レイヴンの屋敷にて
馬車から蒸気機関車に移り、更に馬車に揺られ、二日かけてグエン皇国の首都。ペリオボーグに着いた。
ペリオボーグのレイヴンの屋敷に着いた時は既に深夜と言える時間帯で、マリアは旅の疲れでへとへとだった。馬車を下りて大きくため息を吐いていると、レイヴンがあきれた様子で、マリアに言った。
「だらしないね。これぐらいの旅でそんなに疲れるなんて」
「……すみません」
へとへとになっている主な原因は、レイヴン様が私にずっとひざ枕を強要していたせいだと思います。
そう思ったマリアだったが、顔色のいいレイヴンを見て、よかったと安堵した。
それにしても……
さすが国で有数の大貴族、アルゼバード家のタウンハウス。
マリアが想像していたよりもかなりの大豪邸で、こんな所に自分が足を踏み入れていいのかとマリアは思わず尻ごみをする。
「何ボーっとしてんの。……ほら、お前の使用人が迎えに来たよ」
レイヴンの声に前を向くと、そこにはレイヴンの使用人の他に、銀色の髪を二つに結んだ幼いメイドがいた。
レイヴンと年は同じぐらいだろうか。切れ長の瞳が彼女の聡明さを表していて、どこか氷のように冷たい印象を感じさせる美少女だ。少女はレイヴンとマリアに向かって深くお辞儀をする。
「レイヴン様、マリア様、おかえりなさいませ。初めましてマリア様。私の名前はカミラと申します。今後マリア様の身の回りのお世話全般を引き受けます。どうぞよろしくお願い致します。……お部屋にご案内致しますので、お荷物をお預かりします」
「あ、いえ、私大丈夫です! 自分の事は自分でできますので……!」
カミラはそう言って、マリアの荷物ケースを運ぼうとする。マリアは慌ててそれを制した。
必要最小限の物しか入ってないとは言え、少女が持つには結構な重さだ。
自分が持とうとマリアが荷物ケースに手を伸ばした時、レイヴンがマリアの手を取った。
「お前はカミラの仕事を奪う気か? お前のしようとしている事は美徳でも何でもない。……人に笑われたくなければ使用人の使い方ぐらい覚えるんだな」
「…………はい」
レイヴンの強い言葉に、マリアは自分が恥ずかしくなった。ここは自分の住んでいた田舎町ではない。
ちゃんと令嬢らしく振る舞わなくては、恥をかくのは婚約者であるレイヴンの方だ。
マリアはカミラに荷物ケースを渡し、微笑んだ。
「ごめんなさいカミラ。あなたのお仕事を邪魔しちゃって……。これお願いできる?」
「私に謝る必要もお願いする必要もございません、マリア様。お荷物お預かりします……では、お部屋にご案内します」
カミラはマリアの荷物ケースを持ち、自分についてくるようマリアを促す。
マリアはレイヴンの方を振り返り、深く頭を下げる。
「レイヴン様、私は色々至らぬ点があると思います。レイヴン様の恥にならぬよう、努力していきますので、これからしばらくの間、どうぞよろしくお願い致します」
「…………」
レイヴンはしばらくの間何も答えなかったが、マリアの頭にポンと手を載せた後、そのままレイヴンの使用人と共に、マリアの前から去っていく。
マリアが顔を上げて、レイヴンの後ろ姿を見ていると、レイヴンは後ろからヒラヒラと手を振った。
ま、せいぜい頑張れば?
そう言っているように見えて、マリアは苦笑する。
大人っぽいかと思ったら、子どもみたいに照れるレイヴンを、マリアは好ましく感じていた。
「マリア様、早くこちらに」
「あ、ごめんなさい! すぐ行くわ」
少し離れた所で自分を待つカミラに、マリアは慌てて駆け寄った。




