憧れの魔法使い
扉を開けると、部屋の中央でレイヴンが杖をかざしながら、呪文を詠唱し、魔法を使っている姿があった。
レイヴンの周りには色々な物が浮遊し、中にはかなり重そうな彫像まである。色とりどりの美しい光がレイヴンを取り囲み、幻想的な雰囲気を醸し出す。
その美しい光景にマリアはすっかり心を奪われた。
「きれい………」
「ん? なんだ、マリアか。来ていたのなら声をかければいいのに」
マリアの存在に気付いたレイヴンは呪文の詠唱をやめる。それに応じて光は消え、浮いていた物たちも、地面に下りた。
もう少し見ていたかったのに。そう思ったマリアだったが、すぐにレイヴンに向かって拍手をした。
「すごいですレイヴン様! あんなにたくさんの物を浮かせられて、光魔法も同時にできて……。私は光魔法なら少しできますが、あんなにたくさんの物体は浮かせられません」
「……別にたいした事じゃない」
レイヴンは涼しい顔をしてるが、マリアは尊敬の眼差しを向ける。
そもそも魔法は触媒を使っていても、基本は使えば使うほど体力を消耗する。
しかしレイヴンは疲れている様子がなく、しかも違う種類の魔法を同時に使い、なおかつ質量の大きい物を動かした。これはよほど術者の才能がないとできない事だ。
「レイヴン様のお師匠様ってどんな方なんですか? レイヴン様がこんなにすごいんですもの。きっとお師匠様も素晴らしい方なんでしょうね」
「……ああ、魔法を扱う上で大事な事を、僕は先生に教えてもらった。先生がいなければ、今の僕はいない。彼女は本当に素晴らしい人なんだ」
マリアの問いかけに、レイヴンは頬を染め、今まで見た事のないような笑顔で、答える。
彼女って……。女性の先生なのね。なんだか……苦しい。
嬉しそうに先生の事を語るレイヴンに、マリアの胸に、一瞬黒いモヤがかかったような感じがした。
その感情に向き合うのが怖くて、マリアは無理矢理話題を逸らす。
「そういえばレイヴン様、私に何か用事があったのでは……?」
「ああ、そうだった。マリア、お前は魔法はどれぐらい使えるんだ?」
「基本は一通りできますが、主に治癒魔法が得意です。あ、でも私は攻撃魔法は全然できなくて……」
「なぜだ? 魔法のメインは攻撃魔法だろう」
「それはそうなんですけど……私は臆病で……」
魔法を使える人は攻撃魔法をメインに覚える事が多い。しかしマリアは人を攻撃するのが恐ろしくて、あまり攻撃魔法は好きではなかった。
レイヴンは軽く息を吐き、マリアに告げる。
「それじゃあ僕が困るから、知識だけでも頭に入れてくれ。……これから僕の魔法研究に付き合ってもらうんだから」
「魔法研究……ですか?」
初めて会った日にレイヴンに言われた言葉だ。でも本当に自分でいいのだろうか? マリアが考え込むと、レイヴンが心情を察したように、話を続けた。
「前にも言ったが、もうこの国には魔法を使える人間がほとんどいない。そもそも才能を持った人間が生まれる事すら最近では珍しいんだ。……魔法に対抗できる武器もでき始めてはいるが、まだまだ数が少ない上に高額すぎて量産はできない。この国を他国の侵略から守るためにも、魔法の研究はまだまだ必要なんだ。……それをお前に手伝ってほしいんだ。……頼む」
レイヴンの初めて聞く願いに、マリアは自分の胸を押さえる。
レイヴン様のこの肩に、どれほどの重圧がかかっているのだろう。……その重荷を、少しでも楽にして差し上げられるなら……。
マリアはレイヴンに、にっこりと微笑みかけ、どんと自分の胸を叩く。
「任せて下さいレイヴン様! 私、レイヴン様のために、一生懸命頑張ります!……レイヴン様お一人に、負担をかけさせませんから」
「……それは高度魔法の一つでもできてから、言うんだな」
「う……すみません」
「く、はは……!」
恥ずかしそうにうなだれるマリアに、レイヴンは初めて声を出して笑った。
珍しいレイヴンの笑顔に、マリアは心が温まるのを感じる。先ほどまで感じていた黒いモヤが、溶けだしていく。
そうよ。今は余計な事を考えるのはやめよう。レイヴン様に必要としてもらえる。それだけで十分なのだから……。
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