三十一話:聖女様inノーベラル
目が覚めて最初にピンク色の何かが視界に入る。どうやら今俺が寝ているベッドの天蓋みたいだ。フリルもついており、作った人物の少女趣味を感じさせる。
倦怠感を覚えながら体を起こした。俺が寝ていたベッドもかけられている毛布もいかにも高級品といった体で、地球で俺が使っていたベッドよりもはるかに柔らかい。確か俺はウェルディさんに隙を衝かれて気絶させられたハズだが、それにしてはかなりのVIP対応だ。
ここはどこだ、と首を回して周囲を観察する。ベッドの天蓋を支える柱、長い赤髪の美しい女性が描かれた絵、ひどく華美で趣味の悪い金色のシャンデリア、ニコニコ笑う金髪のイケメ……っ!
慌ててその青年から距離をとろうとし、ベッドから転げ落ちる。背中を打ったようで少し痛いがそれを気にせず青年を睨み付ける。
「おはようございます、ルークさん」
「ウェルディ、さん……」
いつもとなんら変わらない作られた笑顔で挨拶をされる。……落ち着け、俺。今にもウェルディさんに向けて魔法を放とうとする体を鎮める。もしかしたら俺を気絶させたのは本調子じゃない俺の身を案じて、戦闘に参加させないようにする為だったのかもしれない。思い込みで行動する前に情報を集めて、よく考えるんだ。
ベッドを挟んだまま近づいて来ないウェルディさんを睨みながらゆっくりと立ち上がり、観察する。彼は以前見た時に着けていた革の鎧ではなくてお洒落で高級感の溢れる、だが無駄がなく動きやすそうなフォーマルウェアだ。刀は持っておらず、暗器を忍ばせられるような場所もない為丸腰なのだろうが、彼は魔法も使えるから油断はならない。
「……ここはどこですか」
「ノーベラルの片田舎、エルバ。そこに建てられているとある館ですよ」
「っ!……あなたはノーベラルのスパイだったのですか。今までの事は、全て嘘だったのですね」
「いえ、私は嘘をついた事は一度もありませんよ」
ウェルディさんはそう言うが、一体どこまで信用出来るのか。自ら敵だと公言した相手の言う事をそう簡単に信じる程能天気ならロナルドさんの件であそこまで悩む事はなかっただろう。
「とりあえずあなたもお腹が空いたでしょうし、食事にしましょうか。用意してきますね」
ウェルディさんは背を向け、それっきりこちらを気にも止めずに部屋を出ていった。そこそこ長い間気絶していたようで、確かにお腹は空いている。しかしわざわざ連れてきた捕虜を見張りも無しで一人っきりにするものだろうか。それにこんな俺の趣味には合わないとはいえかなり豪華な部屋に居させる理由も分からない。
そもそも何故俺を殺さないで捕まえたのか。分からない事だらけだが、この状況で大人しく待っているのも性にあわないな。
「よし、とりあえずここを逃げ出そう、ってうわ!」
ウェルディさんが出ていった高級感満載の重厚な扉を調べようと、右足を前に出したら何かを踏んづけて転んでしまった。俺の体重が軽いからか、それとも絨毯のおかげなのか音はしなかったが、思いっきり鼻を打ち付けたせいで痛い。
うつぶせの状態からあおむけになり、上体を起こし何を踏んだのかと足元を見る。そこには可愛らしい、青色でフリルが沢山ついた布が俺の腰から伸びていた。
まさかと思い俺の体をよく見る。嫌な予感は当たり、動きやすい男物の服からふわふわの甘ロリと言うべき可愛らしいドレスに着替えさせられていた。
「え、えー?これは……ウェルディさんの趣味?というかもしかしてウェルディさんが気絶している俺を着替えさせた?……いや、流石にそれはないよね、きっとメイドさんとかだよね、ってかそうであってお願いだからぁぁぁあああ!」
込み上げてくる羞恥に頬が赤く染まる。恥ずかしい……。手で顔を覆ってその場にうずくまり、ひたすら身悶えする。男の人に下着姿、下手したら裸を見られたとか。あぁ……。
十数分経ち、ようやく落ち着いた俺は三回深呼吸をし、更に一度頬を叩いて頭を切り替える。そもそもなんでそんなに恥ずかしがる必要があるんだ。俺は元男、元男子高校生の道添晴樹。いくら今体が女の子だといっても、男に裸を、胸や大事なところをじっくり見られたかもしれないだ……け、じゃ……。
………………。
……これ以上この事を考えるのは止めよう。無限ループになる。それに館とか言ってたし、こんな広い部屋があるくらいだし、メイドさんの一人や二人居るだろう。その人が着替えさせたんだ。そう考えていた方が精神衛生上良い。
気を取り直し、スカートの部分をつまんで持ち上げて踏みつけないようにしてから扉の前に行く。そしてドアノブを掴み、回そうとする。が、鍵がかかっているようで、ガチャガチャいうだけで開かない。
「まあそうだよな。そうそう簡単に抜け出せる訳がないか。むしろすんなり開いた方が罠を警戒するな」
一旦扉から出る事を諦め、もう一度ぐるりと部屋を見渡す。あるのはさっき見つけた物に加えて本棚、大きな窓、木で出来たシックな机と椅子、その机の上に何十枚とある紙と万年筆のような物、白い陶器のようなテーブル。空いているとは思えないが、一応窓を調べてみるか。そう考えて窓に近づく。
窓のガラスはそういう作りなのかそれとも技術が足りないのか、あまり透明感はなく、外の様子は分からない。手かけると、予想を外れてあっさりと開いて冷たい風が部屋に入ってくる。
結論から言うと、窓から逃げるのも無理そうだ。高さは四階分はありそうだし、下に衛兵と思われる男性も立っている。ガラスを割って武器に出来ないかとも思ったが、かなり厚くて椅子や机で殴り付けたところで割れそうにない。
「う~ん……目立つからあまりやりたくなかったけど、魔法でぶち抜くしかないかな」
再び扉の前に立ち右手を扉に合わせる。跡形もなく消し去る必要はない。俺が通れる程度の穴が開けばそれで十分だ。
俺は光の槍を作ろうとして、違和感に気付いた。
(魔力が流れていない?)
普段は魔法を使う気がなくても意識すればその流れを感じられたし、魔法を使う時には意識せずとも分かる位その存在を主張していた魔力の流れがない。
体の中の魔力が無くなったという訳ではなさそうだが、どこかで遮られているようだ。一体何が、どこで魔力を止めているのかと探る。これは……首?
首に手をかける。そこには首輪がついていた。
「ファイア!……やっぱり、か」
ある可能性が思い至り、魔法を使おうとするが、発動しない。魔法の行使を邪魔されているのではなく、魔法を使うのに必要な魔力が注がれないのだ。イメージするなら今までスムーズに回っていた電子回路に絶縁体が混入した、というところか。恐らくこの首輪がその絶縁体の役割をしているのだろう。
「出口は開かず、開けられる可能性があった魔法も封じられ、開いたと思えば邪魔者がいる、ね。帰してくれる気ないでしょ、ウェルディさん」
「当たり前でしょう。そう簡単に逃がすくらいなら連れてきませんよ」
カートに料理を乗せて持ってきたウェルディさんにそう文句を言うが、苦笑いを浮かべられながら流される。
今なら扉は開いているが、逃げ出そうとしてもすぐに目の前の青年に捕まるだろう。無駄な事はせず、引き返してベッドに座る。
ウェルディさんはテーブルを俺の前に持ってきて、その上に料理を乗せていった。硬いバケットと柔らかそうな白パン、トマトとチーズのサラダ、白いスープにレタスや玉ねぎの上に薄切りの生肉を乗せソースをかけているもの。飲み物としてオレンジ色のジュースもある。どれも美味しそうで、涎が口内を潤す。
「カプレーゼにクリームミネストローネ、牛肉のカルパッチョです。ドリンクはオレンジジュースですね。貴女が何が好きなのか分からなかったので簡単な物ですが……食べれない物はありませんか?」
「それは大丈夫ですが……」
そう言ったものの、一向に料理に手をつける気配のない俺を訝しげに見るウェルデイさんの視線を感じつつ戸惑う。恐らく毒が入っているという事はないだろう。俺を殺そうとするのならば彼はそんな事をするまでもなく、今この瞬間にでも俺の首を落とせる。
それでも、敵に出された物を無警戒で口にするのもどうかと思うのであって。
ええい、ままよ!
意を決してスプーンを手に取り、ミネストローネをすくって一口飲む。すると口の中に濃厚な、だがしつこくはない旨味が広がった。ベーコンの濃い風味が玉ねぎや人参などのあっさりとした物で中和され、それらをクリームがまとめている。具はよく煮込まれているようで、噛むまでもなく舌の上でとろける。
「……美味しい」
空腹の状態でこんなに美味しい物を出されて、これ以上我慢する事は不可能だ。警戒していたのを忘れ他の料理にも手を伸ばす。
カプレーゼはチーズの持つ乳製品独特の味とかけられているオリーブオイルが存在を主張しているが、トマトのほどよい酸味がそれらを落ち着かせ、ピリッと辛い胡椒がアクセントをつける。
カルパッチョの方は肉の甘味と、それを壊さないものの味の強いソースのおかげで肉だけを食べると濃い味付けだが、下に敷かれている野菜と一緒に食べる事でちょうどいい塩梅になる作りだ。みずみずしくしゃきしゃきな食感の野菜と柔らかい肉は、お互いを受け入れているかのように一体となって舌を刺激する。
二種類用意されたパンもバケットのサクッとした食感を楽しむもよし、スープに浸けて味が染み込んだそれを食べるもよし。柔らかく、ほのかな甘味を持つ白パンも捨てがたい。
我を忘れてがっつきたいところだが、鉄の自制心で耐える。心の中では大興奮しながらも、表面上はおしとやかにゆっくりとマナー良く食べる姿勢を崩さない。
無言でひたすら口に料理を運び、二十分以上かけて完食する。
食事の余韻に浸りつつ、顔を上げるとにっこり笑う
ウェルディさんと目が合った。急に気恥ずかしくなり緩んでいた頬を引き締める。
「ではルークさん。私に何か質問はありますか?私が答えられる事ならいくらでも、正直に答えますよ」
空になった食器をカートに戻しながら、ウェルディさんはそう言った。瞬時にいくつもの質問が浮かび、まず何を聞くべきか悩む。聞いてきた張本人はその間にカートを扉の外に運び、待機していたのであろう女性に渡していた。
……うん、何はともあれ、まずはこれかな。
「いくつかありますが……。それじゃあ、この服、なんなんです?」
ヒラヒラの服を揺らしながら言う。俺の質問が予想外だったのか、無言で呆けるウェルディさん。そんな姿も絵になるところも世の理不尽さを感じさせる。
真っ先に聞いておいてなんだがこの質問はさして重要度は高くない。まずは様子見……というか本当に聞きたい事を聞く前に心の準備をしておきたい。それが最悪のケースなら覚悟をしていないときついから。これはその時間稼ぎ。
呆けているウェルディさんをじっと見つめる。少しして、堪えきれなかったかのようにクックッと笑いだした。
「貴女、やっぱり面白いですね。ここまで予想の斜め上を行く人は初めてですよ。
その服はこの館の前の持ち主の娘の物ですね。中古品で申し訳ないですが……。ああ、安心してください。着替えさせたのは私ではないですよ。うちの使用人の女性です。その服を選んだのは彼女の趣味ですね」
その答えに自分でも驚く位安心する。思っていたより気にしていたらしい。元の世界戻った後体育とか大丈夫かな。まあそれを気にするのは早いか。
「次の質問、良いですか?」
「ええ、どうぞ」
ここからが真面目で大事な質問だ。覚悟は出来ている。実のところウェルディさんがどこまで本当の事を言ってくれるのか怪しいところもあるが。
「僕を誘拐した際、皆が抵抗しましたが、どうなりました?無事、ですか?」
もし、ノーヴェさんやエイミィ、バドラーが殺されていたら。また、俺のせいで大切な人達が死んでしまった事になる。皆簡単に殺される程弱くないけど、あのロナルドさんですら居なくなる事があるんだ。
もし皆が殺されていたのなら、今度こそ俺は周りも自分自身も省みず、破壊を撒き散らすかもしれない。バドラーに言われた通り、出来れば耐えたいけど。
「誘拐とはまた物騒な表現ですが……否定出来ないのがつらいですね。
まあ安心してください。誰も死んでいませんし、たいした怪我もしていないハズですよ」
そう言うウェルディさんだが、俺の質問を聞いた瞬間、一瞬だが渋い顔をしていた。何か彼にとって愉快でない事が起きたのだろうか。
真偽のほどは分からないけど、ウェルディさんが言うにはとりあえず皆は無事のようだ。疑うときりがないから信じる事にして、安堵の息をつく。
最後に、一番大事な質問だ。一回深呼吸をして、落ち着いてから口を開いた。
「次の質問です。多分これが最後です。
…………何で僕を誘拐したのですか?」
ウェルディさんは、怪しく不敵な笑みを見せた。




