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五十八話:王都散策

 結局、あの後のバドラーは普段とまったく同じ様子だった。どうやら彼は地球での事を追及されたくないのだと俺も理解し、触れなかったのもその原因の一つだろう。そして彼も空気を変えようと意識して普段通りにしていたのだと思う。


 この件は、俺の考えが足りなかった。俺はもうこの世界の住人として生きていくつもりだけれど、彼はそうとは限らない。俺のリアルはこの世界でも、彼のリアルは地球だという可能性がある。

 彼は優しいからか、俺の前で地球に帰りたいといった事は言わないし、そういう雰囲気は微塵も出さないけれど。

 逆に、彼もこっちに永住する気があるかもしれない。それでも、今の彼はエルフであり、バドラーだ。彼は地球での自分を捨てて、今の自分として生きていきたいのかもしれない。


 もちろん、あくまでこれは俺の推測。実際のところはどうなのだろう。バドラーはあまり自分の事を語らないから、何故か俺に尽くしてくれるけど、その理由も分からない。

 俺が彼の事で知っているのは、彼が地球での俺だった、道添晴樹という男子高校生を知っているという事くらい。


 ……もっと彼の事を知りたいな。彼は俺にとって、大事な人だから。

 今すぐには無理でも、いつか話してくれますように。打ち明けてくれますように。



「……バドラー。それで、今日はどうしようか。時間も限られているし、ある程度は決めていた方が効率は良いと思うけど」



 とりあえず頭を切り替えて、俺は隣を歩くバドラーに、足は止めないままそう訊ねる。


 俺達は、今日中にヴィッセル領へ帰らなければいけない。その為にはお昼頃には王都を出る必要がある。転移魔法で帰るという手もあるけど、もったいないから温存しておきたいんだよね。

 そうなると、残された時間は約六時間。王都に居られるのは、俺に与えられた休みは、たったそれだけだ。

 だったら目的もなくぶらぶらするよりも、何をするのか、どこに行くのかをあらかじめ考えておいた方が良いんじゃないかな。



「うーん……。それはそうだろうが、王都にどんな場所が、どこにあるのか知っているか?」

「……お城なら。あとシャルルさんのお店」

「城はどうせ入れないから時間の無駄だ。シャルルさんのお店は、行く必要ないだろ」

「うん、その通りだね……」



 そう、思ったのだけれど。難しい顔のバドラーに、すぐさま否定材料を挙げられる。


 今の俺達は一介の冒険者の二人組という体だ。そんな輩達が城に入れてもらえる訳がない。というか、ルーシーとしてでも事前のアポイントメントがなければ拒否されるだろう。

 ……俺としては、王国の資料とか見てみたいんだけど、絶対閲覧許可でないでしょ。ピルグランドの事とか、ちゃんと調べて警戒しておいた方が良さそうなんだけど、今日は諦めるしかないね。


 バドラーは行く必要ないって言ったけど、シャルルさんとはいつかまた話をしたい。だけど、お店の仕事が出来なくなっちゃうだろうから、連日の訪問は迷惑だろうし……。やっぱり、どちらも却下。


 そうなると、確かにぶらぶらするしかないのかと思えてくる。でもなぁ。うーん……あ!



「そういえば、王都にはザッカニアで唯一の図書館があるらしいよ? 行ってみる?」



 バドラーの前に回り込んで、思い出した事を提案してみる。この間お城に招かれたというか、連れていかれた時にそんなものがあるとお父様が言っていた。ちょっと気になっていたんだよね。



「う……。図書館、か」



 おお、揺れてる。どうやらバドラーは本が好きらしい。俺はそこまで本が好きな訳ではないけれど、気になる事があるからね。

 ノーベラルにて、俺が軟禁されていた部屋に用意されていた本。それにはウェルディに都合の良い妙なバイアスがかかっていた可能性が高い。

 だから、それとは違う本を読んでおいた方が良いかなー、って。



「……駄目だな」

「え、なんで?」



 苦々しそうに、バドラーは呟く。彼にとっても苦渋の決断だったらしく、その表情はどこか残念そうだ。



「ザッカニア『唯一』の図書館なんだろ? しかもこの世界での紙は、手が出ない程ではないがけっして安い物じゃない。だとすれば必然的に本も良い値段がするだろう。そんな物を数多く置いてある唯一のところが、そう簡単に入れるか?」

「あー……。そっかぁ」



 確かに言われてみればそうだよね。入館にけっして安くないお金が必要になるかもしれないし、ある程度の身分も必要かもしれない。身分に関してはお忍びだという事を示せばなんとかなるかもだけど、お金は重いしかさばるしであまり沢山は持ってきてないんだよね。

 ままならないものだなぁ。一つため息をついて、バドラーの隣につく。



「じゃあ、適当に遊ぼうか」

「そうだな」



 ダメ元で一度図書館に行ってみようとも思ったけど、それで結局入れなかったりしてがっかりはしたくない。

 でも適当にとは言っても、何しようか。何か面白そうなものないかなー、と辺りを見渡しながら歩く。おのぼりさん感満載だけど、まったくもってその通りだから、馬鹿にされても反論出来ない。

 まあ、王都なんて年がら年中観光客が来てるだろうし、そんなに珍しい存在じゃないだろうけど。


 今俺達が居るのは王都のメインストリート。道の両端には露店が立ち並んでおり、いたるところから美味しそうな匂いが漂ってくる。けれど俺達は朝ごはんを食べたばかりで、とてもじゃないけど買おうとは思えない。

 こんな事なら、宿で食事をつけなければ良かった。


 ちょっぴり後悔しつつ、バドラーと他愛もない会話を楽しみながら大通りを人の流れに沿って移動する。賑やかな喧騒が少し耳に痛いけど、活気があるのは良い事だよね。



「……あれ? あそこに人が集まっているけど……。なんだろう?」



 ふと、人々が一ヶ所に集まって熱狂しているのを見つけた。むさ苦しい男達に囲まれて、中心で何をしているのかまったく見えない。



「ああ。ルークが見ても仕方ないものだな」



 けれど、俺と違って背が高いバドラーには見えたようで、呆れたようにため息をつく。

 む、なんだろう。そう言われると、気になるじゃない。いったいどんな見せ物がやっているのだろう。



「バドラー。ちょっと抱き抱えるかおんぶしてよ。何してるのか見たい」

「え、それは……。本当に大したものじゃないぞ」

「いいから」



 俺はバドラーの顔を見上げてお願いするけど、なぜか当のバドラーは渋い顔。それでも頼み込むと、ため息をついた後腰に手を回して俺を持ち上げてくれた。

 持ち上げてもらった事で視界が高くなり、ちょっと遠いけれど、男達の中心で誰が何をしているのかを理解する。同時になんでバドラーがああ言ったのかも。



「……男って、馬鹿だね」

「……お前も男だろうが」



 もう良いだろ、という風に下ろされて、地面に足が着いた時に小さな声で呟くと、すかさずバドラーから突っ込みが入る。それは彼が、俺が地球では男だった事を知っているからこその『お前も同類だろう』という突っ込みと、今現在男装をしている俺の呟きを聞いた人が居た時のフォローの為。


 いったい中心ではなにが起こっていたのかと言えば、ストリップショーだ。凄く胸が大きいお姉さんが、凄くきわどい格好で踊っていた。辺りには脱ぎ散らかした服と、おひねりと思われるお金が散乱していた。


 その時、男達の熱狂が一瞬収まる。その後、興奮したように次々に財布からお金を投げ込み始めた。

 あー、脱ぐのと踊るのを止めて、お金を投げれば再開するよみたいなアピールをしたんだろう。愚かな男達はつぎ込むと。あ、あの人すられてる。女の人に集中していてぜんぜん気づいてない。



「……王都にも、ああいうのあるんだねぇ」

「王都だからこそ、だろう。多分道を外れればそういう店が沢山あると思うぞ。あれはそういう店の宣伝でもあるんだろうな」

「なるほどね。でも、あの人そんなに綺麗じゃないよね」

「……そりゃ、お前と比べたらなぁ。月とスッポンだろ。比べられる方が可哀想だ」

「いや、そういう事じゃなくて、一般論で……」

「あの人は確かに美人とは言い難いが、そこまで悪くないし、あの体ならけっこう人気だと思うぞ。お前自身を筆頭に、綺麗所に囲まれてるから、基準がおかしくなってるんだろう」

「うーん……。まあ、それは否定出来ないけどさ……ん?」



 突然、ざわめきの質が変わった。先ほどまではストリップショーに対する熱狂だったのが、慌てるような騒動に。

 耳を澄ませば、じゃかじゃかと鎧が擦れるような金属音と、足音。



「……王都警備隊か」



 音の方向を見ながら、バドラーが目を細める。その言葉通り、立派な鎧に身を包んだ人達が四人。

 彼らの姿を確認して、ストリップショーに群がっていた人達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 そりゃあ、こんなスリが横行するようなものを見過ごせないよね。風俗も、こんな白昼堂々宣伝するようなものでもないし、治安が悪くなる要因だから裏通りでひっそりとやるならともかく、大通りではやるなと。

 ……でも、なんで見ていた人達も逃げるんだろう?

 俺達以外にも、なんで逃げているのか分からず立ち往生するのが数人。けれど、女性を囲んでいた人達はほとんどが走り去っていく。走る男達にぶつかって転ぶお年寄りや小さな子供も多い。



「バドラー!」

「分かってる!」



 とっさにバドラーに声をかけ、彼はそれに応えて駆け出した。

 屈強な男達に弾き飛ばされたお年寄りや小さな子供が地面に叩き付けられる。少し距離があったから、転ぶのを支えるのは間に合わなかった。

 それでも、バドラーなら怪我を治せる。



「イタタタタ……」

「今治します!」

「うぇーん! ママァ!」

「大丈夫、擦りむいただけだから。ちょっと染みるけど、我慢してね」



 バドラーは重症そうな腰を打ったお婆さんに治癒魔法をかけ、俺は六歳程の女の子の膝を水を出して洗い流す。

 お年寄りは骨折しやすいし、大腿骨でも折っていたら大変だ。治癒魔法を使えない俺は治療には役立てないから、泣いている子供をあやすのに集中する。

 それにしても、突然走り出してさぁ。いったいなんなの。警備隊から逃げるという事は悪い事をしている自覚があるのだろうし、数人は顔を覚えたから、今度見たら取っ捕まえてやる。



「おい、貴様ら。そこの二人だ」

「……なんだ、こっちは今怪我人の治療中だ後にしろ」

「バ、バドラー! 連れがすみません。どうしましたか?」



 混乱をおさめていると、警備隊の一人に声をかけられた。ちょっと上から偉そうに言われて、それにいらっとしたのかバドラーはその人を見ずに袖にする。いくらなんでもその対応は、と思っていると案の定相手は顔を真っ赤にし、剣の柄に手をかけた。

 仕方なしに泣き止んだ子供に「ちょっと待ってて」と告げて間に割り込む。



「……貴様達に、事情を聞きたい。ちょっと来てもらおうか」



 舌打ちをして柄から手を離して、男性は横柄な態度でそう言い放ち、俺は空を仰ぐ。

 男性の目は、事情を聞きたいというよりも、何故か俺達をいぶかしんでいる色が濃い。あからさまに怪しまれている。何でよ。俺達が何をしたって言うの。


 ああ、もう。面倒な事になった。今日中に帰れるかなぁ。


 いざとなったら正体を明かす事も考慮しつつ、それはそれでより面倒な事になりそうだからやだなぁと思いながら、俺は頷いた。

 バドラーは嫌そうな顔をしながら、俺をたてて従う事にしたらしい。それでも、全員を治すまで待ってくれと言って他の怪我人に治癒魔法をかけていく。


 それにしても、さっきの逃げ出した男達は、本当になんだったんだろうか。

 俺は凄く嫌な、何か事件に巻き込まれそうだという予感を感じながら、大きくため息をついた。




 ◇




 俺は、私は、ボクは、わたしは。いったい誰なのだろうか。**はそう、自らに問い掛ける。


 この世界に来てから幾度となく味わってきた違和感。魂が体に引っ張られる感覚。自らが書き替えられていく不快感。

 自分が、自分でなくなっていく恐怖。


 次に**の脳裏によぎる問いは、自分はこれからどうするべきかという疑問。


 自分を取り戻すべく、元の世界を目指すのか。

 この世界でも、自分を強く持つ為の努力をするのか。

 愛しい人と共に、変わっていく自分を受け入れるのか。

 もうなにもかも諦めて、人形として生きていくのか。

 はたまた……自ら命を絶つのか。


 分からない。分からない、解らない判らないわからないワカラナイ。

 何が最善なのか。自分がとるべき模範解答はどれなのか。


 **には、分からない。


 表向きは飄々と。周りにはまったく悟られないように。

 **は内心頭を抱えてうずくまる。カタカタと震える。


 ──ああ。俺は、私は、ボクは、わたしは。いったい何モノなのだろうか。


 三度、問い。答えられないが故に、自問自答にはならない。

 造られた人形に押し込まれた魂は泣き叫ぶ。**の心は磨り減っていく。

 いくら悩んでも、最適解は見付からない。


 ──誰か。どの道へ向かってでも良い。背中を押してくれませんか。


 **は、****として、思考を放棄した。

 いつか、答えが与えられる事を祈って。




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