十九話:後悔
右手に俺を、左手にエイミィを抱えてノーヴェさんは走る。途中俺もエイミィも自分で走ると言ったのだがノーヴェさんも慌てていたのか聞こえないようで無視する。仕方なくあまり動かない事で走りやすくし、ノーヴェさんにブーストをかける。
十数分程走ってようやくハルメラの冒険者ギルドにたどり着き、物凄い速さでドアを蹴り飛ばして入ってきた俺達を見てギョッとする冒険者やギルド職員たちに向けノーヴェさんが叫ぶ。
「皆、ノーベラルが攻めて来た!今『武神』が抑えてるけど長くはもたない!」
突然そんな事を言われて驚く冒険者達だがノーヴェさんの必死の形相を見て事実だと確信し、若い冒険者達は慌てるものの見るからにベテランという感じの冒険者達は落ち着いて自らの武器を手に取り「攻めて来たのはどこだ!」と聞いてくる。
ノーヴェさんが「獣の森の近くの河!」と答えて必要な事は言い切ったとばかりに再び外に走って行くのにベテラン達がついていき、それに遅れて若手達もついてくる。
ノーヴェさんは他にも応援を求めるため鍛冶屋が集まっている辺りに向かい、冒険者達と隙をみてノーヴェさんの腕から抜け出していた俺とエイミィは河に向かう。
俺が行っても役に立たないかもしれないが、つくまでは役に立てる。
「大地に循環せし魔力。我はそれを力に変える者。我らの力を高めたまえ。身体強化」
なんとなく思い付いた呪文で俺とエイミィ含め河に向かう冒険者達全員にブーストをかける。以前はここまで多くの人にブーストをかけるのは流石に魔力が足りなかったと思うが、俺も成長しているのだろうか。
まあ、そんな事はどうでも良い。とにかく全員全速力でロナルドさんが持ちこたえているであろう河を目指し走る。
しばらく走っているうちに、血の匂いが漂ってくるのを感じた。それは河に近づくたびに濃く、強くなっていく。
嫌な予感を感じながらそれを心の奥に押し込める。
草原を抜けて橋の前までたどり着いて、そこで俺達は息をのみ、立ちすくんだ。
まるで生きている者は存在してはいけないと思わせるような無数にある人と獣の死体。
もはや血の海のように赤い橋、対岸。
そしてなによりむせかえる程この辺りに充満した強烈な血の匂い。
俺は周りの目も気にせず地面に膝をついて四つん這いになり、胃の中の物を吐き出した。
だが俺が動いた事で他の人達も気を取り直し動き出す。
俺を置いてほとんどの冒険者が橋を渡り死体を確認する。しばらくしてノーヴェさんが数十人の援軍を連れ追い付いてきた。そのノーヴェさんに調べていた人達の中から一人が出てきて報告する。
「俺らが着いた時には既にこのありさまで、生きてる奴は一人もいなかったよ。ただ、武神の死体は無かった。俺も武神を戦場で見た事があるから間違い無い。 逃げきれた可能性もあるが、獣の死体もある事からノーベラル兵を殺しきった後獣に襲われて喰われたという可能性の方が高い」
その言葉に、考えたく無かった事を突きつけられる。ロナルドさんの、死。
俺を指導してくれた凄く強いロナルドさん。あの人が死んでしまった原因は俺にある。
俺がエイミィに女だと指摘された時に逃げなければ。
俺があの軍に気づかれなければ。
俺が人を殺す事を躊躇わず魔法を使っていたら。
ロナルドさんが死ぬ事は無かった。
俺は自分の身勝手で恩人を、大切な人を死なせたんだ。
人を殺すのは良くない事なんて偽善を建前に、自分が手を汚したくないという最低な理由でロナルドさんを見捨てた。
その後しばらく現場検証をし、後からノーベラルが攻めてくるかもしれないからと残った人達と街に戻る人達と他の場所を調べに行く人達に別れる。
俺達は街に戻って休む事になった。ノーヴェさんやエイミィは自分も手伝うと言ったけど報告した冒険者さんにお前らは休んで落ち着け、動揺している奴がいたら邪魔だと突っぱねられたからだ。
宿に帰り、それぞれの部屋に戻る。
ベッドに座りボーッとしているとノーヴェさんのすすり泣く声、エイミィの泣き崩れる声が聞こえてきた。
俺は、人の大切な人を奪ったという事を改めて実感し、枕に顔をうずめた。
でも枕を涙で濡らす事は、しない。俺が泣いて良いハズが無い。
そのまま眠る事は出来ず、朝を迎えた。
◇
あの日から五日たった。
俺達はご飯を食べる時以外は基本部屋にこもっていた。ノーヴェさんは日課の素振りなどをしているが、俺とエイミィはだらだらと過ごしていた。
ノーヴェさんは俺達を元気づけようと色々な事をしてくれたけどあまり効果は無かった。
俺にとって一番辛いのは二人が俺を責めない事。いっそ文句を言われ、感情をぶつけられた方が良かった。二人の優しさが、辛い。
部屋にこもり、せめてロナルドさんや二人の為に何か出来ることは無いか考えていた。贖罪を求めていた。
でも中々見つからない。どうすれば、皆に報いる事が出来るのか。
ある時ふと思い付いた。もしかしたら、と思える事を。
思い立ち、引きこもっていた部屋を出た。そのまま鍛練をしているノーヴェさんのもとへ向かう。
中庭に着くと、素振りをしているノーヴェさんの他にエイミィが木の下に体育座りをしているのを見つける。エイミィも引きこもっていたけど、出てきたという事は気持ちの整理が多少はついたのだろうか。それなら良かった。
「あ、ルーク、じゃなくてルーシー。出てきたんだ」
「呼び方はルークで良いですよ。ごめんなさい、僕のせいで……」
「ああ、うん分かったルーク。あと、アレはルークのせいじゃ無いから、そんなに気にしないで。あまり気に病んだらロナルドも困るよ。ねぇエイミィ」
「ええ。ノーヴェの言うとおりよ」
「……はい、分かりました」
「ん、素直でよろしい」
出てきた俺に優しく声をかけてくれる。だけどエイミィは口調は弱いし、今日も泣いたのか目が赤い。
それなのに俺を許してくれる。本当に二人とも優しい。
だからこそ、ケジメをつけなきゃいけない。
「……ノーヴェさんに聞きたい事があります」
「なんだい?」
「今のノーベラルとの戦場はどこですか」
単刀直入に聞く。その言葉と俺の目でノーヴェさんは俺の考えを理解したようだ。険しい顔をして黙りこむ。この様子だと回答を拒否されるかもしれないけど、その時は他の人に聞きに行けばいい。
「……この間のあの森をぬけて東にひたすら向かったところにあるナハトの村から数キロ離れた国境沿いだよ。でも、何故そんな事を聞くの」
その事に思い至ったのか、ノーヴェさんは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも教えてくれた。
そして軽く俺を睨み付け確認の為か聞いてくる。
俺は目を反らす事無く答えた。
「ロナルドさんの仇を取りに行く為にです」
◇
「隙間を作らず一直線に並べ!一匹も通すな!」
大量の獣の前で槍を構えながら大声で周りの奴らに指示をする。
ノーベラルは獣を操る術でもあるのか獣を集め俺達にぶつけて来てその後ろに兵を展開している。
なんとか壊滅的な被害は避けているがこのままじゃじり貧だ。獣はいくら殺しても新たに後ろから出てくるし、ノーベラル兵が魔法を撃ってきやがる。
何か、突破口は無いか。さもないと壊滅も間際だ。どうすればこの状況を改善出来る!?
その時、戦場に声が響いた。
「皆さん!屈んでください!」
その声は高くて可愛らしいソプラノボイス。とてもじゃ無いがこんな血みどろの戦場には似合わない物。
だが、何故か威圧感を感じるというかこの指示を聞かなくてはいけない気がし、誰の声かも分からない上に獰猛な獣達の前にいるのにも関わらず咄嗟にしゃがむ。横目で周りを見るとなんと全員がしゃがみこんでいた。
当然この状況でしゃがみこんだ俺達は隙だらけの格好の的。獣達の凶刃が振り上げられ、俺の首を落とそうとしたところで──光の線が伸びてきて獣を真っ二つにした。
その驚くべき光景に血が顔にかかるのも気にせず立ち上がる。俺達の前にいた獣達は一匹残らずその身を両断され死んでおり、後方で悠々と魔法を撃っていたノーベラル軍も一部壊滅していた。
俺達は少女の声で屈んだため助かったが、それ以外はあの光の線の被害を受けたようだ。
俺は声の元、そして光の線が放たれたとも思われる後ろを振り向く。
そして視界に入ってきたのは、先ほどの声と同じくこの場にそぐわない芸術のように美しい少女。
純白のローブに身を包み俺達に向け右手を伸ばし。
この距離でも分かる大きな碧色の眼でノーベラルの軍を見据え。
綺麗なセミロングの銀髪を風にたなびかせて佇むその姿はどうも現実味が無く、まるで物語の登場人物のようで……その姿を見た者は皆言葉を失い、その少女にのまれていた。
そして、何処からか聞こえてきた誰かの声は、その少女を的確に表現していたように思う。
「聖女様……」
その美しさ、俺達を救った可愛らしくも威厳のある声。それはまさしく神話や英雄譚に綴られる聖女様のモノだった。




