四十九話:同族嫌悪
何故ここまでイライラするのか、自分でもよく分からない。ただ、物凄く何かをコルネリウスに言いたかった。その卑屈な態度が気に食わなかった。
「陛下、貴方は自分が責任を取りこの戦争を終わらせる。……そういう心づもりなのですよね」
「ああ、そうだ」
「一度失敗したから、次も失敗すると決め付けて逃げるつもりなのですね」
「それは違う。別に王ではなくとも出来る事はあるだろう」
「それが逃げだと言っているんですよ!」
自分でも自分の気持ちが分からないまま、俺は声を張り上げる。
周りの驚きの視線はまったく気にならない。いや、気にしない。感情のままに立ち上がり、じっと隣のコルネリウスの目を見据えて更に続ける。
「王様でなくなって、いったい何が出来ると言うのですか!一個人が出来る事なんて、たかが知れているではありませんか!」
「ちょ、ちょっとルーク?」
「陛下は、コルネリウス様は、ご自分の力が足りないと言い訳をして、苦行から逃げようとしているだけです!」
ノーヴェさんが口を挟んできたが、それは無視。
コルネリウスは、まるっきりの無表情で何も言わずに、けれど鋭い意思のこもった目で俺を見つめる。そのせいで、より頭に血がのぼっていった。
「戦争を引き起こした王として、陛下への風当たりは凄まじい事になるかもしれません。それでも、歯を喰い縛って耐えて国民を守るのが、正しい責任の取り方ではないのですか!」
どうなんですか、と座っているコルネリウスに顔を近付けて詰問する。
地球で、『自殺をする勇気』という言葉を聞いた事があるけど。そんなものは勇気でもなんでもない。逃避を美化しているだけの言い訳だよ。そりゃあ逃げた方が良い事はけっこうな数あると思うけど、それを開き直って正当化するのは間違ってる。
今のコルネリウスも、自殺をする勇気とか言ってる人と同じ。責任をとると言って、適材適所だと言って、逃げる事を正当化しているだけじゃないのか。
数瞬の間の後、彼はニカッと笑って、立ち上がりながら右手を広げて俺の額に触れ、押し込むように席につかせる。
なんで、笑ってるの。こんな小娘に良いように言われて、なんで反論しないの。悔しくは、ないの!?
……あれ。なんで俺は、彼が否定する事を望んでいるのだろう。
「ありがとうな、ルーク」
「……なぜ、お礼を」
「そこまで言ってくれるという事は、それだけ俺を買ってくれているという事だろう。俺なんかに、王という重役を任せて良いと思っている。違うか?」
……違わない。ウェルディやメイドさんからの伝聞でしかないけど、彼は荒廃したノーベラルを救ったという実績がある事を知っている。メイドさんのコルネリウスへの敬意に偽りはなさそうで、それは彼がそれだけの事をしたという事を示す事に他ならない。
そんな人が、非常に大きなものとはいえ、たった一度の失敗で自ら自分を卑下している事が我慢ならなかった。
「それでも、実際問題俺が首を切られなければ納得されないだろう。戦争を巻き起こした暴君が、反省しました許してください、これから善政を敷くのでこのまま王としていさせてくださいなんて……。受け入れられる訳がない」
「っ!」
「そして俺は、民にかなり恨まれているだろうよ。人道に反した行いをし、自分達を傷付けた最悪の暴君に、誰が好んで仕えようと思う?俺がこのまま王座に座り続けたところで、反乱は時間の問題さ」
優しく、諭すように。達観した表情で俺の意見を否定していく。俺を慈しむような目。
それを見て、思わずまた声を荒げようとして。
「落ち着け、ルーク」
いつの間にか俺の背後に回っていたロナルドさんが、肩を押さえた。
「あ……」
困ったような呆れたような、でも俺を肯定してくれているような複雑な彼の表情を見て、なんで俺がこんなにイライラしているのか理解する。
──ただの、同族嫌悪じゃあないのか。
正確に言えば、違うのだろう。でも、俺が彼と自分とを重ねていた事は確かだ。
彼と同じように。いや、彼よりも沢山、俺は失敗してきた。
自分の性別を偽って皆を騙して、危険に晒して。
それで罪の意識に押し潰されそうになって、皆から逃げて。
結果として、魔法で多くの人を殺した。
そんな俺だから、逃げる事を否定しながらも、それを認められるような答えを、コルネリウスに求めていたのではないか。だから、彼が否定する事を望んでいたんじゃないだろうか。
……最低だ。俺に彼を糾弾する資格なんてありはしない。そんな俺なんかを命懸けで助けに来てくれた皆に申し訳なかった。
「お、おい。ルークが泣く必要なんてないんだぞ」
ポロポロと涙を溢す俺を、慌ててコルネリウスが励ます。
違うんだ。貴方のせいじゃない。俺は、自分の駄目さ加減が嫌になっただけ。逃げようと、正当化しようとしていたのは俺なんだ。
それでも。
手で涙を拭う。気持ちを切り替える。
もう、逃げない。さっき俺が彼に言った通り、俺が殺してしまった人々の家族に恨まれても、歯を喰い縛って耐えてその責任をとるんだ。
自己満足に過ぎないかもしれない。それでも良い。
「陛下。失礼な事を、申し訳ございませんでした」
コルネリウスの視線に合わせた後、頭を下げる。仮にも一国の主に対する物言いではなかった。
まあ、さっき勢いに任せて言った事を撤回する気はさらさらないけど。全部俺が正しいと思う本音ではあるし。ちょっと邪念が混じっていたのも、その、確かだけど。
「……どうやら、吹っ切れたようですね」
俺の後ろから、ウェルディが声をかけてくる。それは俺がコルネリウスの決意を受け入れた事に対する言葉のように聞こえるけど、彼の顔からして違うと思う。
……もしかして彼、俺の考えを知っていて、こうなると分かってコルネリウスと会わせたんじゃないの。いったいどこまで彼の手のひらの上だったんだ。うう、なんかムカつく。
「……ねえ、コル兄さん」
俺が落ち着いたのを見計らって、ノーヴェさんが小さく、けれどはっきりと聞こえる声量で呟いた。
「なんだ、ノーヴェ」
「いやね、コル兄さんは自分が民に恨まれているだろうって言ってたけどさ。……そうでもないんだよね」
「なっ……。どういう、事だ?」
ノーヴェさんは思案顔でうつ向いた後、しっかりとした声色で語り始めた。
彼女達がこの館にたどり着く前、近くの村で起こった出来事を。
◇
ノーヴェ一向はエルバに突入する前に、宿に泊まって身を休めていた。
男性陣は雑魚寝の大部屋の布団に、女性陣は二人部屋のベッドにそれぞれもぐっていたのだが……深夜、日付の変わった頃。
「ん……ノーヴェ、誰か来る」
大勢の人の足音が彼女達の泊まっている部屋に向かってくる事に、耳の良いエイミィが気付いた。
宿の中という事でそこまで気を張ってはいなかったが、ここは敵地。人々に異様に注目を集めていた事もあり、警戒は解いていなかったが故に、かすかな音で目が覚めたのだ。
彼女は剣をとり、ノーヴェの体を揺すって起こす。そして起きている事を悟られないように息を潜めて扉の横に立ち、扉が開いた瞬間攻撃出来るよう身構えた。
何か事件が起こり、宿の主人がそれを客に伝えに来ただけという可能性もなくはないが、それにしては足音が多すぎる上に気配を消そうとしている事が不可解だ。例えこれが空回りだとしても、警戒を怠って不意討ちをくらうよりかはよっぽどましである。
そして、何者かの襲撃ではないかという彼女の予想を肯定するように、極力音をたてないように鍵が回された。
先制してやろうと、気合いを入れるついでにエイミィは剣の柄を握り直す。ノーヴェもすでに起き上がり、彼女の得物を構えていた。
部屋の入り口は狭く、いくら数を揃えたところで物量作戦は意味をなさない。だからこそ、なぜ奇襲に気付かれやすくなるような大人数で来たのかと訝しみながら、扉が開くのを待つ。
しかし、そんな警戒を嘲笑うかのように扉は小さくしか開かず、その隙間から折り畳まれた一枚の紙が部屋に入れられた。そしてすぐさま閉じられる。
いったいなんなのだと二人がそれを注意深く見つめていると、薄い扉を隔てた先から小さく声がかけられた。
「ノーヴェ様。おそらく起きておられる事でしょう。私達は貴女方に危害をくわえる気はありません。そちらの手紙をお読みください」
何故かかしこまった口調で告げられた、女性のものと思われる高い声を聞いてノーヴェは剣を下ろし紙を拾う。その間も、エイミィは警戒を緩めはしない。
識字率はけっして高くないというのに、彼女らは迷いなく手紙を送ってきた。それは彼女らはノーヴェが字を読める事を知っており、またあちらにも字を書けるだけの教養がある事を意味する。
いったい何者なのかと眉をしかめながら、ノーヴェは紙を開いた。だが今は夜中、こう暗くては書かれている内容がまったく読めない。備え付けのランプに火を灯し、その紙に目を通してく。
読み進めるにつれ、ノーヴェの顔に驚きの色が浮かんでいった。読み終えて更に二度読みし、その内容に読み間違えがない事を確認して、紙を握り潰す。
何て書かれていたの、と目で問い掛けるエイミィに紙を渡し、ノーヴェは扉の前に立った。
「手紙、読んだよ。けど、まだあんた達を信用出来ない。一応あんた達の望む通りにするつもりにはなったけど、条件がある」
「最大限叶えるつもりでごさいます」
「なら、あんた達は宿の外で準備が出来るまで待ってな。部屋を出て襲われちゃあ堪んないからね」
「分かりました。では」
そう言って、本当に離れていく足音。少しして音がなくなれば、気配も感じない。
それでも、もしかしたらこっそり待ち構えているかもしれないが、その時は打ち倒せばいいだけだ。
「ねえ、ノーヴェ。これって……」
「その話は後にしよう。とりあえず、ロナルドとバドラーを起こしに行こうか」
手紙を読んで、目を丸くしながら呟かれたエイミィの台詞を遮って、ノーヴェは大部屋の方を指刺す。少し考えて、エイミィはうん、と頷いた。
騙されている可能性も考慮してしっかり防具を装備し、音はたてずに一気に扉を開けて部屋を飛び出る。嘘は言っていなかったようで、廊下を見渡しても二人の視界には誰も居ない。
大部屋に行き、そこらに寝転がっている人達を踏まないように音なく飛び越えて、ノーヴェはロナルドを、エイミィはバドラーの体をそっと揺らして耳元でささやく。ロナルドはすぐに目を覚ましたが、マッチョエルフは一向に起きる気配がない。エイミィは一つため息をつき、ノーヴェとロナルドが頷いたのを見て全力でバドラーの頬を叩いた。けっして音が鳴らないように、しかし力はしっかりと伝わるように。
その衝撃と痛みで強引に覚醒させられたバドラーは思わず声をあげそうになるが、その前にすかさずエイミィが口を塞いで声が漏れないようにする。ビクンと体を跳ねさせ、微妙な顔をしながらバドラーが体を起こす。そうとうな力で叩かれたにも関わらず皮膚がまったく赤くなっていないのは、彼の耐久力故か。
完全武装の二人を見て、何かあったのかと分かりきった事を聞く事はない。説明を求めるのはここを出てからにしようと、急いで武器をその手に持つ。ロナルドの防具は急所を除いて基本は獣の革から作られていたからともかく、バドラーのブリガンダインは下手に触れれば確実に音がする。仕方ないと割りきって、バドラーだけが服のまま四人はそっと大部屋を抜け出し、ノーヴェが男二人に軽く事情を説明しながら宿の外に出た。
「……ノーヴェ様、先ほども申し上げましたが、我らは貴女方を傷つける気などございませんし、なにより不可能です。そのように装備を固めなくとも良かったですのに……」
外には十二人の女性が居た。まだ年若い少女から妙齢の女性まで様々だが、なるほど武器も持たず丸腰で、体格的にも戦えそうにない。
「さっきも言っただろう。あんた達が信用出来ないって。さあ、早く道案内をしておくれ」
「かしこまりました。ではノーヴェ様、こちらでございます」
その十二人のまとめ役であろう、先ほどからずっと話している、年の頃が三十に届くかどうかという女性を先頭に夜の道を練り歩いていく。
今、彼女達が向かっているのは、この村の長の家。先ほどの手紙もまたその長が書いたものであり、その内容はノーヴェにとって聞き捨てならない……この場合なら読み捨てならない事だった。
そこまで大きな村ではない。特に妨害もなければそんなに時間もかかる事もなく、すぐに目的の建物に着く。この村の中では大きい方だが、村の規模が規模だ。貧富様々な街や村を見てきたノーヴェ達にとってはそこまで豪華なものではなく、むしろ質素と言える家だ。
そしてその中に入り、建物の中で待っていた翁は、ノーヴェの姿を認めて破顔した。
「お久しぶりですな、ノーヴェ様」
「ああ、久しぶりだね。……元気にしていたかい、爺」
ノーヴェがまだこの国に居た頃の、彼女の姉と妹を含めた三姉妹の教育係だった老人。彼が今のこの村の長で、ノーヴェ達を呼び出した張本人だった。




