四十七話:邂逅
「双方武器を納めよ。王の御前だ」
尊大に、堂々と告げられたコルネリウスのその言葉で、下で起こっていた戦いが止まる。
そこでウェルディとメイドさんの二人とノーヴェさんとエイミィが戦っていたのは予想通り。それだけで俺の顔がほころぶのに十分な事なのだが、更に死んだと思っていたロナルドさんが、そこに立っていた。俺の姿をみとめて、小さく微笑む。
もう会えないと思っていた大切な人と、もう一度会う事が出来た。それは、凄く嬉しい事だ。色々と話したい事はあるけど、今は……泣いたって、構わないよね。怒られない、よね?
俺の頬を、温かいものが濡らしていく。けれど今の俺は満面の笑みになっているだろう。矛盾しててしわくちゃで、きっとまともに見ていられないものに違いない。それでも、自分の表情を整えられなかった。
「ルーク、ちょっとすまない」
「え、って、ひゃあ!」
そんな俺を、隣に居たコルネリウスが一声かけて抱き抱える。右手で背中を、左手で膝裏を支える、いわゆるお姫様抱っこだ。
いきなり何をするのか。それを問おうとして、その前に体が重力に引っ張られる。俺を持ち上げたコルネリウスが、階段がない為飛び降りたのだ。
恐怖心が沸き上がったが、一瞬で地面にたどり着く。けっこうな高さがあったのだが、コルネリウスがきれいに衝撃を吸収した為痛みはない。
なぜか本来階段があったであろう場所に何もなかったから、俺には下りる手段がなかった。だから「あ、ありがとうございます」とゆっくり俺を下ろしたコルネリウスにお礼を言うが、びっくりするからせめて説明してからにしてほしい。心臓がばくばく言ってる。涙も一瞬で止まったよ。
そんな俺を無視して、一歩、コルネリウスが進む。
突然の乱入者に、ロナルドさんは武器は構えていないものの気は緩めていない。何かおかしな動きを見せればすぐさま切り捨てると、その鋭い視線が言外に告げている。
エイミィは、コルネリウスをまるで無視して俺に物凄く可愛らしい笑顔を向け、耳をピクピク上下させてしっぽをぶんぶんと振っている。今にも手を振って飛び掛かってきそうだ。
ウェルディとメイドさんは、コルネリウスに頭を垂れている。……それは良いとして、何、あのメイドさんが持ってる大きな鉄球。怖いんだけど。
そしてノーヴェさんは……コルネリウスをじっと見て、目を見開いてわなわな震えている。凄く驚いていて、今にも手に持っている弓を取り落としそうだ。
「突然やって来たぶしつけな客人はいったい誰かと思えば……。これはこれは、ヴィッセル卿ではないか。残念ながら、今は貴方をもてなす準備は出来ていないが、歓迎しよう」
コルネリウスは言葉の節々に棘を含みながら、大きな身振り手振りを交えてそう話始めた。
あからさまな嫌味だが、それに反応する人は居ない。というか、ヴィッセル卿って誰だろう。コルネリウスの視線の先から察するに、ロナルドさんの事だろうけど……。卿って事は、貴族か何かなの?
そんな俺の疑問をよそに、コルネリウスは続ける。
「それで、かの高名なヴィッセル卿が、自国と戦争中であるちっぽけな小国になんの用だ?国主たる我を暗殺でもしに来たのか?」
嘲るように、不快感を煽るように。クックックと、コルネリウスは笑う。手を動かす。初めて会った時とも、泣いていた時とも違うその雰囲気で、まるで別人のようだ。
相手を怒らせる事で会話の主導権を握る手法がある事は俺も知っている。けれど、今それをする必要はあるのだろうか。
無言でのにらみ合いの後、ロナルドさんがうやうやしく片膝をついた。
「お初にお目にかかる。ノーベラルの王よ、我等の目的はそのようなものではありませぬ。ただ、そちらに居るルークを、迎えに来ただけです」
「ほう、大国の爵位を持つ人間が、一人の少女の為に戦争中の国に忍び込んだと。なんだ、もしやヴィッセル卿はルークのようなまだ幼さの残る少女を好んでいるのか?武神と呼ばれる英雄が、まさか少女趣味だったとはな」
「あ、あんたねぇ!」
「止めろ、エイミィ。……弟子を守ろうとするのは、師として当然の事と思いますが」
あまりにも失礼な物言いに、師匠を侮辱されたエイミィが怒りを表すが、その師匠に止められる。彼女を諌めた後、ロナルドさんは煽りに対してしごく冷静に反論した。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるコルネリウスは、なおも続ける。
「ふむ、まあそういう事にしておこうか。それじゃあ交渉といこう」
「……交渉、とは?」
「簡単な話さ。ルークを解放するから、身代金代わりに一つこちらの要求をのんでもらおうじゃないか。戦でも、捕虜を解放する際金を払うだろう?さもなくば、ルークにはずっとうちに居てもらおう」
「いい加減に──っ!?」
図々しくも厚かましく。悪どい顔で脅迫に近い事を行うコルネリウスに、遂にエイミィが爆発しかける。
だがその前に、ウェルディが音もなくコルネリウスの後ろに接近して腕を掴み……次の瞬間には投げ飛ばしていた。
いったいどうやったのだろう。本当にその右腕を掴んだだけだったのに、瞬きの刹那にコルネリウスの体は宙を旋回し、派手な音をたてて地面に叩き付けられていた。
「陛下、従妹君と再会したからといって、少々狼狽え過ぎですよ。落ち着いてください」
ニッコリと笑顔で、投げられた事に目を丸くしているコルネリウスを、ウェルディが諭す。綺麗に投げられたのか、大きな音がしたわりにはコルネリウスの表情に苦痛の色はない。
数秒大の字で転がっていたが、小さく笑って「……そうだな」と呟くと、投げた張本人に引っ張り上げられつつ立ち上がる。そして自らの頬をはたいた後、ロナルドさん達に向き直り、頭を下げた。
「先ほど、侮辱した事を謝罪しよう。すまなかった。……少々、我を忘れていた」
いきなりの事に、エイミィは目を白黒させ、その怒りが目に見えてすぼんでいく。
「ヴィッセル卿達に頼みたい事があったのは、本当なんだ。それを受けてもらいたかった為に、あのような事をしたのだが……逆効果だったな」
「……それで、頼みとは?」
「ああ、それはだな」
そこで言葉を切り、少しノーヴェさんを見る。
そして視線を向けられたノーヴェさんは相変わらず複雑な表情だ。まあ、久しぶりに会う従兄が自分を無視してこんな醜態を晒してたらなぁ……。
「とりあえず、その話合いは落ち着けるところで、座ってしようじゃないか。きっと長くなるだろうからな。……それと」
そう言って、コルネリウスは歩みを進める。攻撃されるかもしれないというのに、ウェルディとメイドさんを通り越し、平然とロナルドさんとエイミィの横もすり抜けて、一番遠くに居たノーヴェさんの前に立った。
後ろから襲い掛かられるとは思っていないのか、襲い掛かられてもしのげると思っているのだろうか。その姿に、気負いはない。
そして彼は、おもむろに右手をノーヴェさんの頭に置いた。
「……えっと、だな。その……久しぶりだな、ノーヴェ」
「え、や、まさかと思ってたけど……。本当に、コル兄さんなのかい?」
「ああ」
久しぶりに会ったからか、少々動揺というか、緊張が見える。先ほどの使うタイミングを誤ったトラッシュ・トークもそのせいなのかな。
俺は彼の『頼み』の内容もロナルドさんの性格も知っているから、きっと受けてくれると思っていたけど、コルネリウスは不安だったのだろう。更にノーヴェさんに良いところを見せようとして、空回った。真摯に申し出れば良かったのに、トラッシュ・トークで煽り、売り言葉に買い言葉で受け入れさせようとしてしまった。
それでも、今のコルネリウスは穏やかな笑顔を見せていて、声色も優しげだ。またもや雰囲気が変わったが、これが彼の本来の姿なのだと、そうであれば良いと思う。従妹達の為に戦争を起こす人だ。良くも悪くも、ノーヴェさんを溺愛しているハズだからね。
感極まったかのように、ノーヴェさんの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
離ればなれになっていた大切な家族との、十年ぶりの感動の再会だ。余人が邪魔をするのはやぼってものだし、積もる話もあるだろう。しばらく二人にしてあげた方が良いよね、うん。それじゃあ、俺達邪魔者は……。
「ルークさんはどこへ行くつもりですか?」
ゆっくり歩きだしたところを、ガシッとウェルディに腕を掴まれた。
さりげなくエイミィの下に逃げようとしたのに……!
「いえ、あの、その……」
「貴女があちらに行ってしまうとこちらの切り札がなくなるので、まだ行かせませんよ。それに首輪はどうするつもりです?」
「うっ……」
小さな声で指摘され、言葉に詰まる。確かにこの魔法を封じる首輪はどうにかしないといけない。せめてもの抵抗として睨んだ後、大人しくウェルディの後ろで待機する。
数十分は待つ事になるかもしれないと思っていたけど、二人の会話は一分も経たずに終わった。ノーヴェさんは涙を拭い、二人で一緒に歩いてくる。細かい話は、色々な問題が解決してから、という事なのかな。
「それでは、落ち着いて話の出来る場所に移動しようか。……ウェルディ」
ここは戦いの爪痕が深く残っている。場所を変える事は賛成だ。
けれど移動するにしても階段がない。どうするのかと思っていたら、声をかけられたウェルディが何かを呟きながら床に手をつく。すると色々な場所に飛び散っている大量の剣が浮かび上がり、その形を変えた後一つにまとまって階段に変化した。
ええ……なにそれ……。いや、錬金術の何かなんだとは分かるんだけど……。分かりきっていた事だけども、ゲーム時代と比べてかなり自由度が上がってるなぁ。
「よし。では、お客人をあの部屋に案内してくれ」
ほんの数秒で階段が完成し、コルネリウスの指示を受けてメイドさんを先頭にロナルドさん、エイミィ、ノーヴェさんとコルネリウスの順で歩き始める。
俺はまたもやウェルディに腕を掴まれており、そのウェルディがなぜか動かない為止まったままだ。
一体どうしたのかと彼を見上げると、眉をひそめながら口を開いた。
「…………外で倒れているバドラーさんは、回収しなくてよろしいのですか?」
「「「あ」」」
すっかり忘れていたのだろう。ノーヴェさん、ロナルドさん、エイミィの三人の声が、きれいにシンクロした。
……そういえば侵入者は四人って言ってたっけ。ごめん、バドラー。俺もお前の事忘れてたよ……。
その後、ノーヴェさんとロナルドさんの二人がかりでぼろぼろになっていたバドラーを引きずって回収。どうやらナナさんと相討ちになっていたみたいで、ウェルディが気絶しているナナさんを空中に浮かせながら運んでいた。
ちなみに、俺には人や物を宙に浮かせるなんて、そんな便利過ぎる魔法は記憶にない。だからどうやっているのかと聞いたら、いつもと変わらない、平然とした口調で「作りました」と言われた。
……あまりにも簡単に言われたからスルーしかけたけど、普通におかしいよね、それ。偶然見つけたならともかく、作ったって事は魔法の理論を理解しているって事になるだろう。俺の頬が引きつったのは仕方のない事だ。
バドラーはけっこう負傷していたみたいだけど、もう自分に治癒魔法をかけていたらしく少しずつ傷が塞がっていた。ナナさんさんと違って気絶もしていなかったけど、血が足りていないのか自分で動くのはきついらしい。
それでも、見た感じ元気そうだった。敵のハズであるウェルディとロナルドさんが一緒に居るのを見て、ちょっと首をかしげてはいたけど、俺を見て「助けに来たぞ、お姫様」と言ったりしてたし。
その軽口は、普段なら怒るところなんだけど、俺の為に激しい戦いを終えて傷ついているその姿を見て、反発は出来ないよね。……それと、さっきまですっかり忘れていたのもあったから、罪悪感でまともに顔を見れなかった。
まあいくら元気そうとはいえ、怪我人に無理はさせられない。ナナさんと一緒に休んでもらう事になった。メイドさんが二人を寝かせている。
そして俺達六人は、とある部屋で向かい合って座っていた。右からウェルディ、俺、コルネリウスという順番で、円卓を挟んで向かい側は同じく右からノーヴェさん、ロナルドさん、エイミィ。こちら側とあちら側とは、左右それぞれ3つづつ席が開いている。
……なんでさも当然のように俺はノーベラル側なんだろうね。しかもなんで俺が真ん中なんだろうね。普通は一番偉いコルネリウスが真ん中のハズだよね。逃がさないって事なのかな……。俺、今イケメン二人に挟まれてるよ。世の女の子達に嫉妬されちゃうね、ハハッ。
……ハァ。
そんな俺の心の声はお構い無しに、コルネリウスが口を開いた。
「では、改めて。ヴィッセル卿、ノーベラル八代目国主が、そなたに依頼したい。報酬は、ルークの身柄、という事にしておこう。……我を、ザッカニア王と引き合わせてもらいたい」




