甘すぎるし苦すぎる
屋敷の別棟で、マリアとレイヴンが一緒に魔法研究をするようになって数週間が過ぎた。
魔法研究を進めていくうちに、マリアは改めてレイヴンが偉大な魔法使いという事を感じていた。
魔法理論もさることながら、その応用まで使いこなす。どんなに難しい魔法でも涼しい顔で発動させる。
そんなレイヴンにマリアはついていくので精一杯だった。
それに魔法研究が終わった後は、レイヴンから攻撃魔法の特別指導があった。
「よし、今日はこれくらいでいいだろう。魔法の鍛錬は終わりだ。マリア」
「ハァ……ハァ……はい!」
今日もマリアはレイヴンから苦手な攻撃魔法を教わった。
最初はうまく魔法を撃てず、撃った後は力の使い過ぎで倒れこんでしまっていたが、最近では狙った位置に正確に撃てるようになり、倒れる事はもうない。
「あ、レイヴン様。私レイヴン様に渡したい物があるんです」
「渡したい物?」
怪訝そうな表情のレイヴンに、マリアはテーブルに置いていた自分のバスケットから包みを取り出した。
「これ、いつもお世話になっているお礼に……。私の得意料理のアップルパイです」
マリアは満面の笑みでパイをレイヴンに見せる。
故郷にいた頃は、家の近くにリンゴの木が生えており、それを使ったお菓子は子供たちに大人気で、その中でも黄金色に輝くこのお菓子は、子供たちが一番好きだった物だ。
何よりカミラから、レイヴンの好きなものはアップルパイだと言う情報も聞いている。
レイヴンに喜んでもらいたくて作ったアップルパイだったが、しかし当の本人は手で口を覆いかくし、眉根をよせてアップルパイを見ていた。
「あ、あの……レイヴン様?」
「……お前、キッチンに入ったのか?」
「え、あ、はい。料理長からりんごをわけてもらって、お昼に別棟のキッチンで作りましたけど……」
それを聞いてレイヴンは大きくため息を吐いた。
「マリア、前にも言ったが令嬢らしく振る舞ってくれ。令嬢はキッチンには立ち入らない。料理長だって慌ててただろう?」
マリアは昼の出来事を思い出す。りんごを取りに厨房に行った時、自分が料理する旨を伝えると、料理長が慌てて自分がするから!と断ってきた。
マリアは自分が作らないと意味がないから。と料理長に伝えたが、最後まで料理長は不服そうだった。
自分の領域に足を踏み入れられるのが嫌だったのかなとマリアは思ったが、その理由が自分の令嬢らしくない振る舞いのせいだったら……!
「すみませんレイヴン様! 私、これで失礼します!」
「あ、おい待て!」
マリアは急に恥ずかしくなって、思わずレイヴンに差し出していたアップルパイを引っ込める。
そして逃げるように部屋を飛び出した。
後ろからレイヴンの呼び止める声が聞こえたが、マリアは聞こえないふりをして、そのまま走り去ってしまった。
「そのような事があったんですね……」
「もう私恥ずかしくて恥ずかしくて……! レイヴン様に合わせる顔がないわ……」
自室に逃げ込んだマリアは、部屋のベッドメイクをしていたカミラに泣きついた。
事の経緯を話し、カミラにアップルパイを渡して、それを食べてほしいと懇願すると、カミラはお茶のカートを持ってきて、きれいに切ったアップルパイを、マリアと自分用に取り分けた。
「もぐもぐ……マリア様、気にされる事はありません。レイヴン様はきっと喜んでいましたよ」
「もぐもぐもぐ……嘘よ~。絶対恥ずかしい女だと思われたわ……!」
マリアはやけ食いとばかりにアップルパイにかぶりつく。それに付き合ってカミラもいつの間にか半ホール食べてしまった。
カミラの食べっぷりに感謝しながら、マリアはさっきの事を思い出す。
あまりの恥ずかしさに、思わず逃げてしまったけど、レイヴン様に失礼だったわよね……。明日きちんと謝らなくちゃ……。
マリアはアップルパイを口に運んだが、普段は甘くて美味しいアップルパイが、何故だか今日はほろ苦く感じてしまった。
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