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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第三章 戦場とマッチョエルフ
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二十二話:それぞれの今

 ルークが出ていってから約二週間。ノーヴェとエイミィはロナルドとルークの二人がパーティーを抜けた為コンビで適当に依頼をこなしつつ、特に波乱の無い日々を過ごしていた。


 ノーベラル軍が攻めてきた際に皆をまとめていた冒険者仲間から心配されていたが、二人共一見気丈に振る舞っており、ルークが出ていった事はなんとか誤魔化して追及を逃れていた。


 だがやはり二人共、特にノーヴェの方は挙動不審というかイラついているというか、落ち着きが無い。人前では上手く隠しているが、彼女をよく知る人間から見れば丸わかりである。



「ノーヴェ……自分の気持ちに素直になりなさいよ」

「な、なんの事だい」

「ずっとルークの事が心配なんでしょ。いつもそわそわしてるしたまにナハト村の方角を見てるし。ちょっと喧嘩別れみたいになったからって意固地になってないで、会いに行きましょうよ」



 宿のノーヴェが借りている部屋に行き、エイミィはため息をつきながらそう言う。彼女自身まだ気持ちの整理はついていないがそれでもノーヴェ程ではない。それにあまりグジグジしていても前に進む事は出来ないと過去の経験から理解している。まだ年は幼く、子供らしい面もあるが考え方は非常に大人びており、悲しい事は悲しいが気持ちを切り替えてしっかり周りを見れていた。


 故にロナルドの復讐すると決めたルークの気持ちも、それを止めようとして結果離れる事になったノーヴェの気持ちも理解出来ている。

 だからこそ、二人がこのまま喧嘩別れで会わなくなる事は避けたかった。



「……ハァ、まあそうだよね。ありがとうエイミィ。その言葉で踏ん切りがついた」



 ノーヴェもそれは分かっていたようで、自らの頬をパシンッ!と強く叩き、さっぱりしたような、決意を固めたような顔で立ち上がる。

 

 その時、地が揺れた。

 そして凄まじい破壊音と建物が崩れ去る音が鳴り響く。

 二人は目の色を変え、ノーヴェは常備している剣を、エイミィは自分の部屋に戻り愛用の夫婦剣をそれぞれ持ち宿を飛び出る。


 そこで見た物は、瓦礫の山となった一角と逃げ惑う人々、そして頭に一対の角を生やした牛のような顔の巨大な生物を筆頭に暴れまわる大量の獣だった。



 ◇



 チュンチュンと小鳥が鳴く声が聞こえてくる小さな納屋の中の少し硬めのベッドの上でロナルド・ヴィッセルは上半身だけを起こしながら外を眺めていた。


 一週間程前にノーベラルの若き将により致命傷に限り無く近い負傷を負わされたロナルドだったが、気がついたらこの納屋にいた。

 どうやら出血多量で気絶したところを木こりの少女が見つけ、父親と協力してこの納屋に運びこみ治療を施したらしい。

 目が覚めて直ぐハルメラに戻ろうとしたが、思うように体が動かず更に激痛が走る事、そして少女とその母親に止められたため安静にしている。


 見ず知らずの自分になぜそこまでしてくれるのか、と彼が聞いたところ返ってきたのは「困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃん!」という道徳的に正しいが実際に断言できる事は珍しいものだった。



「おじさーん。調子はどうだい?」



 ロナルドの元に、パンと何かの肉のステーキを持って少女がやってくる。

 肉というけして安くはない物をここまで気軽に出せるのはロナルドが襲い掛かられ、返り討ちにした大量の獣を発見、持ち帰った為だ。



「ああ、けっこう良いよ」

「なら良かった。でもあんな大怪我をしていたのだから、まだあんまり動いちゃダメだかんね」



 少女の言葉に苦笑しつつ、出されたパンを手に取る。そしてそれを口に運ぼうとしたところで、少女が何気無く話した噂話の内容に手の動きを思わず止める。



「今、なんて?」

「えっとね、なんかナハト村の戦場に聖女様が現れたんだって。銀髪碧眼で物凄く綺麗で、凄い魔法でこっち(ザッカニア)のピンチを救ったらしいよ 。何でも一発の魔法でノーベラル軍を壊滅寸前まで追い込んだんだって」



 それがどうかしたの?と言いたげな表情の少女の存在はロナルド頭から抜けた。その話の聖女様に、彼は心当たりが有りすぎたからだ。男の子のフリをしていた銀髪碧眼の非常に整った顔をした、無詠唱で軽々と魔法を使う事が出来る、ノーヴェが連れてきた少女ルーク。


 だが彼女は人殺しを忌避していた。その様子は彼自身の目でしかと目撃している。故に共通点は多いものの、人に向け魔法を放ったという聖女様はルークではないだろう。

 そう考えて自らを安心させようとして、しかし嫌な推測が頭をよぎる。


 もし、彼女がノーベラルを攻撃する動機があるのならどうだろうか。彼女は彼が生きているという事を知らない。自分を守ってくれた人物を助ける手段(魔法)があったにも関わらず見殺しにしてしまった。その償いとして彼を殺害したノーベラル軍に復讐する事にしたとしたら?



「ぐあっ!」

「ちょ、何してんのさ!?その怪我で動けるハズがないでしょ」

 


 怪我人とは思えないような機敏な動きでベッドをおりて立ち上がろうとしたところで激痛が彼を襲い、その場に崩れ落ちた。そんなロナルドを少女が止めるが、尚もロナルドはルークの下へ行こうとする。

 少女は父親を呼び、二人がかりで彼を押さえ付けて再びベッドに寝かせる。武神と呼ばれるロナルドだが、身体能力というより卓越した武術で戦うタイプな上に怪我で十全に力を出せない、しかも傷つける訳にもいかない為一般人二人相手に軽く押さえ込まれてしまった。


 そしてその瞬間、彼はハルメラの方角からそこそこ多い量の魔力が流れて来たのを感じる。もしハルメラが発信源だとしたらけっこう離れているここではっきりと分かる程という事は現地では膨大な、それこそ軽く魔力震が起こる位だ。


 弟子(ルーク)が自分のせいで復讐心を抱いて暴走し、更にハルメラでも明らかに異常が起きているのに怪我で何も出来ない自らの不甲斐なさに歯ぎしりをし、焦っても仕方ないと自分を納得させ早く体を治すべく大人しく少女の言うことを聞いて休む。

 体が治った時に既に手遅れになっていない事を祈りながら。



 ◇



「ふう、ようやく出来ましたか」



 ハルメラのスラムの細道でヴェルディは魔力を大量に注ぎ込んだ水銀で複雑な幾何学模様を描き、そう呟く。

 この幾何学模様を見る者が見れば魔法陣だと気が付くだろう。それも、かなりの難度の魔法を発動させる為のモノだと。


 ヴェルディはこの魔法陣をハルメラ中に三十六ヶ所、それを線で結べば特定の形になるようにロナルドにつけられた怪我を完治させてからの一週間で描ききった。


 魔法陣はその形が呪文の代わりとなる、大魔法を発動させる儀式によく使われるモノである。これに魔力を流し、使用する魔法をイメージする事でほぼノータイムで発動させる事が出来る。ただし一度使ったらその効力を失う使い捨ての上魔法陣を描くのにかなりの労力がかかる為ほとんど使われない。そもそも魔法陣を造れる程の技量があれば大抵の魔法は呪文を唱えれば使えるし、魔法陣が必要になるほどの大魔法が行使される機会などめったにあることではない。


 そして今回は、その魔法陣が複数個必要な大魔法を行使するのだ。



「コレを発動させる前に、指示を出しておきますか。これから始めればちょうど良い時間になるでしょうし」



 そう独り言を口にした後、使い魔と感覚を同調させる。すると彼の視界に短剣を研ぎ、傍らに毒の入ったビンを置いているこう言ってはなんだが危ない男が入る。ノーベラルお抱えの暗殺者(アサシン)だ。

 その姿はお決まりの全身黒のタイツに身を包んでいる、という事はもちろんなく、何処にでもいそうな冒険者の格好だ。全身タイツなんて目立ってしょうがないから当然だろう。



『そろそろ決行だ。……ターゲットを始末しろ』



 使い魔の青い鳥が、ヴェルディ()の思考を受け取ってそう告げる。男はそれに驚く事はなく、小さく「了解」とだけいって立ち上がる。それを確認して、ヴェルディは接続を切った。


 再び視界が変わり、先程描き終えた魔法陣が目にうつる。使い魔との感覚同調は便利だが、四六時中繋げている訳にはいかない。もしそれが可能ならずっと監視対象(ルークという少女)を観察、その能力を正確に把握出来るのだか。


 気持ちを切り替えてヴェルディは目当てのモノを引っ張ってくるイメージを浮かべながら、魔法陣に魔力を注ぎ込む。一つの魔法陣に魔力を込めれば他の魔法陣にも自動的に送られる仕組みとなっている。だが必要な魔力量は生半可な物ではない。ザッカニア国魔術師団という魔法のエリートが四、五人いてギリギリ足りる位と言えばその凄さが分かるだろう。そしてその量を、ヴェルディはたった一人で賄う。


 魔力を込め始めて一分程、ようやく必要魔力が溜まり魔法が発動する。

 その魔法は、転移魔法。


 軽い魔力震が起こると同時に三十六ヶ所の魔方陣の中心に、大きな穴が開く。その場にあった建物が沈んで行き、代わりに彼がイメージした通りの生物が現れる。


 彼の実験により産み出された全長五メートルに巨大化し、更に魔法を使えるようになった牛の獣人。いや、もはやヒトの括りには入らない。アレは魔物──ミノタウロスというべきだろう。

 他にも多くの獣が出てきて、周囲を破壊すべく暴れ始める。


 彼は巻き込まれないようブーストを自らにかけ素早く走りだし、ハルメラを抜け出す。そして物陰に潜んで再び使い魔と視界を繋げる。

 視界に入ってきたのは、一人膝を抱えてうずくまる銀髪の少女とその背後に忍び寄る暗殺者(アサシン)の姿だった。




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