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五十九話:魔薬

 警護隊の一人に連れられ、王都を歩く。特に縄とかで縛られている訳ではないのだけれど、この人の後ろを歩いていると俺達が犯罪者だと思われるのか、周囲の人の視線が痛い。



「何を縮こまっているんだ。悪い事なんてしていないんだから、堂々としてろ」

「で、でもぉ……」

「……お前は剛胆なのか、それとも小心者なのか、どっちなんだ」

「これが素だよ……。この間とかは開き直っていただけだよ……」

「貴様ら、無駄口を叩くな!」



 剛胆、というのがウェルディとの対話の時の事だとあたりをつけ、胸を張って歩いているバドラーに返す。そんな風に会話をしていると、前を歩く男性が怒鳴り付けてきた。

 ……さすがにそれはなくない? こっちは事情聴取の為、善意でついてきているのにさ。そんなに貴方は偉いんですか。

 権力を傘に偉そうにする奴、俺は大っ嫌い。

 バドラーもカチンときたのか、男性を冷たい視線で見ながら「黙れ、公僕」と吐き捨てた。真っ正面からそんな事を言われた事がないのか、男性が一瞬怯んだ隙に、バドラーは更に続ける。



「お前に文句を言われる筋合いはないし、命令を聞く必要もその気もない。ほえるな、犬」

「な……な……!」



 ……うん、全面的に同意する内容だけども、なんでそう喧嘩腰なのさ。もうちょっとマイルドに伝える事は出来ないの?

 案の定、バドラーの暴言を受けて男性はわなわなと震える。顔を真っ赤に染め上げ、目尻を吊り上げて俺達を睨みつけてきた。



「そもそも、俺はお前についていく気もなかったんだ。こいつが行くというから、それに付き合っているんだ。せいぜい感謝しろ」

「き、貴様ぁ……!」

「はい、ストーップ! 二人とも、落ち着いてください!」



 一触即発の空気になった二人の間に割り込み、声を張り上げる。このまま流したら、確実に流血沙汰になっちゃうよ。

 正直、この警護隊の人と戦って、俺もバドラーも負けるとは思えない。けれど、こんな往来の真ん中で日本の警察官にあたる人をぶちのめしたりしたら、周りの人達を怯えさせてしまう。それは駄目。



「こんな人が大勢居るところで暴れる気ですか? 何の罪もない方々を巻き込むと?」

「くっ!」

「……ふん」



 俺の言葉に、男性は悔しそうに手を止め、バドラーは鼻をならす。そしてそのままお互いに顔を背け、無言のまま歩を進めていく。

 ……なんか、違和感を感じる。なんというか、ピリピリしているというか。いくらなんでも、こんなに突っ掛かってくるのは不自然だ。何か理由があるのかな。


 まあ、なんらかの理由があったとしても、こっちが不快な思いをしたのは確か。擁護するつもりはない。

 ……それにしても、バドラーってこんなに攻撃的だったっけ?

 そんなに彼の事を知っている訳じゃないけど、一ヶ月前はもっと穏やかというか、慎重だったと思うんだけど……。


 結局、俺はふとした疑問を考えていて、二人は多分これ以上争わないように、しばらく無言で歩いて目的地に着いた。警護隊の詰所に入ると、制服を着た男性達が五人。全員が入ってきた俺達に目を向ける。

 ……この人達も、なんかピリピリしているなぁ。


 視線に晒されながら、俺達は奥に連れてかれ、椅子に座らされた。あまり質がよくないのか、硬い上にガタガタしている。



「ジェイク、その二人は?」

「……例の"ドラッグ"の使用者の疑いがある」



 ジェイクと呼ばれた、俺達を連れてきた男性がそう答えた瞬間、周囲の人達の雰囲気が変わった。

 俺達を見る目に浮かぶのは、怒り、軽蔑、呆れ、そして……恐怖の感情。中には、室内にも関わらず剣を抜く人も。


 何、その反応。というか……。



「ドラッグってなんだ。俺達は、そんなもの使った覚えはないぞ」



 バドラーの言う通り。ドラッグ……なんかの薬物かな? そんな怪しげなもの、使おうとなんて思った事ないんだけど。なんでそんな疑いがかかったんだろう。



「黙れ! 犯罪者は皆そう言うんだ!」

「いや、冤罪を認める訳ないし、罪のない人もそう言うでしょ……」



 よく聞く、けれどどう考えても暴論な台詞に、呟くように反論する。

 ああ、予想通り面倒な事になったよ。こんな事なら、朝起きてからすぐに帰ればよかった。今からでも転移魔法で逃げる? いや、絶対阻止しようとして転移魔法の効果範囲に入る人が出るし、変装している俺はともかくバドラーが指名手配的な事をされかねない。

 やっぱり、地道に疑いを晴らすしかないのかな……。



「はぁ。一般人をしょっぴいて、ない罪を被せて……。点数稼ぎかなんかか? 無能な王都警護隊さん」



 やれやれと、嘆かわしそうに肩をすくめ首を振るバドラー。ま、また煽るような事を……。

 あーあ、やっぱり男性達が目に見えて怒ってる。というか、気持ちは分かるけどバドラーも怒りすぎだよ……。



「うるさい! ともかく、貴様らがドラッグを使っているかどうかが判明するまで、拘留させてもらう! 拒否するようなら──」

「力付くでも押し留める、か? ……お前らみたいな雑魚ごときに、それが出来るのか?」



 売り言葉に買い言葉。権力と武力をちらつかせた脅しと、全力の煽り、暴言。口論の末、こちらとあちら、互いに反発感情が積み重なっていく。

 これは、流石にまずくない? なんとかして収拾をつけないと……!

 決心して、椅子から立ち上がる。皆の注目が集まる中、キリッと目を鋭くして、バドラーに咎めるような視線を投げ掛けた。そして、叱責するように叫ぶ。



「バドラー! 確かに動きからして、ここに居る人達は皆大した事ないというか私一人でも倒せるけど、雑魚とかそんなにはっきり言わないの! 事実を突き付ける程、残酷な事はないんだから!」



 騒ぎを収めるために言った、バドラーを非難する言葉。こうして彼らの怒りの標的を、こちらから先に否定する事で、彼らの鬱憤を晴らそうとしたのだ。人は自分が言いたい事を誰かが言ってくれれば、ある程度満足するものだからね。


 そんな訳で、けっこう自信があった解決法なんだけど……。なんでか、無言が続く。不安になってバドラーを見ると、彼は頭を抱えていた。


 その時、多分気のせいだとは思う。けれど確かに、ぶつりと男性達の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。



「こんの、クソガキがぁ!」

「ひゃあ!? な、なんで!?」

「ルーク、お前は馬鹿か! というか、わざとじゃなくて天然だったのか!?」

「い、いったいなにが悪かったの!?」

「全部だ、アホ!」

「すっごく煽ってたバドラーには言われたくない!」

「貴様ら、いい加減にしろぉ!」



 俺とバドラーとジェイクさんの叫び声が交差し、警護隊の皆さんは全員が剣を抜いて構え、俺はレイピアとダガーに手をかけて、バドラーはため息をついて腰を上げる。

 痺れを切らしたようにジェイクさんが突っ込んできたけど、身を翻して軽く避けると彼は勢いよく壁にぶつかっていった。


 広くない室内で暴れたのだから当然だけど、それぞれの動きで椅子が倒れて湯飲みが割れ、飾られていた甲冑鎧が音をたてて床に落ちる。


 そんな、詰所の中の非常にカオスな惨状は、



「──貴様ら、何をしておるか!」



 入り口の方から響いてきた一喝と、威圧感によって強引に鎮められた。



「っ!」

「た、隊長!」



 その威圧感は非常に強く、俺は思わず息をのんでそちらを向く。はたしてそこに居たのは、白い髪を短く切り揃えているお爺さん。正確な年は分からないけれど、お父様の年齢は越えていると思う。


 鋭い目付きで俺達を見渡すお爺さんは、誰かが言った隊長という呼び名からして、おそらくこの警護隊の最高責任者。

 深い皺が顔に走っていながらも微塵も腰は曲がっておらず、ピシッと伸びた体はその立場にふさわしく鍛え上げられている。腕や頬の傷痕は、歴戦の戦士である証か。その立ち姿や挙動に無駄や隙は一切見受けられない。


 ……なに、このお爺さん。今はバドラーが居るからともかく、俺一人でこの人にこの距離まで入られたら、勝てる気がしないよ。もっと距離があれば、魔法で完勝できるだろうけど。



「これは、何の騒ぎだ。答えろ」



 お爺さんは、一番近くの男性に視線を向けてそう訊ねた。やや訛りが入った口調だ。

 訪ねられた男性は威圧感による硬直から開放されて、けれどなおも震えながら答える。



「こ、この者達が我々を侮辱したのです!」

「ふむ、で、この二人はなぜここに居る。一般人であろう?」

「例のドラッグの使用容疑で、ジェイクが連れてきました!」

「そうか、ご苦労。では、このごろつきどもを頼む。そのドラッグの使用者だ」



 そう言って、お爺さんは手に持っていた縄を答えていた人に手渡した。さっきまではお爺さんの存在感で気付かなかったけれど、足元に気絶して縄で縛られている男性が三人。

 そして、手が空いたお爺さんは自然な動きでこちらに歩いてきた。



「それで、そこのお嬢ちゃんとエルフの兄ちゃん。あいつの言っていた事は本当かい?」

「……侮辱した、というのは否定しません。ですがそれは、彼らが俺達を監禁するという意味合いの事を言ったからです」

「じゃ、ドラッグの使用容疑に関しては?」

「覚えがありません。突然着いてこいと言われました」



 バドラーは綺麗な姿勢で直立し、お爺さんの目を見て淀みなく答える。それを受けてお爺さんは顎に手を当てて考え込み、少ししてふむ、と呟いた。



「……それじゃあお二人さん、ちょいと奥の儂の部屋まで来てくれんかね? 詳しい話を聞きたいんでな」



 そしてニカッと笑い、そう俺達に頼む。

 俺達としては特に問題もないし、男性達よりもこのお爺さんの方が話が通じそうな事もあって頷いたけど、慌てて男性達の内の一人が声を上げた。



「隊長、何を!?」

「ああ、お前さん達はここで待機してな」

「で、ですが!」

「これは命令だ。拒否は許さねえよ」



 有無を言わせぬ口調で、お爺さんは告げる。底冷えするような視線と声に、それ以上の抵抗は許されない。男性は怯み、伸ばしていた手を引き戻す。

 プライドの高そうな彼らがこれほどまで従うこのお爺さんの実力は、いかほどだろうか。


 ちらりと隣のバドラーを横目で見ると、彼は目を細めてお爺さんを観察していた。それを分かっていながら、お爺さんは頬を緩めて歯を見せる。そして俺達の間を通り抜けて「こっちだ」と手招きをした。


 広くたくましい背中に連れられ、俺達は階段を上がる。背後から睨み付けるような視線を感じながら。

 開かれたお爺さんの部屋。扉を潜る時に聞こえた舌打ちは、聞き間違えじゃあないだろう。

 ……とことん、嫌われちゃったな。



「まずは謝らせてくれ。部下が失礼な事をした」



 扉の先は広くも簡素。ソファーのようなものに座るよう促され、対面に腰掛けたお爺さんは開口一番そう切り出した。一切のためらいなく頭を下げる。



「い、いえ、私達にも非がありますから、頭を上げてください」



 突然の事に、驚いて思わずそう言ってしまう。まさかここまであっさり謝罪をするなんて思っていなかった。

 顔を上げたお爺さんの表情は至極真面目なもの。



「そう言ってくれると助かる。それと一応、検査をさせてくれんかね。儂の勘ではお前さん達がドラッグを使っているとは思えんが、それだけでは納得しない奴らも居るんでな」



 俺がこの世界では失礼にあたいする事をしたにも関わらず、逆に礼を言ってから、お爺さんは二本の棒を取り出した。何かの結晶のような、色が濁っている青い棒。

 握ってくれ、と言われてそれを右手に持つ。警戒も何もせずに従った俺にバドラーは何か言いたそうにしていたけど、結局ため息を一つついて続いた。


 握った瞬間、右手から違和感を感じる。体の中に、異物が入り込んでくる不快感。

 これは……。他人の魔力?

 知らない魔力が腕を通して登ってくる。気持ち悪い。けれどこれは疑いを晴らす為の検査、離す訳にもいかない。

 でも、でも、でも……!

 涙が出る。左手で口をふさいだ。



「お嬢ちゃん、もう十分だ」



 気持ち悪さに吐きそうになった頃、お爺さんが俺の手から棒を取り上げた。すると侵入してきた魔力は出ていき、吐き気もだんだん収まっていく。



「だ、大丈夫か? いったい何が……」



 目を潤ませて荒々しく胸を上下させる俺を、バドラーは心配そうに見つめる。

 ……バドラーは何も感じなかったの?



「兄ちゃん、大丈夫だよ。基本的に害はないからな。多分、お嬢ちゃんは魔力の感受性が高いんだろう。じきに落ち着く」

「……基本的に、というのは?」

「ああ。例のドラッグを使っている奴は例外だ。拒否反応がおこり、激痛が走って気絶する。悪い時はショック死するな」



 お爺さんが平然と言った物騒な事に絶句する。そんな下手すれば死ぬようなものを、検査で使うというのか。

 未だに棒を握っていたバドラーは、顔を歪めて棒を投げる。急な行動にも関わらず当然のようにお爺さんはそれを掴んだ。

 お爺さんの手の中にある二本の棒の濁りは消えて、綺麗な宝石のように透き通っている。あの濁りが魔力だったのだろう。



「ドラッグを使っていなければ害はないんだ。使っていない、と主張する相手だったら問題あるまい。それにドラッグを使っているような奴なら、死んだ方が国の為だ。

 他にも調べる方法はあるが、そっちはかなり時間がかかる。お前さん達は手っ取り早い方が良いだろう?」



 文句を言おうとしたバドラーに先んじて、お爺さんは弁明する。開きかけた口を閉じ、悔しそうに歯噛みするバドラーに向け、お爺さんは笑った。



「……それで、さっきから気になっていたんですが、ドラッグとはなんなのでしょうか」



 落ち着いてきた俺は、一度大きく息を吐いてからそう訊ねた。そのいかにも危険そうな名称、使用容疑がかかった時点でのあの警護隊の人達の視線、そして検査の過程で死んでも構わないと思われるようなそれの使用者。そこまで嫌われるドラッグとは、いったいなんなのか。


 お爺さんの顔にその時初めて怒りの感情が浮かぶ。そして、忌々しそうに告げた。



「正式には魔薬と呼ばれている。それは使用者の魔力、身体能力を異常な程高め、かわりに常習性と精神をおかしくする効果がある、最近王都やその近郊で流行ってる麻薬(ドラッグ)だ」





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