第27話 海中からの贈り物 4/4
とうとう砂浜へ上陸を果たし、市街地へ向けて進軍を開始したナムノス。それに先立ち、辰真達YRKメンバーも海岸沿いの道路目指して砂浜を駆け抜ける。だが、それを気にも留めずにナムノスは触角を振り上げ、再び流星を飛ばした。白い星は弧を描きながら彼らの頭上を通過し、海岸道路を照らす街灯に次々と衝突。ガラスが砕け散る音と共に、周囲の明かりは一斉に消滅した。道路に近付いていた辰真達も足を止める。
「す、凄い精度ですね」
「だがこれで、分かったことがある」
米さんが重々しく話し始める。
「さっきの灯台や、今の攻撃から考えるに、奴の狙いは地上の人工的な光だろう。つまりナムノスは、発展しすぎた地上文明に警鐘を鳴らしに__」
「そこはどうでもいいです。それより、本当に光を狙ってるとしたらマズいわね。この辺は人口は少ないけど、まだ消灯するような時間じゃない。民家が破壊されるわ」
彼らが話し合っている間にも、ナムノスの脅威は止まらない。
「また来るぞ!」
再び流星が彼らの頭上を通過する。今度の星は、あろうことか、この付近で唯一道路沿いに建っている建物に向かっていた。つまり、民宿「椿屋」。
「まずい、室内には女将さんが!」
彼らの叫びも虚しく、白い星は民宿に命中し、無慈悲に屋根を破壊する……と思われたが。
「パレカウア!」
メリアの叫びと共に、屋根を覆うように半透明の壁が出現。星を弾き飛ばし、民宿を破壊から守る。あれは、以前コピアヌィラの攻撃から辰真達を守ってくれたメリアのマナによるバリア!この状況では頼もしい限りだ。
「少しだけなら防げますヨ」
「流石メリア、頼りになります!」
「よし、今のうちに作戦を練ろう」
だが残念なことに、バリアによる彼らの僅かな優位性はあっという間に覆された。最後尾にいたマークが突然叫ぶ。
「おい、あれを見ろ。別の奴が来るっぽいぞ!」
見ると、ナムノスの背後に新たなる水の丘が二つも発生していた。二つの丘は、間も無く海底より浮上して来た2体の怪物へと変わる。一体は黒い胴体の表面を石のような白い突起で覆われた、岩山のような姿の物体。そしてもう一体は、同じく黒い胴体に鮮やかな水色と黄色のトゲトゲが生えた、どことなく宇宙っぽい外見の物体。どちらも生物というよりカラフルな岩石のような印象だが、ナムノスに続くように上陸し、進軍を開始した。
「よく分からないのが2体も追加された!?」
「くそ、1体でさえ手に負えないのに!」
「あれは、ナムノスの仲間なんでしょうか……?」
「仲間というか、あいつらもナムノスなんじゃないか」
一行がパニックに陥りかける中、マークが冷静に分析する。
「どういう事だ?」
「見た目と色はだいぶ違うが、あれもウミウシの一種にそっくりなんだよ。ウミウシってかなり形態に幅があるからな」
「それはいい事を聞いた。全員がナムノスであれば、反応も似通っているはず!一刻の猶予もない、作戦に移るぞ諸君!」
そう言って米さんは背負っていた巨大リュックをまさぐり、懐中電灯を二本取り出した。
「これは七つ道具の一つ、超強力軍用ライトだ。この周囲の光のどれよりも強い。これを使えば、ナムノスを誘導できるはずだ」
「じゃあそれ、わたしと森島くんが使います!怪獣の扱いには慣れてますから」
月美が嬉々として立候補する。辰真も勝手に巻き込まれる形となるが、このメンバーの中で適任なのは確かにこの2人だろう。
「ま、いいか。俺も賛成です」
「よし、では2人はこれを使い、ナムノスを咲浜神社の方まで誘導してくれ!ナムノスに対抗するアイテムについて、僕に心当たりがある。白麦君は僕と共に神社に先行してほしい。メリア君はバリアで周囲の被害をできる限り減らしてくれ。マーク君は市への通報を頼む!」
「「了解!」」
「では早速作戦を開始する!」
米さんの迅速な指示の元、YRK一行によるナムノス迎撃作戦が開始された。
各自が別々の方向に走り出した後、その場に残った辰真と月美は懐中電灯のスイッチを入れる。軍用ライトだけあってその光は強烈で、空に向ければサーチライトのように空中に光のラインができる。充分にナムノスの注意を引く事ができそうだ。
「じゃ、行くか」
「はいっ!」
2人は砂浜まで戻り、3体の怪獣に向けてライトを振る。別々の場所から道路へ登ろうとしていたナムノス達の触角が、一斉に光の方を向いた。
「よし、付いてこいウミウシ共!」
「はーい、こっちですよー!」
2人はライトを誘導棒のように振りながら、咲浜神社へと続く道路へとナムノス達の誘導を試みる。神社までの道は民家が少なく、道路の幅もナムノスが充分収まるほどに広い。そして狙い通り、怪獣達は道路を一列に並んで辰真達の後を追いかけ始めた。
「いいぞ、後は神社へ__」
そう言いかけた辰真の方へ、白い流星が幾つも飛んでくる。民宿の屋根に上がっていたメリアがすかさずマナの障壁を張り、星は弾かれて路上に落下、小爆発を起こす。
「メリア、助かる!」
だが3体の集中攻撃を受ければ、メリアでもまず防ぎきれない。2人はナムノスの眼を警戒しつつ、誘導を急ぐ。
一方、米さんと玲は咲浜神社の石段を早足で上っていた。かなり長い階段だが、良くも悪くも行動力が異常な米さんは全く疲れた様子を見せない。一方、どちらかと言うとインドア派の玲は息を切らし気味だ。
「時に白麦君、本殿は拝殿のすぐ裏にあるのだったね?」
「そ、そうですけど」
「成る程。ところで例の宝珠だが、どんなデザインだったかは知っているかね?」
「はぁ……それ、今聞く質問ですか?」
「いいから!」
「えーと確か文献によると、大きさは占いに使う水晶玉くらいで、表面は一点の曇りもない翡翠色、桐の箱に収められてるって話でしたが……ちょっと待って、まさか米さん!?」
「大丈夫、ナムノスの暴走を止めるためだ。無断で持ち出しても應蔵上人は許してくれるさ!」
「そんなの駄目に決まってます!」
「ハハハ、ならば止めてみたまえ!」
そう言うなり、米さんは猛スピードで石段を駆け上がり始める。追おうとする玲だが、彼女の体力ではとても追いつけず、差はどんどん開いていく。
「待ちなさーい!……な、なんて体力なの……もう駄目、走れない……」
とうとう石段の真ん中で座り込んでしまう玲を尻目に、米さんは咲浜神社の境内へと姿を消した。
その頃辰真と月美は、悪戦苦闘しながらナムノス達の誘導を続けていた。背後からは白い星が次々と降り注ぎ、道路上に着弾しては小爆発を起こす。その爆発を避けつつ、2人で交互にライトを点けたり消したりしながら、星の落ちる位置をコントロールする。以前より攻撃の頻度が上がり、メリアのサポートがあっても無事に避け続けられるか分からない。だが、神社の鳥居が視界に入る所までは来た。あと少しで到着だ……!
辰真が再びライトを振り上げようとしたその時、隣でナムノスを誘導しつつ後退していた月美が小石に足を取られ転倒、ライトを落としてしまう。急いでサポートに入る辰真。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。でもライトが……」
月美が指差した先には転がり続けるライトがあった。神社への道は上り坂になっていて、ライトは坂下、つまりナムノス側へと転がっていく。やがて青いナムノスの手前で回転は止まり、すぐに星を落とされて破壊される。
「あ……」
辰真はひとまず月美を助け起こし、肩を貸す。しかしライトは残り一本。神社に着くまでに奴らの猛攻を防ぎきることはできるのだろうか。いやそれ以前に、神社に着いたところで本当に状況は好転するのか?秘策がありそうな様子だった米さんは説明せずに行ってしまったし、このまま追い詰められたらどうすれば__
鳥居を背に辰真が逡巡を始めたその時、背後から勢いよく石段を駆け下りてくる足音が響いた。木箱を抱えて鳥居へ飛び込んで来たのは、我らが米澤法二郎である。
「待たせたな諸君」
「「米さん!!」」
米さんは木箱の蓋を開け、中に入っていた丸い物体を取り出す。濃い緑色に輝くそれは、かつてナムノスが奉納したと言われる深海の宝珠。本殿に安置されていたのを、米さんが緊急避難的に持って来たものだ。迫り来るナムノスを足止めするかのように立ちはだかると、宝珠を頭上に掲げて叫ぶ。
「ナムノスよ、これを見てかつての誓いを思い出せ!陸上のことは我々に任せ、海の秩序を守ってくれ!」
その叫びがナムノスに通じたのかは定かではないが、ナムノスは確かに宝珠を視認すると動きを止めた。そして身体を縮み上がらせると、Uターンして海の方向に戻り始めたのである。
「や、やった……のか?」
米さんと辰真に月美、そしてようやく石段を降りてきた玲が見守る中、ナムノス達は大人しく海に戻っていく。そして、マークの通報により警察が現場に駆けつけた頃には、3体の怪獣はいずれも海上におり、やがて波巣付近で姿を消した。灯台を始め、町のあちこちに被害は出たが、人々が巻き込まれたりパニックに陥る前に事件はどうにか終息を迎えたのである。
「いやー、大事にならなくて良かったですね!」
夜10時過ぎ。警察の聴取からようやく解放された一行は、海岸沿いの道を伝って椿屋に帰っている所だった。
「でも、波崎に来て早速事件に巻き込まれちゃうとは思いませんでした」
言葉とは裏腹に、月美の口ぶりはとても嬉しそうだ。「何も起こらないでほしい」と言う望みは叶わなかったが、月美が喜んでるならもう何でもいいか、とすら思い始める辰真であった。
「うむ。これでナムノスも、再び海の守護者として活躍してくれることだろう」
「いつか、ナムノスともアイカーネ(友達)になれるといいですネ」
「ところで米さん、宝珠はちゃんと返したんでしょうね?」
「勿論、抜かりないさ。神社側は本殿を開けられた事にも気付かないだろうさ。さあ、部屋に帰って飲み直すか!」
「ええ師匠、まだ飲むんすか?」
こうして夏合宿の1日目は終わりを迎えた。人知れず波崎の平和を守ったYRK。だが、夏合宿はまだ始まったばかり。翌日には更なる波乱が待ち受けていることを、この時の彼らは知る由もない__




