二十七話:マッチョエルフの説教
俺が目が覚めた時、最初に視界に入ったのはいつも通りの白い天井、ではなくやけにごつい男の顔だった。
「うわぁ!?」
「お、目が覚めたかルーク」
あまりの驚きに思わず悲鳴に近い声をあげてしまうが、それを引き起こした張本人はいたってのんきに反応する。
その後俺の顔に向け手を伸ばして来た為咄嗟にその手を振り払おうとしたが、体に力が全く入らなくて動けず俺の額に冷たい何かが乗せられる。額に触れるそれの感触は柔らかい布の物だ。水で冷やされているらしく、ひんやりする。
「……お前、俺が寝ている間に変な事しなかったろうな」
「ルーク……そんなに俺は信用無いか。この世界で俺がお前に手を出す事は絶対に無い」
「だってお前前科あるし。覗きの」
「あれは事故だっつうの。……そんな軽口がたたけるなら大丈夫だな。ったく、心配したんだぞ」
「……え、お前が?俺を?」
「当たり前だろうが」
正直な所意外だった。いつも飄々としているというかキャラの容姿や口調とは裏腹にお調子者でとらえどころの無い男。それが俺のバドラーへの印象だったからだ。そもそもそれは肉壁ヒーラーのマッチョエルフなんていうネタキャラを使っている事からして分かりきっている事だが。
だからこそ多少俺が気絶したとしても軽く捉えると思っていた。まあゲームで演じているキャラと実際とでは違うか。
そんな風に考えて、目の前の男が俺が気を失う前に涙目で俺を抱き抱えていた事を思い出す。普段さんざんからかわれているから、このネタで仕返ししてやろう。そう決めてニヤニヤしながら心の中でほくそ笑む。
「そういや俺が気絶する前、お前軽く泣いていたもんな~。そんなに俺の事を心配してくれる奴がいて嬉しいよ」
「そりゃ知り合いが丸々五日もの間ずっと気絶していれば心配するに決まってるだろう。それにお前は全身血塗れで、死ぬかと思ったんだぞ」
「……え?」
俺はてっきり「な、泣いてなんかいないぞ!」みたいな反応を想像していたのだが、実際には全く違うものだった。いや、それよりも今の台詞に聞き捨てならない事が含まれていた。
「今、何て言った?」
「全身血塗れで── 」
「その前!」
「知り合いが五日も気絶していれば心配するだろうってところか?」
「……俺、そんな長い間寝てたのか!?」
驚愕に目を見開く俺を、バドラーは気づいていなかったのかという風に頷く。
てっきり気絶していたのは数時間程度だと思っていた。まさかそんなに時間が経っているなんて。
「なあ、俺が寝ている間、ノーベラルが攻めてきたりしなかったか?」
「一度だけあったな。その時はすぐに追い返したが」
それを聞いて歯ぎしりをし、布団を叩きつけようと力をこめるが全く動かない。自分の不甲斐なさにより気を落としながらわなわなと震える。
くそ、ロナルドさんの仇を打つチャンスをみすみす一回無駄にしてしまった。何で俺は気絶なんかしていたんだ!
バドラーはそんな俺を哀しむような、憐れむような表情で見つめる。そして「ルーク、お前は──」と俺の目を見据え声をかけた。
「何故この戦争に参加している?俺は後方で皆を治療しているだけで戦場には立っていないが、お前は積極的に戦っている。俺達を殺そうとしている輩だから抵抗の為に殺すのは否定しない。が、お前はいささかやり過ぎだ。……何か理由があるのか?」
「……何でそれをお前に言わなきゃいけない」
「言わなきゃいけないって事はないが、聞かせてほしい。同じ元日本人として力になれるやもしれんぞ?」
いつになく真面目な顔でそう問いを投げ掛けるバドラー。恥ずかしいというかなんというか、自分でもよく分からない気持ちが込み上げてきて首を回して目を反らした。横目でバドラーを覗くとただじっと俺を見つめている。
多分もう一度話す事を拒否すれば大人しく退いただろう。だが俺はそっぽ向いたままポツポツと語りだす。俺は誰かにありのままの気持ちを吐き出したかったのかもしれない。
「……俺はこの世界に来て、三人の人と過ごしてきた。皆良い人で、俺にとって大切な人達だ」
楽しかった日々を思い出しながら呟くように話すと、バドラーは無言でそれに耳を傾ける。最初はあった話したくないという思いもいざ話始めるとすぐになくなった。
「だけど、そんな大切な人の一人が俺のせいで死んでしまった。俺には力があるのに人を殺したくないってそれを使わず、結果ロナルドさんは俺をかばってノーベラル軍に殺されてしまった」
「…………」
「だから俺はあの人の仇を打つ。その為にこの場にいる。だってのに俺は今回、そのチャンスをみすみす逃した」
その後もひたすら吐き出し続ける。いかに俺が愚かだったかを。
バドラーは時折何か言いたそうにしていたが、まずは俺の話を最後まで聞こうという考えなのかずっとこちらを見ながら黙っている。そして話すごとに彼の眉間のシワが増えていった。
しばらく話して一息つく。その後十数秒お互いに無言でいたが、何か変な事でも言ったかと不安になった俺が視線を合わせると同時にバドラーが口を開いた。
「ルーク、お前は馬鹿か?いや問うまでもない。馬鹿なんだな」
「なっ!……なんでさ」
言われた瞬間声を荒げそうになったがあちらは俺の話をきちんと聞いてくれたのだし遮るのは悪い。気を落ち着かせて理由を聞く。
「その体で自分は男だと嘘をついていた。この事は本来男であるお前が女扱いされるのも嫌だろうしまあ仕方ないとしよう。俺としては嘘をついて誤魔化す方が面倒だと思うがな。
だがその嘘がバレたからといって逃げ出すのはいただけない。お前の話を聞いたかぎりその人達はお前の嘘を許しただろうし、事実お前を責めなかったのだろう。お前のした事はその大切な人達を信用していなかった事になる」
バドラーの口から放たれる言葉のナイフに心がえぐられる。だが言っている事は正論で、俺自身も思っていた事だから否定出来ない。何も言わず目で先を促す。だが、
「で、お前がそのロナルドって人を助けなかった事についてだが。これは仕方ないだろう。日本人で迷わず敵を殺すと決断出来る奴は少ないだろうしな。おそらく俺では無理。それに力があるから人を救わなければならないなんて考えは傲慢だよ。
問題はそこで仇打ちなんていう馬鹿な事をしようとした事。本当にその人はそんな事を望んでいたか?俺はそうは思えない」
次に言った事は聞き逃せない。それを肯定したらこれまで俺がしてきた事を全否定する事になるからだ。
「なんでバドラーがそんな事言えるんだよ!俺がロナルドさんの為に出来る唯一の事を否定するな!」
「だからその考えが間違っているんだ。仇打ちなど彼の為になる訳がない」
「お前に何が分かる!あの人を知らないのに!」
「分からないよ。だが、想像する事は出来る。そして、お前が話してくれた事からロナルドって人が仇打ちを望む人ではないと確信出来る」
「っ!」
語気を荒げる俺に対しバドラーは冷静に、諭すように反論してくる。
頭に血が上っている自覚はあったが、気を鎮める事は出来ない。
「なんで、なんでだよ……なんでお前も、ノーヴェさんも、俺のしようとする事を否定するんだよ!」
体が動けば話を聞かずに逃げ出していただろうが、動かない為そう弱々しく呟いた。もしかしたら涙目になっていたかもしれない。そんな俺の頭を撫で、バドラーは優しく言う。
「……そのロナルドさんの為、そしてお前自身の為だ。その人はお前を守る為にノーベラル軍に一人で立ち向かったのだろう?なのにお前が仇打ちをしようとして危険に身を投げ込み結果死んでしまったらただの犬死になってしまう。それを望むと思うか?」
「……」
「道添、お前は仇打ちをするという形で罪悪感に押し潰されそうになる自分を守っていただけ。仇打ちなんてそんな事は誰も望んじゃいない」
「……じゃあ、俺はどうすれば良い」
バドラーの言葉を聞いて俺は熱いものが流れるのを感じながら疑問を投げ掛ける。
それを聞きバドラーはにっこりと笑みを浮かべた。
「一人で抱え込まないで誰かに頼れ。俺でも、お前の大切な人達でも良い。そしてお前を守ってくれた人の為ではなく、本当に自分のやりたい事をして幸せに生きるんだ」
もう限界だった。耐えてきたものが氾濫した川のように溢れてくる。そのまま俺はロナルドさんとノーヴェさん、エイミィの事を思い浮かべながら辺りを気にせず大声で泣いた。
バドラーはそんな俺の体を起こし頭を抱き抱える。厚い胸板に顔を埋めながらしばらく泣き続けた。
◇
恥ずかしい。物凄く恥ずかしい。穴があったら入りたい。
人前で思いっきり泣くって、男子高校生として駄目だろう。しかも人の胸板の中で泣くとか。羞恥プレイか。
バドラーがニヤニヤしながらこっちを見てるが、俺は奴の顔をまともに見れない。うう……。
「それにしても道添、体につられて性格が女の子っぽくなったというか女々しくなってないか?まあ俺も男っぽくなってるし人の事は言えないが」
「うるせえバド……ちょっとまて。なんでお前俺の本名を知っているんだ?」
「あ、口が滑った」
「おいぃぃぃいいい!?え、何リアルの知り合いだったりするの?そんな奴の前で号泣したの俺!?……ヤバい、死にたくなってきた」
バドラーは意気消沈する俺の頭を笑いながら撫でてくる。くそ、こいつ誰だよ!?俺の知り合いでアセモスやってそうな奴は……ちくしょう、分からない!やってる奴多すぎて!
とりあえずリアルの知り合いの可能性が出てきてより恥ずかしくなってきた。確実に顔が真っ赤になっているだろう。
でも、
「その、なんというか……ありがとな、バドラー」
暴走していた俺を止めてくれた事に対する感謝の気持ちの方が大きかったからお礼を言う事にする。恥ずかしいからバドラーの顔はまともに見れないけど。
言われた張本人は意外だったのか目を丸くする。だがすぐに穏やかな笑顔で「どういたしまして」と言った。
「ところでお前は誰なんだ?名前を教えてくれよ」
「残念だがそれは教えられないなぁ。じゃ、俺にも用事があるから」
「あ、待て!」
俺の制止を振り払ってハハハ!と笑いながらテントを出ていくバドラー。ヤバい、かなりイラっとする。
そしてテントの壁越しに数人の声が聞こえてきた。どうやら俺を心配してこのテントの前で様子を伺っていた人達が居たようだ。
『おう、彼女は目を覚ましたぞ。もう大丈夫そうだ。……なあ、なんで俺の腕を掴んでいるんだ?しかも四人がかりで』
『いや、外で待ってたんだけど、なんか聖女様の泣き声が聞こえてきたからさ。……お前、何してた?』
『特別な事はしてないぞ。ただ彼女が俺に心を開いてくれただけだ』
『……』
『痛っ!何をする!あ、ちょま、そこはそっちには曲がらないぞ!やめ、アッーーー!』
……。ま、まああいつも皆と打ち解けているみたいでよかった。そう思おう。
聞こえてくるコントのようなやり取りで無意識のうちに笑顔になりながら、泣いた事で疲れたのか再び眠りに落ちた。
そしてその三日後。少しずつ体の調子も良くなり歩く程度なら問題なく出来るようになった時。ちょくちょく様子を身に来ていたバドラーが普段とは違う雰囲気でやって来た。
「どうした?」
「ルーク、お前にお客さんだ。二人居るが、知り合いか?」
その後バドラーが言ったそのお客さんの容姿と名乗った名前を聞いて、急いでその二人に会いに行こうとしてバドラーに首根っこを掴まれ落ち着かされる。連れてくるからここで待ってろと言われイスに座って待っていると、少ししてバドラーが綺麗な女性と可愛らしい女の子を連れて戻ってきた。
「……お久しぶりです。ノーヴェさん、エイミィ」
そしてその二人に向けて、俺の最大級の笑顔で挨拶をした。




