱり魚食ってんのかな、この辺の猫は」


「……いやいや、ちょっと待ってよ代表!海水浴場に行くって話じゃ?」

 ここでようやく、マークが突っ込みを入れた。

「もう、話を聞いてなかったの?確かに方角は海水浴場だけど、目的地は振潮岬だって説明したはずよ」

「そんなの聞いてないぞ、なあタツ?」

「残念なお知らせだが、説明してたぞ。と言うか合宿に出かける前に連絡あっただろ」

「そ、そんな……俺の思い出が、一つ潰えた……」

 がっくりと肩を落とすマークを不憫に思ったというわけでもなさそうだが、メリアも加勢を始める。

「レイ、ホントに行かないですカ?ワタシもスイムしたいです」

「分かったわよ、じゃあ戻って来たらね」

「よっしゃ!」

 代表というより最早保護者のような玲の引率で、一行は振潮岬を進んでいく。


 海を見渡す荒々しい岩の道を踏み越え、見えてきたのは断崖絶壁にかかる吊り橋。幅は約10m、高さは20mで、落ちたら海に真っ逆さまという、なかなかの迫力を誇るスポットだ。両岸に各2本ずつ並んだ木の杭に2本のメインケーブル(ロープ)が架けられ、メインケーブルから垂直に垂らされた複数のハンガーロープが橋桁を支えるという、古典的な形状の吊り橋であり、建設自体が十数年前のため耐久にやや不安が残る。更に少し風が吹くだけでも足元が大きく揺れるなど、人によってはおすすめできない場所ではあるが、幸いメンバーに高所恐怖症はいなかったため、渡る時の動画を撮るなど和気藹々と通過、一行は無事に岬の先端へと到着した。


 普段は展望台として使える振潮岬の灯台は、現在は立ち入り禁止になっていた。半壊した波埼灯台の代わりにこちらを再利用するつもりなのかもしれない。辰真達は灯台横のテーブルに腰を下ろし、休憩することにした。玲が自分のリュックサックからミカンを次々に取り出し、メンバーに配っていく。

「はいどうぞ」

「レイ、これって昨日の夜に出た?」

「そうよ。「小波」って品種で、波崎の特産品なの。宿でたくさん貰ったから、好きなだけ食べていいわ」

 確かに玲のバッグにはミカンが大量に詰まっている。下手すると荷物の半分以上が小波かもしれない。ともあれ一行はミカンの皮をむきながら、穏やかな海を見ながら休憩をした。


 数分後。彼らの眼下で、一隻の小さな船が海を横切っていくのが目に入った。どうやら漁船のようで、漁を終えて波崎港へ帰っていく所らしい。何となしにそれを眺めていた辰真は、不意に違和感を覚えた。

「なあ、船の周りに、影みたいのが見えないか?」

「船の周り?」

「何かあるのか」

 全員がその場に集まり、漁船の周囲の海面を注視する。最初は青一色にしか見えなかった海面だが、ずっと見ていると徐々に色の違いが分かるようになってくる。確かに辰真の言う通り、薄暗い影になっているような部分がある。それも一つではなく、多数の影が船を取り囲んでいた。いや正確には、船は移動中なのだから、多数の影が船を追跡しているということになる。


「あれは一体なに?」

「イッア(魚)ですカ?」

「あんな大きな魚、この辺にいたっけか」

 一行が意見を交わす間にも、影は一層その濃さを増し続け、遂に何体かの影が水上へと飛び出す。


 それは、どうやらサメに属する生物のようだった。ホオジロザメを横に圧縮したようなズングリとした体型で、サメにしては明るめの黄色がかった体色。しかし何より特徴的なのは、背中部分に透明な羽根のようなものが生えている点だ。驚くべきことに、そのサメはその羽根を高速で動かすことで空中でホバリングをしている!


 絶句する辰真達の眼前で、後続が次々と水中から飛び出してくる。一匹の大きさは1〜2m程度しかないようだが、漁船を容易く包囲できるほどの群れが瞬く間に空中に形成された。そしてサメの集団は、漁船の甲板に向けて一斉に突撃する。

「アウエー!ヌイ マノー(サメの群れ!)」

「マズいぞ……」

 飛行ザメ達の突進で甲板に敷かれていたプラスチックの蓋が弾き飛ばされ、その内側に作られていた生け簀が露わになる。漁を終えた後の生け簀には、当然ながら漁獲された魚達が収容されていた。その無防備な魚群へ、飛行ザメの集団が一斉に襲いかかる。為す術もなく捕食される魚達。宙に血飛沫が舞い散り、それが海に振りまかれるや否や、海中から後続のサメ達が続々と浮上してくる。その惨状に気付いたのか船員も甲板に駆けつけるが、一瞬後には船内に逃げ帰り、漁船は速度を大幅に上げた。全速力で港へ逃走する船を追い、飛行ザメ軍団も移動を開始する。その場には静かな水面のみが残され、僅かに赤く染まった海面も、波の作用ですぐに青へと回帰していった。


「……」

 惨劇を目の当たりにし、言葉を失う一行。最初に口火を切ったのは玲だった。

「な、何だったの今の?」

「あんな空飛ぶサメ見たことないぜ。少なくとも日本にはいないはずだ」

「ハワイでも見てないですネ」

「異次元生物でしょうか?」

「かもな。それよりどうするんだ?あいつら港に向かってるぞ」

「そ、そうね。漁船が先に着くだろうけど、私達も警察に連絡した方がいいわね」

 通報を試みる玲だったが、残念ながらその前に事態は悪い方向へと急変した。突如として海面から一体の影が飛び出したのである。遅れて来た飛行ザメは、どんどん高度を上げて空中を飛翔していく。その進行方向は港ではなかった。その真っ黒い瞳は、海に突き出た振潮岬と、その上に居るYRKメンバーをしっかりと捉えていたのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭でサメ映画を視聴してたと思ったら、本当にサメの怪物が現れるとは……世の中何が起きるか分からないなぁ~。 >波崎怪奇博物館 よく観光地とかにあるHな秘宝館のオカルトバージョン? 少し気…
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