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第27話 海中からの贈り物 1/4

〜海底怪獣ナムノス登場〜


 空から降り注ぐ、柔らかな9月の陽射し。鼓膜に微かに響く海鳥の声。時折風に乗って鼻腔をくすぐる潮の香り。海沿いの町の空気を、辰真は思いっきり吸い込んだ。ここは波崎はざき市。揺木の隣の県にある、海に面した地方都市である。


「森島くーん、早く来てください!」

 彼の前を進んでいた月美が、振り返ってこちらに手を振る。彼らが歩いている坂道を登りきった先は高台になっていて、海に面した波崎北部の町を一望することができた。静かな浜辺へと打ち寄せる白波。沖合いに浮かぶ古びた漁船。港の周辺に密集するノスタルジックな町並み。それらの景色全てが、陽射しを受けて鮮やかに浮かび上がる。


 どこか懐かしさを覚える波崎の風景を、目を輝かせながら見下ろす月美。

「ふう、とっても素敵な眺めですね!空気も美味しいし」

「そうね。この辺りは昔からの景色がそのまま残ってるから、見ていて落ち着くわ。YRKで波崎に来たのは正解だったわね」

 隣から返事をしたのは、YRK(揺木歴史研究会)代表の白麦玲。

「更に、波崎には海の怪物にまつわる伝説も山盛りだ!今にも海から怪物が出てくるかもしれないぞ」

「アウエー!ほんとですカ?」

「米さん、メリアに変なこと吹き込まないでって言ってるでしょ!」


 それだけでなく、米さんこと米澤法二郎や、ハワイからの留学生であるメリア・ミサ・マヒナウリ、更には辰真の友人であるマークこと幕野紅介までいた。その4人に辰真と月美を加えた揺木大学生メンバー6人は今、波崎市へ夏合宿に来ていた。



 このメンバーで波崎市に来るようになった経緯は、そう複雑なものではない。溟海の探索から2人が奇跡的に生還し、揺木総合病院から退院した後も、夏休みは少しだけ残っていた(揺木大学の後期課程は9月中旬から始まる)。城崎教授から「事件の後片付けはこっちに任せて、君達は気分転換に遊びに行っておいで」と言われた時、辰真はYRKの夏合宿のことを唐突に思い出したのである。そもそも合宿の手配は彼の担当だったのだが、魔石を巡るゴタゴタなどがあって準備を完全に失念していた。仕方がないので大学職員の従姉・祭香に泣きつき、今から格安で予約できそうな場所を探してもらった結果、揺木の姉妹都市である波崎を紹介されたのだ。


 波崎は小規模ながら歴史的建造物も多く、YRKの合宿先としてはぴったりだった。月美や玲も賛成してくれたが、一番喜んでいたのは米さんだった。……そう、波崎は海にまつわる怪異や怪物の伝説が多く存在する、言わば揺木の同類だったのである。この事実については辰真も後から知ったので、決して故意ではなかったことを強調しておく。


 そして、折角の旅行なのでメリアと紅介も一緒に誘うことになった。メリアについてはハーハラニ事件以降部室を訪れることも多く半入部状態だったし、紅介はサークル無所属で暇そうだったので辰真が誘ったところ、速攻で参加の返事が帰ってきた。まあマークに関しては、米さんや月美が暴走した時のストッパーが足りなかったので呼んだという側面もあるのだが、ともかく今では2人も正式にYRKの一員となっていた。



「さあ、そろそろ観光に出かけるわよ」

「はーい!」

 既に海沿いの宿に荷物を預けているため、身軽な服装で観光に出発する一行。その最後尾で、マークが辰真に話しかける。

「タツ、誘ってくれてホントにありがとな。お前は最高の親友だ」

「何言いだすんだ急に」

「だってよ、うちの研究室なんて男ばっかのむさ苦しい場所だぜ。女子と合宿行けるなんて、夢みたいなイベントなんだよ。しかも稲川さんは勿論、白麦さんもメリアちゃんも超美人揃いときたもんだ。むしろ、何で早く誘ってくれなかったと一周回って怒りたくなるレベルだ」

「超美人揃い?んーまあ、言われてみればそうかもしれないが」

「はあ、自分が恵まれてることに気付かない奴ってムカつくな……とにかく!ここには海水浴場も温泉もある!これでテンション上がらない方がおかしいだろ!」

 この男、一体何を期待しているのか。

「マーク、期待してるとこ悪いが、うちのメンバーでそういうイベントは中々起きないと思うぞ……」


 ともあれ、YRKメンバーの夏合宿がここに始まった。今回の合宿の予定は二泊三日で、基本的には波崎市の歴史的名所を巡り、3日目には沖合いに浮かぶ無人島「標島しるべじま」にも足を伸ばす。合宿とはいえ課題などは特に無く、宿以外の予約は特に入れていないので、幹事の辰真としても気楽この上ない。一つ心配があるとすれば、月美の様子だ。今は元気を取り戻しているが、少し前まで入院していた身。夏休みの思い出は既に嫌というほど作ったので、今回の合宿では特に何も起こらないでほしい。稲川もゆっくり羽根を伸ばしてくれるといいのだが。自分も羽根を伸ばしたい辰真は、月美の後ろ姿を眺めながらそんな事を考えていた。そのささやかな願いが天に聞き届けられたのかどうかは、すぐに分かることになる。


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