第18話 対峙
《登場人物》
アラン・ダイイング 探偵
マリア・シェリー 探偵助手
モーリス・レノール シュゼット警察刑事部捜査1課警部
カール・フリーマン 同刑事 モーリスの部下
-被害者-
エリー・アンダーマン シュゼット国立中央図書館司書(第1被害者)
イーライ・ゲイル ブレーンスタイン博物館職員(第2被害者)
アリス・パルマー シュゼット国立中央図書館司書(第3被害者)
-容疑者-
ジョルジュ・カイマン シュゼット国立中央図書館司書
シリル・プレヴェリネ 同 司書
エリック・シルヴァ 同 司書
クロード・モーマン 同 司書
ロビン・フィリモア 同 館長
―― 5月4日 中央図書館 地下倉庫4階 午前0時 ――
Jはエレベーターに乗り、腕時計で時間を確認した。ここまでで10分。以前の強盗より、スムーズに進んでいる事は理解できる今回もまた楽勝なのではないかという自信があった。
Jが乗った鉄の箱は静かな音を出して、目的の4階へ止まる。
アナウンスの声がJの準備と心の期待を高鳴らせた。
「さて、倉庫とのご対面!」
エレベーターの扉が開き、倉庫の内部がJの目に写る。
しかし、ちょっと前には男が立っている。
「あれは……」
ゆっくりエレベーターから出て、Jは男に近づいた。
男の姿が自分の目にしっかりと映る。胸のポケットにバッジがついてあった。
《館長:ロビン・フィリモア Robin Phillimore》
ロビンは、腕時計を見た。その間にJがロビンの前に立つ。
「遅かったな」
「そうだな。警備員に手こずった。時間がない」
ロビンは動き始め、Jは手に持っていた拳銃をホルスターへとしまった。
「ああ、牙はあっちにある。取引相手も時間より30分程早く、クールー湾の3番港で待っているらしい」
「ならば急がないといけないな。牙の時価は刻々と跳ね上がっているからな。いま取引すれば、1000万ユーロは伊達じゃないらしいからな」
2人は移動し、お目当てであるマンモスの牙が保管してある棚へと歩き始める。
Jはロビンに倉庫を案内される中で、今も倉庫に来ないE・Aの2人に少々おかしさを感じていた。
「奴らが来ないな」
彼の呟きに、ロビンは何気なく淡々と答える。
「なぁに。ちょっと過ぎただけだろう。奴らは来るさ」
「そうか? それならいいが……」
2人は、目的の牙が眠ってある箱の棚の前に来た。箱にはしっかりと《マンモスの牙》と記載されている。
「これか。なかなかでかいな」
「早速、移動させよう。そこのコンテナ用台車を取ってくれ」
「ああ」
Jは近くに置いてある台車を、牙が入った大きな木箱の近くまで移動させた。
「これでいいのか?」
「ああ、それで運べる。J、そっちを持ってくれ」
ロビンが箱の左を持ち、Jがその右を持つ。
「1、2の、3」
「ゆっくりだぞ」
牙の尋常じゃない重さが2人の腰に重たい負荷をかけてくる。
「中々、重たいな」
2人はコンテナ用台車の上に牙が入った木箱をゆっくりと置いた。ずっしりとした重さにしっかり持ち上げる事ができた2人の間に安堵の空気が漏れる。
「よーっし。これで、大丈夫だ」
「あとはエレベーターに持っていくだけだな」
しかし、安心した慢心だけの空気が一瞬の内に、緊迫に変わった。2人ではない言葉がどこかから聞こえたからである。
「ほほう。これがマンモスの牙の箱ですかー? いつ見ても大きいですね」
「誰だ?」
Jは拳銃を構え、辺りを見渡す。周りは書物や美術品が置かれた棚と、正面にエレベーターがある。だが、エレベーターの近くにJには見覚えがない男性が立っていた。
ロビンは、その男性が誰なのかを知っていた。思わず口からその男性の名前が漏れる。
「ミスターダイイング」
アランは、笑顔で現れる。
「おや? 館長。やはりあなたでしたか……。ところで、お2方は、何をなさっているのですかな?」
ロビンとJは、不敵な笑みをこぼす。アランの置かれた状況がとても良く分かるからだ。
現在1対2でロビンとJは優勢に立っている。アランは逆に拳銃やそんな武器の類も持っていない。目で見てわかる劣勢だと。館長は状況を理解していないアランに鋭い視線を向けた。
「ああ、見て分からんかね? 牙を移動するんだよ」
アランは館長に訊く。
「どこに?」
「どこにって、別の保管庫だよ。ほら、国家文科省の方も来ているだろう?」
Jはアランに向けて、芝居じみた台詞を大声で叫ぶ。
「それより誰だ! 貴様は!? 警察を呼びましょう。ロビン館長」
近づきながら探偵は軽い笑い声を出しながらJとロビンの2人に向けて告げる。
「はっはっは、いらない。いらない。その芝居も必要ないですよ。残念ですが……」
ロビンは近づいて来る探偵の姿を怪訝そうに眺めている。
「何?」
Jは拳銃をアランに対して構える。
「動くな!」
アランはJに言われた通り、足を止めた。
「まぁ、この距離でも話はできますからいいでしょう。それより、館長。あなたに話したい事がありましてね」
「話したい事?」
ロビンは不思議そうにアランのいる方向へ鋭く目線をやる。
「図書館司書を狙った殺人事件ですよ」
ロビンは探偵の言葉を聞いて、不穏に不安を感じた。
「面白そうだな? 何がわかったんだね?」
「全てが分かりました。犯人が誰なのか? 暗号の解き方は何なのかをね」
ロビンはアランに驚いたような態度をみせたが。
「それは本当かね!?」
アランは、軽い笑みをこぼしながら話を続けていく。
「あの暗号には少々、解くのに時間がかかりましたよ。だけどある職員の行動と言動で分かりましたよ。あなたがこの連続殺人の犯人だとね」
アランの前に少しの距離と台車の付近に立つ館長と偽りの文化教育省の人間は探偵の話を聞く事にする。
そのままアランの口は止まりそうにない。
「まず話しておいた方が良い事がありますね。それは被害者が遺した暗号です。何故、あの暗号があなたの事だと気づかなかったのでしょうか? ……分からなくて当然だ。だってあの暗号は、図書番号と見せかけた別のものだったからです」
話しているアランの目をそらしながら、ロビンは沈黙を通している。
「だから何なんだ?」
Jはアランに向けて言葉を放つが、アランは無視して暗号の推理をし始めた。
「あの暗号《F・56・A3TR》は実に面白かったですよ。Fは、FANG(牙)の事。56は今日の5月6日ですよ。で! A3は、AM3時。つまり6日の午前3時の事です。そしてTは、TRADE(取引)の事です。最後のRはどうしても引っかかりましたよ~。だけど、分かったんですよ」
アランは前もって推理の証拠を記しておいた紙を見せる。サインマーカーでしっかりと、記載されていた。
F=FANG(牙) 56=5月6日 A3=AM3時
T=TRADE(取引)
「Rは名前の事ですよ。それもファーストネームでね。そうです」
アランは犯人の名前を言った。地下倉庫でエコーがかかった様に名前が響いた。
《ロビン・フィリモア館長!》
R=ROBIN
アランの話を聞いて、ロビンは口を開いた。
「君は面白いな。私が犯人? 今、やっているこの作業は、ただの展示物を移動しているだけだよ。見て分かるだろう?」
「では、伺いますが、そちらの文化教育省の方は、なぜ拳銃をお持ちなんですか?」
拳銃を持つJは、アランを射撃しようと構えていたが、それを察知されてJは迂闊に引き金を引けなかった。
ロビンはアランのとぼけた質問に少々いらだちと蔑みを含めて答える。
「何故? 何故って、彼らは腕章をつけているだろう? ほらちゃんとそこに……」
Jの腕に腕章がしっかりと付いてあるのが見えるが、アランは首を横に振り、館長に言葉を返す。
「いけませんね~。それはニセモノでしょ。前もって作っておいたんですよね? 実際、あなたがたの部下……えっと、EさんとAさんですか? 文化教育省の方に確認を取りましたが、あなたの職員情報は無かったですよ!」
「なんだと!?」
Jはアランの言葉に怒りと焦燥を露わにし、拳銃を構えなおす。そんな空気の中で続けてアランはインカム越しに連絡する。
「警部! いいですよ。入ってきてください」
『ああ、分かった』
レノールはフリーマンと共に数人の警官と2人の手錠のかかった男を連れて地下倉庫に入ってきた。
Jはレノールが連れてきた男達がEとAである事は一発で理解し、いま現状からして仲間である事を察知されないように、目線を別の方向にそらす。
「どうやら奴らは喋りたくない様だ。それにこいつ、今は手を
動かす事もできないようだぞ。ダイイング」
フリーマンもレノールに続いて言った。
「大体の事も喋ってもらえましたよ。以前、起こされた強盗事件についても喋ってもらいました」
「ごくろうさんだったね」
アランはねぎらいを2人の刑事と数名の警官達にかけた後、今の状況をうまく飲み込めていない館長に鋭い視線を当てる。
「さてと、まだ、話は終わってないんですよ。館長」
とぼけたようにロビンは顔を背けた。
「何がだね?」
「『何が?』って、殺人事件の犯人があなただという事ですよ」
ロビンはアランの言葉に反論する事ができない。
探偵は続けていく。
「だんまりという事は、図星な訳ですね。まぁ、それはさておき。あなたは3人を殺した。動機は、この事がばれて、内部告発を警察にしようと第1被害者のエリー・アンダーマン、第3被害者のアリス・パルマーは動いたから……ゲイルさんの場合は、前の強盗の取り分を争った感じですかね?」
「証拠は?」
わざとらしく右耳に手を当て、聞こえなかった様な素振りを探偵はする。
「えっ?」
「証拠は? っと言っているんだよ。私が三人を殺したという証拠だよ。証拠!」
「証拠ですか?」
「ああ、そうだ。明確な証拠を見せたまえ」
アランの答えは即答だった。
「ええ、いいですよ。あなたが殺したという証拠です」と言って、1枚の紙をロビンに見える様に提示する。
紙にはアリスが遺した暗号《54・U4・TF/R》が記されていた。
ロビンは呆れながらアランに向けて言葉を放つ。
「なんだね? それは!」
「分かりますか? この暗号はですね。今回起こるイベントを予測したものだったんですよ。さっきの《F・56・A3TR》の解き方を見たら、《54・U4・TF/R》の解読法は簡単です。54は5月4日ですね。そしてU4。Uはundergroundつまり地下で、4は4階。つまりここです。そしてTはTRADE、何を? 何かはFになる。FはFANG。その台車に載せてある箱の中身ですよ。館長」
54=5月4日 U4=地下4階
T=TRADE(取引) F=FANG(牙)
R=ROBIN
アランはそのまま紙を裏面にして、Jとロビンの2人に見せた。
ロビンはすぐさま反論する。
「待て! それでは私が犯人だという証拠になっていないじゃないか!」
アランは首をかしげながら反応した。
「はい?」
「イベントというのはどんなイベントだね? 私にはさっぱり理解できんのだがね……」
「そう仰ると思ってちょっとした仕掛けを準備したんですよ」
「仕掛け?」
アランは首を縦に振った。
「ええ、仕掛けです」
「ど、どんな?」
2人の男に探偵は仕掛けについて説明していく。
「あなたが倉庫に入って、そこの腕章つけた方との会話音声を録らせていただきました」
ロビンは呆れを通り越し、心から笑う。
「はっはっはっは。音声を録って……それが何になるんだね?」
だが、アランの表情はきっぱりとしている。逆にそれがロビンにとって不安要素でしかなかった。
「証拠になるんですよ。館長」
怪訝そうにアランの方へロビンは見つめる。
「何?」
「いいよ」
アランはどこかに合図を送り、次の行動を起こす。
すると地下倉庫に設置されたスピーカーから、何か音声が再生される。その声はロビンやJにとって聞き覚えのある声だった。
『遅かったな』
『そうだな。警備員に手こずった。時間がない』
『ああ、牙はあっちにある。取引相手も時間より30分程早く、クールー湾の3番港で待っているらしい』
『ならば急がないといけないな。牙の時価は刻々と跳ね上がっているからな。いま取引すれば、1000万ユーロは伊達じゃないらしいからな』
スピーカーから流れる先ほどのJとロビンの会話に、警部は神妙に聞き、アランは、首の疲労感を和らげるように首を左右に動かしたりして聞いている。
ロビンは、焦燥に駆られ、スピーカーの発言にうろたえた。Jはだんまりのままでいる。
「こ、これは何かの間違いだ!」
アランは聞く耳を持たず、言葉をロビンに投げつけた。
「言い訳はできませんよ。今、レノール警部の優秀な部下達が港に向かっています。取引相手が捕まるのも時間の問題でしょうね」
Jとロビン、共々、声を上げることができず唇を噛み締めている。
「館長。このテープの会話は、まさにアリス・パルマーが遺したダイイング・メッセージが示したイベントですよ。そしてあなたがたは今それに向けた準備をしている」
アランは続けながらニヤリと不敵な笑みをこぼしてロビンに告げた。
「館長。あなたの負けです」
「証拠にならない! ふざけるな!」
ロビンの否定に、アランは怒鳴った。
「証拠になるんですよ! 実質、あなた方、自らの口で取引と発言なさっている……1000万ユーロはくだらないそうですね……」
埒があかない状況を察したレノールが、牙の入っている箱の近くに立つ男2人に告げる
「観念しろ! お前達を牙の窃盗の罪、前件の強盗の容疑で逮捕する。フィリモア館長、あなたには3件の殺人事件についてお話を伺いますよ」
レノールはゆっくりと近づき、ロビンに見えるように令状を取り出した。
「ふざけるな! ぶっ殺してやる!」
Jは、レノールとアランの行動から抵抗しようと銃口を向ける。
アランはすぐさま、インカムからマリアに連絡した。
「あの拳銃、なんとかなるかい?」
『お安い御用です。黙らせます』
探偵と助手の会話が終了した瞬間、独特なスナイパーライフルの炸裂音が地下倉庫に轟かせる。
その後で、拳銃を構えているJの腕に激痛が走った。
「ぐっ」
拳銃がJの足元に落ち、痛みでJの顔が歪む。
だが、炸裂音は再び轟く。今度は、2回。Jの体は、ライフルの着弾と共に、後ろへと自動的に飛ばされ、勢いよく仰向けに倒れ、着弾した体の箇所を押さえてもがき苦しんでいる。
マリアは、ため息をついてインカム越しから声を告げた。
『ターゲットダウン』
アランはインカム越しにねぎらいの言葉を彼女にかけた。
「ご苦労さん。マリア」
『ライフル片付けますね』
「ああ」
アランはマリアのいる高台の方向に親指を立てた。彼女はそれをスコープ越しで確認し、笑顔で返す。
瞬時の事だった為、Jの隣に立っていたロビンは、何が起きたのかよく分からなかった。
「お、おい」
「館長。観念なさった方がいい。抵抗は無駄です。あ、安心してください。それはゴム弾ですから、数分すればなんとか立てるでしょう」
「わ、分かった。こ、降参だよ。私の負けだよ」
ロビンは、観念した様に両手を上げて見せる。
ゆっくりとアランがロビンの元へ近づいた瞬間、スーツの左袖からナイフを取り出し、探偵の胸にめがけて刺そうと襲ってきた。
「危ない!」とフリーマンは叫ぶが、アランは既に想定済みだった。
まず、探偵は横に反らしてロビンのナイフが刺さらない様にナイフを持つ腕を右手でつかみ、左手で強くチョップを三回し、刃を倉庫の床に落とさせる。
アランはそのナイフを右足で蹴り飛ばして、簡単に取れないところに移動させた。それと同時に、掴んだ腕を外し、左手でロビンの顎に掌底させる。
「ぐっ……」
顎に激痛を食らったロビンは後ずさりするが、アランは攻撃をやめなかった。
今度は彼の腹に一発強めの膝蹴り、前かがみになってひるんでいるロビンに向けて、かかと落としを頭に直撃させた。
トドメの一発!!
ロビンは倒れ、激痛に耐える事ができず気絶している。
探偵は、倒れた館長に向けて告げた。
「良かったですね。まだ生きてて。だが、あんたは終わりだ」
ため息をつき、アランは、ポケットからレモンティーガムを取り出し口に入れた。警部とフリーマン達は急いでロビンとJの所に近づいて、手錠をかけている。
アランはロビンとの戦闘で乱れたシャツを整え直す。
「あのナイフ、おそらく、3件の事件に使われたナイフかもしれないな」
レノールはため息をついて、アランに告げる。
「ああ、証拠として預かるさ。それより……」
「それより?」
「どこで覚えたそんな技?」
アランはガムを噛みながら答えた。
「確か、島国の技だったかな。確か、ジュドーだったっけ? カラーテだったかな? まぁ、そんなところ」
レノールは帰ってきた答えに少し呆れながらも言った。
「凄い技だったからな。驚いたよ。しかし、起きるか? アレ……?」
先ほどのアランの攻撃によって気絶しているロビンにレノールは視線を向ける。探偵は笑顔で答えた。
「分からん」
第18話です。 犯人との対峙でございました。 話は続きます。




