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五十五話:リーリ武具店

 あの事件から、俺がロナルドさんの養子という事になってから、一ヶ月が経った。

 正直、政治のややこしい事は俺には分からない。だからロナルドさんやコルネリウスの言う通りにしていたのだけれど……そのせいで俺はヴィッセル家の一人娘になり、冒険者時代のように自由気ままに生活する事は出来なくなった。

 貴族の一員となり、これまで使っていた『学のない平民だから』という言い訳は通用しない。だから今後失礼のないように、俺はほぼ毎日のようにヴィッセル家に仕えるちょっと怖いおばあさんに礼儀作法を徹底的に叩き込まれていた。最近ようやく合格をもらえ、今日明日は自由時間だ。



「ホント、大変だったなぁ……。それにしても、こういう格好は久しぶり」

「俺は、初めて見たけどな。……案外似合ってるな」

「ふふーん。でしょ?」



 俺は隣に立つバドラーに笑いかける。

 今日明日は助けに来てくれたバドラーへのお礼として、ハルメラの街を案内する事になっていた。そこまで長い期間滞在した訳じゃないし、そこまで土地勘はない。だからお礼は他の事を考えていたのだけど、彼がハルメラを案内してくれ、それが良いと言ったのだ。


 今日の彼はブリガンダインは置いてきて、動きやすそうなチェインメイルに身を包んでいる。

 バドラーが愛用していたブリガンダインはナナさんとの戦いでベッコベコに壊れてしまった。だから、リーリさんに新しいやつを作ってもらうよう依頼をするのも、今回の目的の一つだ。

 それでも覇気のある姿、分厚い筋肉と腰に提げている大斧のおかげで侮る馬鹿はいない。というか、柄の悪い冒険者のおじさん達に、「こんなガキなんかより、俺らと仕事をしないか?」と誘われているくらいだ。



「にしても、本当に見違えたぞ。今のお前を見て、『聖女様』と結びつけるやつはそうそう居ないだろうな」

「……その聖女様ってやつ、止めて欲しいんだけどなぁ。俺の柄じゃないし、恥ずかしいよ」



 そして、俺は今、久方ぶりの男装をしていた。


 狙い通りと言えば、狙い通りなんだけど……。ちょっと俺は有名になりすぎた。街を歩いていたら凄く注目を集めてしまう。だから、今日の俺は貴族のルーシー・ヴィッセルではなく、一冒険者のルークなのだ。

 目立つ銀の髪の毛は帽子の中にしまい、かつ茶色のかつらを着けて先の方を自然な感じに帽子から出している。安物の男物の服の上につけている革の鎧は、かつてノーヴェさんにプレゼントされたものだ。

 胸はさらしを巻いて目立たなくし、化粧をするように肌を黒くする粉をつけて日焼けをしている感じになっている。武器であるレイピアはそこら辺の武具屋で買った一番安い大量生産品。

 変装の成果も相まって、いかにも『怖いから防具は奮発したものの、そのせいで武器が疎かになってしまった軽戦士(フェンサー)の少年』だ。

 男装が似合うというのが、喜ぶべき事なのかは分からないけどね。



「あ、バドラー。そろそろつくよ」



 とりとめのない会話をしながら街を歩き、リーリさんのお店の近くでそう声をかける。


 リーリさん作の武具の愛用者は、ノーヴェさんやエイミィ以外にも、王様直属の親衛隊員にも多いらしい。完全オーダーメイドでそれなりに値は張るものの、名工の師事を受けたリーリさんが作る武具の質は非常に高いのだ。

 もちろん、まだまだ若いリーリさんが世界最高の腕の持ち主とは言えないけれど、オーダーメイドの中では良心的な価格であり、大都市(ハルメラ)に店を構えているというのも大きい。そしてなにより、仕事が早いというのが人気の理由なのだ。


 ……まあ、これはノーヴェさんの受け売りなんだけどね。俺はそこまで武器の良し悪しは分からないし。粗悪品と良品の違いくらいは分かるけど、細かい違いを把握するのは無理。



「ああ、そうか……」



 あれ? なんかバドラーがどことなく不満そうだ。



「どうしたの? やっぱりこんなお礼じゃ不満だった?」

「い、いやそんな事はない!」



 身長差から彼を見上げながら問い掛けると、慌てたように手を振りながら否定される。それなら、いいけど……。

 なら、どうして一瞬不満げに口を尖らせたんだろう?



「は、早く行こう。もう近くなんだろ?」

「あ、うん」



 首を傾げていると、バドラーは早歩きになった。やっぱり、自分の命に関わる物だから気になるのかな。

 ああ、なるほど、分かった! さっきのは、大事な鎧を初めて会う人に任せるのが不安だったんだろう。いくらノーヴェさん達のオススメとはいえ、実際に見るまではどこか心配だったんだね。納得。

 バドラーの気持ちが分かり、うんうんと頷いた後、先を歩いているバドラーに声を掛ける。



「──バドラー、もうお店通り過ぎてるよ!」



 あ、バドラー転んだ。



「ふふっ、あんたら面白いねぇ」

「お久しぶりです、リーリさん」



 バドラーは無視しておいて、笑っているリーリさんに挨拶をする。俺達の話し声が聞こえていたのか、それともあらかじめこのくらいの時間に来る事を伝えていたから待っていてくれたのか、真偽は定かではないけどお店の前に立っていたのだ。

 ニヤニヤ、というのが一番ふさわしいような笑みを浮かべながら、リーリさんは俺とバドラーを交互に見る。長いポニーテールと豊満な胸が揺れた。



「……あんた、罪な女だねぇ」

「? どういう事です?」

「いや、何でもないよ。んで、今日の用件はそっちの彼の鎧のオーダーで良いんだっけ?」

「あ、はい。それと、私の着ているこれのメンテナンスをお願いします」

「了解。じゃ、入っておいで」



 凄く男前な感じで笑いながら、リーリさんはお店の扉を開けて手招きをする。そんな彼女の後について、お店に入った。

 店内の内装は以前見た時とほとんど変わっていない。強いて変わったところをあげるとすれば、展示されている剣の種類が入れ替わっている事くらいかな。


 軽く店内を見渡した後、俺は革鎧を脱がされ椅子に座らされる。リーリさんは俺の対面に腰掛て革鎧をじっと観察し、バドラーはペルトさんにバシバシと背中を叩かれていた。……何やってるんだろう。



「……うん、問題ないね。というか、最近あまり使ってなかったでしょ」

「はい。ですが、私の手入れのやり方があっているか不安だったので……」

「完璧……ではないけど、十分合格点だよ」



 太鼓判を押され、ほっと一息つく。革製だし、虫食いとかされているかも、と心配だったんだ。

 そしてこの革鎧、リーリさんの指摘通りほとんど使っていない。ナハトに行った時にはノーヴェさんのところに置いてきたし、ここ一ヶ月は外に出る機会がなかった。俺が主に着ていたのはフリフリの可愛らしいドレスだったし。



「まあ、後で少し手を入れておくよ。あっちは……まだまだかかりそうだし、ちょっと話をしようか。それにしても、聖女様は最近大変だったみたいね」

「リーリさんまで私をそう呼びますか……」



 まだまだかかりそう、と言われていたバドラー達の方を見ると、ペルトさんが「兄ちゃん良い体してるッスねぇ! エルフは皆ひょろっちいもんだと思ってたッスよ!」と大口を開けて言っていた。バドラーが微妙に頬をひきつらせているのは……ペルトさんと合わないんだろうなぁ。あいつ、熱血系というか、暑苦しい人苦手だったもんね。

 まあ、それはいいや。俺がリーリさんを軽いジト目で見つめると、リーリさんはごめんごめんと言いながらケラケラと笑う。


 聖女様、かぁ。いわゆる俺はプロパガンダ目的のアイドルみたいなものだから、そういう認識が広まるのは、皆のもくろみ通りなんだろう。でも、正直まだ慣れないし、気恥ずかしい。俺がやった事は、話題の『聖女様』とはぜんぜん違うし、俺はそんな立派な人間じゃない。

 まあ、そうなる筋書き(シナリオ)を提案したのはウェルディだとはいえ、了承したのは他ならぬ俺自身だし、文句を言っちゃ駄目なんだけどさ。



「それで、貴族となった感想は?」

「……色々と大変です。勉強もそうですが、何より婚姻の申し込みが殺到しているのが……」

「あー……。まあ、そうなるよねぇ」

「うんざりですよ……」



 一つ、深いため息をつく。俺にはまだ結婚をする気なんてさらさらないのに。

 手紙での求婚なら、まだ良い。送ってきてくれた人には悪いけど、俺は文面も見ずにばあやがお断りの手紙を書いてくれるから。一つ一つ確認していたらキリがないし、どうせあっちも使用人に書かせているんだろうし、良いでしょ。

 困るのは直接お屋敷にやって来る人達だ。元々お父様(ロナルドさん)は貴族の血筋ではなく、かつての戦争で功を成しヴィッセルの姓と爵位を与えられた。つまり貴族としては新参者だ。更 に、そのヴィッセル家の養女である俺は身元不明ときた。そんな家なら自分達(純然なる貴族)の言う事を聞くだろうと舐めている貴族も少なくない。

 今回の件でお父様が男爵から子爵に格上げされたおかげで、ある程度はそういう輩は少なくなってはいるとばあやは言っていた。

 それでも十分過ぎるほど多いし、勝手にとはいえ訪れた客を無下にする訳にもいかない。本当に大変なのだ。


 ……ヴィッセル家を舐めているからだろうけど、いくらなんでも四十過ぎのハゲデブ爺が求婚してくるとか、ふざけるなと言いたい。娘ほど年の離れてる少女相手に愛を囁くな。視線がエロい。あまつさえ上から目線で「私の第三夫人にしてやろう」とかさ! 伯爵だからって調子に乗りすぎでしょ!

 あー、思い出しただけでイライラしてきた。他にもいきなり手の甲にキスしようとした男も居たし。避けたけどさ。笑顔を維持するのも疲れるし、何度燃やしてやろうかと思った事か。



「お疲れ様。そのうち収まると思うけど、それまで頑張って」



 リーリさんは、俺の機嫌が悪くなったのを察したのか、苦笑しながら優しく頭を撫でて励ましてくれた。

 本当に収まってくれれば良いけど。多分、言い寄ってきている貴族の目的は、『武神』と『聖女様』という二人の英雄を擁するヴィッセル家の影響力と戦力。そして、この身体。

 そう簡単に、諦めるだろうか。


 ああ、もう。色々とめんどくさい。


 まあ、こうして愚痴をこぼせる相手が居るのはありがたい。こぼされる方はたまったもんじゃないかもだけど。ごめんなさい、リーリさん。でも、もう少しお願いします。



「ですから今日は、息抜きも兼ねているんですよ。

 ……そういえば、この間知ったのですが、リーリさんはいわゆるお姫様ですよね。したくない結婚みたいな感じで、何か上から断りたい要求が来た時、どうしてましたか?」


「うーん……。ごめん、期待には応えられそうにないよ。アタシは小さい頃から武器が好きな女らしくない子供だったから、髪も短くてスカートも履きたがらなくね。そんな風だったから政略結婚の駒には相応しくないと判断されていたみたいで、そういうのはあまり経験がなくてね」



 俺の質問に、リーリさんは少しの間記憶を呼び起こそうと考え込んだ後、申し訳なさそうにそう答えた。まあそう便利な方法が見つかる訳もないよね、残念。

 でも、男らしくするのは良い手かも……いや、無理だ。そんな事をしたら絶対にばあやが激怒するし、聖女様のイメージが崩れ去る。そうしたら、より面倒な事になりそうだ。

 結局は地道に断り続けるしかないのかなぁ。

 

 思わず、もう一度ため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、出てしまうものは仕方ない。

 その時、背後から「あ、いらっしゃいッスー」というペルトさんの声が聞こえてきた。何の気なしに振り返ろうとしたけど、リーリさんが「それとね」と続け出したので、前に視線を固定する。



「けっこう早めにノーベラルを脱出()てたし、ノーヴェとシャルルが居た分アタシに固執されなかったから。……そうだ! シャルルに聞いて見れば?」

「シャルルさん……ですか?」



 リーリさんの提案に、俺は首をかしげた。シャルルさんって確か、リーリさんやノーヴェさんの妹さんだっけ? ザッカニアに帰ってから、ノーヴェさんの説明で名前だけは聞いた。

 ……あの時、実はノーヴェさんがお姫様だったと知って本当に驚いたなぁ。ロナルドさんが貴族だとは薄々気づいていたけど。俺、凄い人達と一緒に居たんだなぁ。


 そんな人達が、俺という個人の為に命をかけたというのは、正直「そんな人達があんな事して良かったの!?」とか思ったりしたけど。いや、凄くありがたいし嬉しかったけどね。



「そう。アタシ達の一番下の妹。あの娘は商人やってたり、この国の宰相に育てられたりして、政争に関しては詳しいだろうからね。まあ、あの娘の店はこの街(ハルメラ)じゃなくて王都だから、また今度でもいいけどね」



 そう言って、リーリさんは「とりあえず、紹介状を書くよ」とお店の奥に入っていった。

 そうなると、俺は急にする事がなくなる。バドラーはまだどんな防具にするか話し合ってるし……。

 こうして暇になると、なんか色々考えちゃうなぁ。本当に、コルネリウスを王にする形で良かったのか。ウェルディの提案に乗るべきだったのか。貴族とか、聖女様とかにならない方が良かったのか。


 ……いや、これらはもう俺が決断してきた事。揺れちゃ駄目だ。揺れる弱い自分を変えないと。

 過去を考えていても意味がない。これからどうするかを考えないと。


 俺は、貴族となった。貴族の子女はどうあるのが望まれる?

 ……やっぱり、他の貴族と結婚して家を大きくする事なのかな。嫌だなぁ。

 でも、俺に領地の経営とかは出来そうにない。このままじゃ、ただのお飾りになっちゃう。象徴とか、アイドルに過ぎない人間にも出来る事はあるのかな。


 気分が暗くなってきた。ダメダメ、今日はバドラーを楽しませないといけない。俺が暗い顔をしていたら、彼を困らせてしまう。



「おまたせ。はい、これが紹介状とあの娘のお店の地図」



 気分を切り替える為に自分の頬を叩いて、ちょっと強すぎたせいで涙目になっていると、奥からリーリさんが戻ってきた。バドラーも、ちょうど話し合いが終わったみたいでこっちに来る。



「ありがとうございます。……バドラー、依頼が終わったのなら、お昼ご飯食べに行かない? 美味しいお店を知ってるよ!」



 笑顔を作ってそう提案すると、バドラーも小さく笑って、俺の頭に軽くチョップを叩き込んだ。

 痛っ、なんで!

 


「ルーク、お前、この休みを逃したらいつ時間が空く?」

「え? えっと……分からないかなぁ」



 頬を膨らませながらバドラーを睨むと、彼は呆れたように聞いてきた。

 勉強しなきゃいけない事も沢山あるし、今度養女()のお披露目も兼ねた領地の見回りがあるらしい。その事を正直に答えると、バドラーはハァーと大きく息を吐いた。



「だったら、今日明日のうちにそのシャルルって人に話を聞いておいた方がいい」

「私達の話を聞いてたの!? で、でも今日はバドラーへのお礼で……」

「馬鹿。お礼はまた今度で良いだろ。俺を優先してくれるのはありがたいが、貴族になったお前の方が大変なんだ。早めにいろんな事をやり過ごす術を知っておこう。な?」



 そう言って、バドラーは優しく微笑む。そして俺の手をとって、そっと立ち上がらせた。

 ああ。こいつには敵わない。



「……ありがとう、バドラー」



 気恥ずかしくて、彼の顔を見ないでお礼を言うと、リーリさんはニヤニヤしながら「青春だねぇ」と呟いた。いったいなにが青春なんですか。

 ともあれ、バドラーの好意で今日どうするかは決まった。善は急げ。さっそく行こうか。



「リーリさん、今日はありがとうございました」

「大した事はしてないさ。兄ちゃん、鎧は五日後に取りに来な」

「はい。分かりました」



 これからする事を人に見られないように、お店を出て人影のない路地裏まで走る。そこで、一枚の紙を取り出して地面に置いた。

 転移魔法が込められた、マジックスクロール。ウェルディがお詫びだと言って何枚かくれたうちの一枚。

 発動する為の微量の魔力を注いで、発生した魔法陣の上に二人で乗っかる。

 行き先は王都、シャルルさんのお店。

 次の瞬間、俺達の姿はそこから消え去った。




 

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