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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第四章 隣国と天才青年+α
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三十六話:ノーヴェさんの過去

 ノーヴェの告白に、バドラーは一瞬理解が追い付かなかった。何かの冗談かもしれないとも思った。

 だが、そう言っているノーヴェも、彼女の口振りから察するにこの事を知っていたであろう二人も、いたって真剣な顔だ。とても冗談とは思えない。

 つまり、彼女の告白は全て本当の事で。ノーヴェという人物は、元々はノーベラルに住んでいたと、そういう事になる。



「……そうか、なるほど。それならつじつまはあう」



 納得し、軽く頷いてからバドラーは手で話の続きを促す。それに対しわりと衝撃の事実を告げたのにも関わらず、あっさりと受け入れられたノーヴェは拍子抜けして戸惑いを隠せない。



「え、それだけかい?『スパイだったのか!?』とか『ノーベラル人なんて信用出来ない!』とかはないのかい?」



 無駄に上手い声真似を交えて聞くが、バドラーは何故そういう考えになると思うのか分からず疑問符を浮かべる。帰化する人も観光客も多い平和な現代日本の常識がバドラーの思考の元になっており、彼の人格(優希)としては他国の人間であろうとよっぽど変な事をしないかぎり受け入れるのが普通であるからだ。嫌いな国の人間、今回なら戦争中の国の人間だったとしても、国民を洗脳しているなどを除けばその国の人間全員が敵対している訳ではない。個人なら分かりあえる人も居るだろうし、ノーヴェがその一人だというだけだ。

 そもそも、ノーベラルに合わなかったからザッカニアに亡命したのだろうし、そうなれば考え方はノーベラルのそれとは別だろう。スパイの可能性は気にしていたらきりがないし、仮にスパイだとしてわざわざ打ち明けるメリットがない。

 理論的に理由を挙げるとすればこんな感じだ。それに、心情的にも疑う気もしなかった。



「そう言われても、って感じだが……。俺自身は貴女の事をよく知らないが、み……じゃない、ルークが貴女を信頼していたのはあいつの話から分かるし、ルークが連れ去られた時の貴女の嘆きが演技とも思えない。

 だから、今は貴女を信用してる」

 


 当たり前の事のようにそう言い放つ。その言葉を聞いてノーヴェは朗らかに笑い、「あんた、変わってるよ」と呟いた。

 元々ロナルドは亡命してきたノーヴェの『監視』の為にノーヴェと一緒にすごしていたのだし(とはいえノーヴェに才能がなければ師匠にはならなかっただろうが)、エイミィはそもそもノーベラルとの戦争を知らず、敵だという発想がなかった頃に打ち明けたから簡単に受け入れたのだ。もちろん、二人とも今は彼女の人となりをよく知った上で信頼しているが。

 だが普通の、ノーベラルとの戦争を知っている世代は亡命してきた人間など信用出来るハズがない。事実彼女達はその反発を身をもって体験している。

 故に年齢的にも以前の戦争を知り、更に目の前で大切であろう少女(ルーク)を拐われて恨みがあるハズのバドラーがあっさりと、『今は』という条件つきとはいえ信用するのは……少々異質という事になるだろう。

 不本意ながらも前から『変わってる』とは言われ慣れているバドラーは、ノーヴェの呟きに肩をすくませる。告白前の張りつめた空気が払拭され、ノーヴェがパンッと手を叩く。



「他に質問はあるかい?なければアタシの話は終わりだよ。……じゃ、誰か話したい事はある?」

「ん、ちょっといいか。とりあえずの方針だが、戦闘は極力回避して、速さを第一にしよう。道案内はノーヴェに任せる」

「えっと、今夜の見張り番はどうする?まだ陽が暮れたばっかりだけど、私もう寝たいよ」

「ちゃんと寝ておかないと判断力とか鈍るしな……」



 その後の話し合いでノーヴェ、ロナルド、バドラー、エイミィの順番で見張りをする事になった。交代のタイミングはいわゆる砂時計をひっくり返して、砂が落ちきったらだ。この世界は時間の概念は日本と比べはるかに曖昧だが、こういう時に重宝される為砂時計は冒険者に結構普及している。

 ノーヴェを除いた三人はそれぞれ毛布にくるまり、地べたに寝転がった。ノーヴェは剣を持ちながら火の前に座り、もしかしたら来るかもしれない襲撃者に備える。

 皆の寝息が聞こえてくる頃、ノーヴェは見張り番の手持ちぶさたに十年程前の事を思い出す。彼女が、ザッカニアに逃げて来た時の事を。

 

 当時、ノーベラルの状態は酷いものだった。愚かで自分の事しか考えない暴君、それに追従しておこぼれを貰う腐った貴族、飢え苦しむ国民。

 長らく続いた世襲制の王権、約三百年の月日は国を腐らせるのに十分過ぎる時間だった。

 元は増えすぎた人々を引き連れ、食糧難と土地不足の解消の為に、獣や魔物が蔓延るこの地を開拓し国を造り上げた初代の武王。国の仕組みを定め、豊かにした武王の息子である二代目、賢王。武王が仕えていた隣国(ザッカニア)から国を独立させた三代目、帝王。苦労し、汗水垂らして働いた彼らとその背中を見て育った子供達が治めた五代目までは素晴らしい政治だったらしい。だが、それ以降から狂いだした。

 生まれながらの王は贅を尽くし、国の貯蓄は減っていく一方。それがほぼ底をついたのが先代の時代。彼はそれまでの生活を忘れられず、生活のランクを維持する為に重税をかけた。

 そしてこの時の王の治世は──最悪のものだった。

 このままではノーベラルに未来はない。それを理解したとある少年は、大切な人達を亡命させる事を決めていた。



「ノーヴェ、シャルルとおば様を連れて逃げるんだ。ピルグランドに受け入れてもらえるよう交渉はしてあるし、あのクズの目を反らす準備も出来てる」

「お、お兄ちゃんは?」

「俺は残るよ。流石に俺まで居なくなれば気づかれるしな」



 この時のノーヴェは十四歳。お兄ちゃんと呼ばれた、そのノーヴェより三つ年上の少年と青年の境目に立っている少年が微笑みながら彼女の頭を撫でる。短い赤毛と燃えるような紅い瞳、顔立ちは精悍で整っており細身ながらも筋肉質。その容姿は美少年と言うのになんら抵抗はないだろうが、腫れた頬や青くなった目尻が非常に痛々しい。

 お兄ちゃんと言っても彼とノーヴェは兄妹ではなく、ノーヴェの母の弟の息子、つまり従兄妹同士だ。シャルルとはノーヴェの二つ年下の実の妹で、彼女達の姉であるリーリは既に一流の鍛冶師に師事を受けるという名目でノーベラルを脱出していた。

 彼にとって本当は、ノーヴェ達も上手く誤魔化して逃がしたかったのだが。上手い言い訳が無かった為今回強引にでも逃がそうとしている。これ以上待ったら、母に似て日に日に美しくなっていくノーヴェはまず間違いなく、彼がクズと言った彼の父親に犯されてしまうからだ。



「お兄ちゃんが残るなら、アタシも残る!」

「……お前が残ったら、シャルルとおば様はどうなる?お前が、二人を守るんだ」

「で、でも……。だったら、お兄ちゃんも一緒に行こうよ!」



 幼いノーヴェは彼の俺は残る、という言葉に反応し、目に涙を浮かべて反抗した。彼だけが残れば、これまで受けてきた虐待が彼一人にふりかかる事になるし、ノーヴェ達を逃がした事でより激しくなるかもしれない。それを懸念したのだが、少年は厳しい口調でノーヴェを咎めた。尚も文句を言うノーヴェを、少年は優しく抱きしめて笑顔で告げた。



「ノーヴェ、俺はこの国の国民を救いたいんだ。だから残る。大きくなるまで耐えて、あのクズを殺す。

 ……そして、綺麗になったノーベラルをお前達に見せたい。それまで、ピルグランドで待っててくれないか?」



 その言葉に、ノーヴェは我慢が出来なくなり涙をこぼす。しばらく彼の胸の中で泣き続け、その後彼の言葉に従って彼女の母と妹と共に夜の闇に紛れながらエルバを出立した。

 結局、この後ノーヴェはノーベラルに足を踏み入れる事はなく、彼ともあっていない。

 そして、ノーヴェ達は彼を置いていく罪悪感と彼のしてくれた事を無駄にしないようにという気持ちを抱きながら、無我夢中でノーベラルを抜けようと馬車を走らせた。だが、いつ追っ手が来るか、緊張による極限状態が大きなミスを引き起こす事になる。

 愚王の悪政によりこの時のノーベラルの治安はかなり悪く、農民崩れの山賊が彼女達の乗る馬車を狙って来た時。山賊の魔の手から逃げているうちに本当予定されていたルートを外れ、北方向(ピルグランド)に行くつもりが、西方向(ザッカニア)へと向かっている事に気づけなかった。

 結果──行こうと思っていたピルグランドではなく、ザッカニアへ行ってしまった。

 この時から五年前、つまり今から十五年前までノーベラルとザッカニアは戦争をしていた。欲にまみれた王が、愚かにも攻めこんだのだ。その戦争でノーベラルは大敗、貿易や支援を打ち切られ、戦争をさせたノーベラル王は処刑。賠償金もとられ、よりノーベラルが困窮する原因となった。

 当時の若きザッカニア王のこの処断は、甘過ぎる、ノーベラルを属国にすべきだと否定されたりもした。結果論だが、再びノーベラルが攻めて来た今、この決断は間違っていた事になるだろう。

 ともかく、そのように国交が途絶えた場所に間違えて行ってしまったノーヴェ達は、スパイかと疑われて捕まり牢獄に入れられた。幸いピルグランドの口添えもあり、すぐに出してもらえたが、それでもそうそう信用はされない。最初は元々の予定通りピルグランドに送る事も検討されたものの、様々な理由から結局はそのままザッカニアが引き取る事になった。三人はバラバラにされ、母は客人として扱われたものの王宮での事実上の軟禁、シャルルは宰相に、ノーヴェは以前の戦争で大活躍をした若き男爵(ロナルド)にあずけられた。

 それでも、他国の人間の亡命を受け入れたという前例を作ると、困窮している隣国から際限なく逃げてくる可能性が出てくる。流石に千に届くやもしれぬ人間を受け入れる余裕はない為、公的には三人はスパイとして処刑されたという公然の嘘が発表され、簡素な墓も作られたのだが。


 

「ロナルドさん、アタシ冒険者になりたい」


 

 彼女がそう言ったのは、十五歳になり成人を迎えた時。ロナルドはその意思をくんで否定はせず、後は放っておくつもりだったのだが、予想以上にノーヴェに才能があった為彼女に戦い方を教えるようになった。

 元はノーベラルの人間である彼女に対する風当たりは強かったが、ノーヴェは身をもってその評価を覆していった。何度も嫌がらせをされても、幾度も無理難題を吹っ掛けられても。誠実に、決して傲らず、堅実に依頼をこなしていく彼女を馬鹿にするような愚かな人間は、居なかった。


 その働きは王にも認められた。流石に元々は他国の人間であった彼女を親衛隊に配属する事は出来なかったが、名誉あるそれの、公には出来ない影の部分を担う一般には知られていない部隊に配属される事になる。王個人の戦力と言えるその部隊は王の私的な用事を言いつけられる事も多いが、その分実力も信用も必要だ。尤もこれは急成長していくノーヴェを自由にしないように、という半分監視目的だったのだろうが。それでも彼女はその役職に違わない働きをし続けた。

 ノーヴェは自分達を受け入れてくれたザッカニア、そして王に感謝している。三姉妹はそれぞれ異なる才能を持っていたようで、姉リーリは修行を終えザッカニアにある貿易都市ハルメラに店を出し、妹シャルルは王都に商店を開いた。三人全員が自分に出来るやり方ザッカニアに恩返しをしており、今ではそこそこの信頼は得ている。だからこそ時々シャルルの経営する店を介して報告書を送っているとはいえ、ノーヴェを自由にさせてくれているのだ。本来ならルークを救いに行くのを止められ、引き戻されてもおかしくない。



「ん、どうしたんだいロナルド」



 ノーヴェは記憶に没頭しつつも、ロナルドが起き上がった気配を察知し声をかける。考え事で見張りの役割に支障をきたすのは論外だ。

 ロナルドは毛布をノーヴェに渡してから首と腕を回し、剣を手に取る。



「ああ……もう交代の時間だったのかい」



 気付けば砂時計の砂はほとんど落ちている。あと一分と経たず落ちきるだろう。ロナルドは起こされる事なく正確な時間に目を覚ましたのだ。

 ノーヴェは渡された毛布にくるまり、地面に横になる。慣れたもので、瞼を閉じ寝ようと思ったとたん睡魔が襲ってきた。



「……コル兄さんは、元気にしてるかねぇ」



 半分寝ながら、昔の事を思い出した為か自分を逃がした従兄の名前を小さく呟く。その後すぐに意識を埋没させた。







ノーヴェさんの妹の店というのが七話で一言だけ出てきた「雑貨屋シャルル」なのですが、覚えている人いるのかな……




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