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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第四章 隣国と天才青年+α
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四十五話:奪還せん・下

 大量の剣が、ノーヴェとロナルドに降り注ぎ、その身を貫かんと飛んでくる。虚空を走る。



「ノーヴェ、俺の後ろに下がれ!」



 この場合、ノーヴェが居たところで対処すべき剣の量は変わらない。ロナルドのその言葉に従ってノーヴェが彼の背後に入ると同時に、最初の剣が着弾した。

 続けざまに飛来し襲い掛かってくるそれらを、ロナルドは二本の剣を縦横無尽に振りかざして打ち返していく。

 ウェルディも、流石に一本一本を細かく操作は出来ないのか、杜撰な投擲だ。故にただ無造作に放たれるだけであり、その為にロナルドもなんとか防げている。

 反応するのも困難な速度で迫り来る無数の剣を、まさに『武神』の二つ名にふさわしい練度で防ぐその技巧は正確無比で、華麗ですらあった。


 思わず、ノーヴェは息を呑む。ある程度は知っていたつもりだったが、それ以上だったと。自分の師は、まさしく怪物だと、そう認識する。


 どこからともなく出現させた膨大な数の剣を、触れもせずに凄まじい勢いで射出するウェルディ。それを彼女の前に立つ人物は、規格外なまでの技量によって弾き、自らが倒れ伏す事を許さない。

 攻め手も受け手も、ともに常軌を逸していた。


 だが流石のロナルドも、ここまでの数の暴力には抗えない。撃って撃って撃ち据えられる剣は、ロナルドの脇腹や腕、頬を掠めて少しずつ彼に傷を増やしていく。致命傷に至る軌道のものはともかく、全てを防ぐには腕の本数が足りなかった。

 そして、剣も摩耗する。いかに彼の得物が名剣とはいえ、こうも酷使すれば耐えきれない。

 何本の剣を弾いた頃か。彼の愛剣に、ヒビが入った。



「チッ!」



 いくつもの戦場を共に駆けた愛剣を悼みながら、ロナルドはそれを投げる。フランベルジェは最期に主人の手から離れてその身を守り、折れた。

 だが、感傷に浸っている暇はない。ロナルドはくるりと回転しながら、フランベルジェを投げた事で空いた左手で飛来した長剣の柄を掴み取り、回転の勢いそのままに新たな剣で打ち払う。

 そこから数回剣が弾き飛ばされたところで最後の一本が打ち落とされ、剣の豪雨はおさまった。



「ちっ、なまくらめ」



 刃が欠け、既にボロボロになっている長剣を投げ捨ててバスタードソードを両手で構える。彼は二刀を扱うのが基本的な戦闘スタイルだが、かといって一刀だとしても一流の剣士を相手にしたところでひけはとらない。

 問題はバスタードソードの消耗具合。やはりこちらもかなり傷ついている。そして左足の損傷か。



「いやぁ、流石ですねぇ。素晴らしい」



 またもやパチパチと、戦場に相応しくない呑気な手を叩く音が響く。治癒魔法により治療したのか、炎に焼かれた腕には火傷一つなかった。

 剣の豪雨という必殺の一撃、というには多すぎるそれらを防がれたにも関わらず、ウェルディの笑顔は崩れない。

 ロナルドは油断なくその姿を見据えながら、言い様のない違和感に苛まれていた。


 ──この男は、何がしたいんだ。


 ウェルディからは、本当にロナルド達を殺そうという意思が感じられない。雷も無数の剣の投擲も、普通の人間ならば避ける術がないものであるのは確かだ。ロナルドの戦闘の腕が優れていたから死んでいないだけ。

 だが、彼はやろうと思えばノーヴェを焼き尽くす事も出来たであろうし、もっと効果的にロナルドを痛め付けられただろう。


 そも、先ほどの剣の投擲で、わざわざ剣の形にする必要などないのだ。

 魔法を破壊する術を持つロナルド相手に、物理的に攻撃するというのは、良い手ではある。だが、それならば剣でなく鉄球や針などでも良かったハズ。むしろ剣にする事でロナルドに利用されてしまっているのだ。


 気づけば、ウェルディの背後にあった階段が無くなっている。おそらくはそれを原料に、錬金術で剣を作り出したのだろうが、やはり剣にする手間が無駄だ。

 更に、ロナルドの視界の片隅に入っている、床に突き刺さっている数々の剣はその全てが細部(ディテール)に凝っている。殺す為だけならば、どう考えてもそんな拘りは要らない。


 それに今、ウェルディが魔法を放ってこない事も殺すつもりであるならば不可解であるし、何より本人が時間稼ぎだけで良いと言っていた。彼がロナルド達を殺す気がない事は確実だろう。

 では、なぜ殺す気がないのか。



(殺さないようにするのは難しい。後で援軍が来るにしても、殺せるのなら殺した方が楽だ。守りに徹しているのならともかく、奴は攻勢にも出ている。つまり、俺達が傷付いては良いが死んでは困る、なんらかの理由があるんだろうが……)



 張り付けたように変わらない笑顔からは、真意を読む事は叶わない。


 実のところ、ウェルディにもあまり余裕はなかった。剣の腕ではウェルディよりもロナルドの方がだいぶ上である。年のせいでロナルドが少し衰えており、身体能力でウェルディが勝っている為なんとか拮抗出来てはいるが、あのまま続けていればいずれロナルドの刃がウェルディを捉えていただろう。だからこそ、地の利を活かして大きく距離をとったのだ。


 魔力をかなり消費するが、核のない魔法を作ってロナルドの命を刈り取る事は、不可能ではない。だが流石のウェルディでもそれには集中する時間を必要とするし、なにより彼の目的を達成するには殺す訳にはいかないのだ。先ほどの剣の豪雨も、ロナルドならば防ぎきると判断しての事。

 ルークも含め、ロナルド達は()()()()()なのだから。



「まて、不用意に突っ込むな」



 無言の対峙に堪えられなくなったのか、足に力を込めるノーヴェの腕をロナルドが掴む。慎重になりすぎている自覚はあったのだが、それでも無策で突っ込むよりはましだという判断だった。



「でもロナルド、早くルークを!」

「落ち着け。むやみに飛び込んで、あの炎に焼かれたら元も子もないぞ」

「それは、そうだけど……」



 ノーヴェは渋い顔を浮かべる。それは分かっているのだが、早くルークを救出しないと、という意識が強いのだ。今この時にも、何をされているか分からない。

 ロナルドはノーヴェの持つその不安を理解出来る。ここまで彼女が一人の少女に入れ込むのは予想外と言えば予想外だったが、間違いなく美少女と断言出来る妹や娘のような少女が浚われている事を心配するなというのは酷だろう。

 しかしロナルドは対峙している間、冷静に考えた結果として、ある推測が浮かんでいたのだ。



(ウェルディの()()返すわけにはいかないという発言、時間稼ぎに終止する奴らの行動。……ルークは無事で、用事が終われば解放するつもりである可能性は、なくはない)



 それが根拠に乏しい希望的な願望に過ぎない事は自覚している。あくまで『なくはない』だけであってまったく違う可能性も高いし、それにその用事がザッカニアやルークに不都合な事でない保証はない。

 故に妨害を止めるつもりは毛頭ないが、そうポジティブな推測をしておく事で冷静さを欠いて周りが見えなくなる事はなくなる。逆に最悪を想定しておく事も、当然必要だが。


 その時、金属同士が打ち合う甲高い音が響いた後にエイミィが吹き飛ばされてきた。地面に叩きつけられる前に空中で回転し、ノーヴェのそばに足から着地する。

 メイドのモーニングスターがエイミィを捉えたのだ。剣で防いで直撃はしなかった為ダメージは小さいものの、その軽い身体は簡単に飛ばされてしまった。


 メイドはそれを確認して、追撃をする事なくウェルディの傍らに移動する。

 ノーヴェは思わず歯ぎしりをしてしまう。相手はエイミィと真っ向から戦えるメイドと、ロナルドですら押し切れない剣技を持っている上に魔法にも精通している青年。早くルークを助け出さねばならないというのに、非常に厳しいと言わざるを得ない。現状、自らがまったく役に立っていない事も、ノーヴェの苛立ちを加速させた。


 もうロナルドの腕を振り払って突撃してしまおうか。そう思い始めた時、他でもないウェルディによって思考を遮られた。



「……もう、止めにしませんか?これ以上お互いに無益な争いをする事もないでしょう」

「な……。なにふざけた事を言ってるのよ!

 そっちがルークを誘拐したんでしょうか!バッカじゃないの!?」

「バウアー様になんて口の聞き方を!それに──」

「良いんですよ。

 ……私達は聖女様が不快に思う事はしていません。それは保証します。もう少し、彼女を預けてくれませんか?」

「それを、アタシ達が信じると思う?誘拐犯の言葉を?」

「一つ言っておきますが、私は貴女方に嘘をついた事は一度もありませんよ。……まあ、それも信用出来ないかもしれませんがね」



 ウェルディが勧告した休戦の提案に対し、言うまでもなくノーヴェとエイミィが反発する。エイミィは感情的に、ノーヴェはウェルディが信用ならないという理由で。

 ロナルドは剣を下ろさず決して気を緩めないまま、ウーッと唸って威嚇しているエイミィと視線に力を込めるノーヴェとを横目に問いを投げ掛けた。



「なあ、ウェルディ。お前は何の為にルークを連れ去ったんだ?」

「……さあ、どうでしょう?」

「あくまで答える気はない、か。なら──」



 一つため息をついて、ロナルドは右手を剣から離し、両の手を下ろす。何故だ、とメイドを含め女性陣が目を丸くした。

 唯一目に見える反応のないウェルディも、訝しげにロナルドを見やる。距離が開いている為、なにやらロナルドのその口が動いている事は分かるものの、何を言っているかは聞こえない。唇の動きから読もうにも、いささか遠すぎる。


 ウェルディは警戒してロナルドから視線は反らさず、しかし一瞬まばたきの為に目を閉じ……。開いた時には、彼の顔を目掛けて剣が迫っていた。



「ッ!」



 それを、首を傾けて避ける。難なく、といった体だ。

 だが傾けたところに更に二本目の剣が飛来。それは膝を曲げ体を沈める事で回避する。そして下を向いたまま、すぐさま刀を頭上に振り上げた。

 キィンという音と共にバスタードソードが受け止められる。ウェルディが二本の剣をかわしている間に接近したロナルドの一撃。

 まばたきの瞬間、ロナルドは床に刺さっていた剣を拾い上げて投げると同時に駆け出したのだ。途中で二本目の剣も抜き取ると足を止めず再度投擲、二人の距離が零となった時にバスタードソードを半月を描くように振り抜いた。

 それがウェルディの身に届く事はなかったが、



「──無理矢理にでも吐いてもらうしかないな」



 攻撃は終わらない。

 ウェルディが体勢を立て直す前に蹴り上げ。ウェルディは曲がっていた膝を横に向け伸ばしてかわしつつ、刀を移動方向とは逆に傾けてバスタードソードを流す。そしてロナルドの足を刈り取るように薙ぎ払い。



「くっ」



 左足に強烈な痛みが走る。歯を食い縛ってそれを耐え、ロナルドは地に着いていた片足だけで跳躍する事により避けた。更に空中で不安定にも関わらず引き足をウェルディに引っ掛けようとし、かわされると引き足も半ばにまたもや蹴り込み。加えてバスタードソードを振り下ろした。


 両方は避けられない。ウェルディはそう判断してバスタードソードは刀で受け流しながら、ハンドスプリングの要領で足を前に出し蹴り足に乗る。

 蹴りによって吹き飛び、足に痺れを感じながら、しかし雷を放つ事でロナルドの追撃を阻止。右手を床につき、徐々に肘を曲げる事で勢いを殺してダメージを軽減。そして肩をついて受身をとりながら転がる。


 執拗な連撃によりウェルディの体勢は崩された。それ故隙が大きいものの、仕切り直しとばかりに開いた距離により、ロナルドの攻撃がウェルディに届く事はない。

 だが、しかし。この場に居るのは、ロナルドとウェルディの二人だけではないのだ。


 ロナルドが駆け出すと同時に、その弟子達も動いていた。

 エイミィは幼いとはいえ、身体能力に優れる獣人。そのスピードはロナルドを凌駕する。ほぼ同時に地面を蹴った為、彼女が先にウェルディの前に辿り着いただろうが、それには邪魔が入らなければ、という注釈が付く。

 ロナルドを抜き去ったエイミィに、メイドのモーニングスターが襲い掛かった。エイミィはそれを左の剣で防ぐが、鉄球と柄とをつなぐ鎖が絡み付く。ウェルディの下には行けない。

 だがそれは予想通り。本命は別に居る。


 ノーヴェはロナルドが動いたのを見て、その前に指示された通りに剣を鞘に収め、弓を取り出した。そして矢をつがえ弦を引き絞り、狙いを定める。

 標的であるウェルディはロナルドとの攻防の末、床を転がって大きな隙を晒していた。


 矢を放つ。


 風を切り、唸り声をあげる矢を、ウェルディは避けれない。矢は彼の利き腕である左の二の腕を貫いた。

 しかし、致命傷ではない。ノーヴェはすぐに二の矢を放ったが、それは首を掠めるに留まる。

 出血は少ない。頸動脈は切れていなかった。


 それでも、初めてウェルディを捉えた事は確か。雷を切り払ったロナルドは軽く笑みを溢した。

 だが。



「ハハハッ」



 立ち上がり、利き腕を負傷したにも関わらず笑い声をあげるウェルディに気圧され、足を止めた。まだ隠し玉があるのかと警戒を強める。

 ウェルディは愉しげに獣の笑みを浮かべ牙を剥く。それはじゃれあう幼獣の唸りのようで、しかし放たれる気迫は狩りをする成獣のそれ。


 戦闘狂(バトルジャンキー)


 逆境でさも楽しそうに笑うその姿に、ロナルド達はその言葉を思い浮かべた。

 そんな事はお構い無しに、ウェルディは刀を右手に持ち変え、左腕に治癒魔法をかける。

 それを見て、慌ててロナルドが走り出し、ノーヴェが新たな矢をつがえた。左腕が癒える前に、早く倒さねば。



「──双方武器を収めよ。王の御前だ」



 その時、上から声が降ってきた。

 戦っていた全員が手と足を止め、思わず声のした方へ目を向ける。そうさせる何かがあった。

 その姿を見てウェルディはニヤリと笑みの形を変え、ノーヴェは驚愕に目を見開き、エイミィは顔に喜色を浮かべ、メイドは粛々とお辞儀をし、ロナルドはその声の主とウェルディとを交互に見た後に剣を下ろす。


 そこに立つのは二人の人物。

 燃えるような赤髪、鋭い紅眼に強い意志を感じさせる端正な相貌の美青年と、美しい銀の髪と碧い眼の小柄な美少女。

 ノーベラルの国主にしてノーヴェの従兄であるコルネリウス・ノーベラルと、ノーヴェ達が救出に来た少女、ルークだった。







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