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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第二章 貿易都市と猫耳少女
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十八話:ノーベラルの天才

 南雲崎(なぐもざき)颯斗(はやと)には楽しいと思える事が何一つ無かった。

 皆が楽しいという野球やサッカーなどのスポーツやゲームや読書、友人との遊び。


 どれもこれもやってみたが、感情の起伏は全くといって良いほど無かった。


 そして彼は客観的に見れば完璧超人という言葉が当てはまった。

 スポーツをすれば多少の練習でその部の部員を涙目にするほどのプレーを軽々と行えるようになり。

 勉強をすれば教科書を読めば頭に入り、定期テストでは毎回トップ。

 努力などとは無縁の、天才。


 周囲の人々はそれを羨み、嫉妬した。

 だが、その彼は周囲の人々を羨んでいた。


 人には楽をしたい、休みたいという欲があるのと同時に努力したいという欲もある。

 それまで出来なかった事を努力して出来るようになった時。

 努力して、目標を達成した時。

 人は達成感を感じ、自らを認める事が出来る。


 しかし彼はそれを味わう事が出来ない。

 天才であるが故に。努力が必要無い故に。


 彼は、自分が何故生きているのか分からなかった。

 生き甲斐も無く、生きていく意味も無く。

 たださして死ぬ理由も無かったから惰性で生きていたにすぎない。

 それでも日々生きる意味を探していた。

 自分が楽しむ為に生きるのか、他人を助ける為に生きるのか。

 見つからないまま月日が過ぎ……諦めかけた時、その後の運命を変える事になる問いを投げ掛けられた。



「南雲崎颯斗よ、そなたは今居る世界に未練はあるか?」



 気がつけば何もない虚無に居た。光も無く、けれども闇も無い謎空間。

 戸惑っている時そこに突如現れたおじいさんにそう聞かれ。

 その問いに対する彼の答えは、悩むまでも無く決まっていた。



「そんなモノあるはずが無い。出れるならこんな退屈な世界、一刻も早く抜け出したい」



 もはやこの世界に期待するだけ無駄。この世界から出られるのならたとえ別の世界がひどく物騒な世界でも構わない。死ぬ事など怖くは無いのだから。


 そう答えたとたん彼は体が何かに引っ張られる感覚を覚えた。まるで別の世界に引き込まれるように。

 尤も、彼はこの時はこの応答を自らが生んだ都合の良い夢だと思っていたが。

 しかし直ぐ様コレが現実だったと知る事になる。


 引っ張られる感覚が止み、おじいさんがニッコリと、朗らかであるが不気味に笑い「ようこそ、アセモスへ」と彼に言い放つと同時に彼の意識は途絶えた。



 ◇



 彼が目覚めた時、視界には口を開けた状態の虎のような生物が入っており、覆い被さられていた。

 とっさに右ストレートを鼻先に打ち込み蹴りを腹に決め滑るように移動し抜ける。


 立ち上がり虎のような生物と対峙し、観察する。

 虎のような外見だが毛は金色に輝いており、二本の大きな牙が閉じた口から出ている。

 大きさは全長二メートル程だろうか。かなり大きい。

 確実に地球上には存在しない生物だった。


 だが彼はこの生物に見覚えがあった。

 有名で大人気のゲーム。もしかしたら楽しめるかと僅かな可能性を信じ始めた「アセモス・ワールド」に出てくるゴールデンタイガー。

 


「ハハッ」



 そして彼は先程の応答を思いだし、笑みを浮かべる。

 ──あのじいさん、本当に他の世界に連れてきてくれたのか。


 彼はおじいさんに感謝をしながらこの場をどう切り抜けるか考える。

 彼は天才とは言え平和な日本で育った普通の人間だ。虎、それも地球の虎より大きい異世界の虎に真っ正直から素手で戦って勝てるハズが無い。逃げようにも確実に虎の方が速いだろうし背を向けた瞬間後ろから攻撃される。

 唯一の可能性はゲームであった魔法だが、



「『ファイア』……使えないか」



 ゲームの魔法の名称を呟いたものの変わりは無い。

 その隙にゴールデンタイガーが飛び掛かってきた。彼はそれを横に二歩分ずれる事で避けカウンターの上段蹴りを顔に食らわせる。


 確かな手応えがあったその蹴りは、しかしゴールデンタイガーに大きなダメージを与えたようには見えない。むしろ彼の方が足を痛めた。

 ゴールデンタイガーは着地してその巨体を反転させ再び彼に飛び掛かる。

 今度は地面についていたのが片足だけだった為素早い移動が出来ず爪が脇腹に当たり切られた。


 狙っている獲物の脇腹からだらだら流れる血にゴールデンタイガーは興奮し、その目をより獰猛そうに細める。

 対する彼は絶望的な状況に肩を落とす、訳では無く自らの奥底から込み上げてくる初めて感じた不思議な感情に戸惑っていた。


 そしてその感情が何と言うのか、ゴールデンタイガーの攻撃を避け時々パンチを比較的柔らかい腹に決めるという事を繰り返して理解した。


 ──それは、「楽しい」という感情だと。


 彼は興じていた。命の危機を全力で凌いでいるこの状況を。

 彼は、自らの思い通りにいかないシチュエーションを新鮮に思い楽しんでいたのだ。



「ハハッ。この状況を切り抜けたら……凄い達成感だろうなぁ!」



 彼はゴールデンタイガーに蹴りを叩き込みながら笑い呟く。

 生き甲斐を探す過程で多少武道を修練し、更にその天賦の才によりそこらの武術師範より鋭い蹴り。

 しかしそのあまりの身体能力の差に効果はあるものの薄く、少しずつ追い詰められていく。


 それでも彼は笑みを絶やさない。

 身を切られ、傷を負いながらも笑う。

 その笑みはもし見る者がいれば最初は美しいと思わせ、その後恐ろしさと狂気を感じさせるモノだった。


 体力もつきついに膝を地面につき後は殺されるだけとなった時も彼は笑顔だった。

 死ぬとしても、その前に初めて楽しめたのだから。

 しかしいつまでたってもゴールデンタイガーの牙が彼の喉に突き立てられる事は無かった。

 不思議に思い顔を上げると、一人の青年がゴールデンタイガーの首に剣を貫通させ立っていた。



「大丈夫か?」



 青年が剣を抜きながら振り向き、そう言う。

 真っ先に目につくのはその燃えるような赤い髪。そしてその後に髪と同じ深紅の瞳が目に入る。

 青年は線が細く、ややみすぼらしい格好をしていた。


 彼はその時、生きていく意味を見つけた。



「大丈夫です、我が主」

「へ?」



 突然主と呼ばれ臣下の礼をとられた青年は目を見開く。

 それもそうだろう。初めて会った人間にそんな事を言われて戸惑わない方がおかしい。



「えっと、俺と君は初対面だよな?」

「ええ、そうですが」

「じゃあ何で俺を主とあおぐ?こんなみすぼらしい俺を?」

「先ほど私はあなたに死ぬハズだったところを助けられました。ならばあなたの為に生きるのは当然です。あなたが何者かなど関係ありません」



 彼は迷い無く宣言する。

 それを聞いて青年はポカンとした後、声をあげて笑った。



「君、面白い奴だな。名前は?」



 彼はこの世界で元の名前を言うのもおかしいと思い少し考え、すぐにちょうど良い名前を見つけた。

 それはゲームでの彼のキャラの名前。



「ヴェルディと申します」

「よろしくヴェルディ。俺は、いや我はノーベラル国第六皇子コルネリウス・ノーベラル。そなたを我が家臣と認めよう」



 その名乗りを聞いて、今度は彼、ヴェルディが驚く番だった。

 ヴェルディの目から見て、嘘をついているようには見えなかったが、国の皇子が一人でいるのも、突然初めて会った人間を怪しまず家臣とした事も普通じゃ無い。突然初対面の人間に臣下の礼をとった人間も十分おかしいが。


 そして、その理由をコルネリウスに付いていって理解した。


 コルネリウスは妾腹の子、しかも継承権も下の方。彼は城内でいないように扱われていた。

 食事は質素なものの出されるし、彼の部屋もある。

 だが王もその家臣も彼には見向きもしない。王は贅の限りを尽くす事を、家臣は私腹を肥やす事ばかり考えていた。唯一の味方だったコルネリウスの母は王の気まぐれで殺された。



「この国は腐ってる」



 コルネリウスがヴェルディに言った言葉だ。

 民に重税をかけ、苦しめて自らは好きなように生きている人間が国を牛耳っていた。

 正確な数は分からないが毎年国民の多くが餓死しており、にもかかわらず王と王に気に入られた子息、貴族は丸々と肥えている。


 城に居場所の無いコルネリウスはよくみすぼらしい格好になって城を抜け出し、国民の酷い有り様を直視していた。

 痩せ細り目の光と生きる気力を失い。

 王族貴族が通りかかるたびに震え、怯える。

 とても見ていられるモノではなかった。


 コルネリウスはこの国を変えるべくクーデターを画策し、その仲間を探していた。

 民の中には必ずこの現状に不満を持ち、生きる気力が残っている者がいるハズだから。



「そんな大切な事をさっき会ったばかりの私に話しても良いのですか?褒美を得ようと密告するかもしれませんよ」

「そうされたら我は処刑されるだろうが……そなたがそうするとは思えん。確証は無いのだかな」


 

 ヴェルディとコルネリウスは同時にニヤリと笑う。ヴェルディ自身ああ言ったもののコルネリウスを裏切るつもりなど毛頭無かった。

 むしろ家臣としては言語道断な考えだが、この逆境を喜んでいた。


 ──金も無い、武力も無いこの状況。ひっくり返したら、気持ちいいだろうなぁ。さあ、逆転劇を始めようか!



 ◇



 結論を言えば、クーデターは成功した。それも予想以上にあっさりと。

 腑抜けており油断しきっていた王と貴族たちなど天才を臣に持ち自身も有能な第六皇子に敵うハズ無かった。

 その後、ヴェルディは功労者として爵位を与えられバウアーの性を与えられた。

 そして彼は筆頭魔術師に魔法を、近衛隊長に剣術や槍術を教わり、凄まじい速度で上達していった。

 その速度はたった一年でノーベラルの最強戦力となる程。


 しかし、クーデター成功めでたしめでたしで終わる程現実は甘く無かった。

 むしろクーデター後の方が大変だった。

 元政権の甘い汁を吸っていた者たちの排除、新たな法の整備、国民の生活を良くする為の改革。

 だがクーデターでの戦闘により国の資金は無くなっており、大胆な改革を出来ないでいた。

 歴史上でも農業革命などは国に金がないと起こらない。起こせない。

 習った歴史を全て覚えているヴェルディ。当然より効果的な農法を知っていたが、それに移行させる金が無かった。

 いろいろな条件が重なり、一時的に国民の生活は少しだけ悪くなった。

 それはあくまで一時的。一年もすれば以前より良くなるし、クーデターを起こさなければいずれ遠くないうちにより悲惨な事になっていただろう。


 だが、国民は新王を、コルネリウスを非難した。

 前王の恐怖政治によって考える力を失った大衆は未来を見る事が出来ず、今の事しか見れない。

 希望を見せたのも災いした。以前は王に反抗するなんて考えられ無かったが、高過ぎた期待を裏切られた反動で、爆発した。


 国民の為に起ち、そのために国民に糾弾された王。

 最初は未来を見据え耐えていた。

 だが、町を歩けば石を投げられ、文句を言われるうちに、コルネリウスのナニかが壊れた。



「ハハッ。ハハハ、アハハハハ!」

「コルネリウス様?」

「ヴェルディ、隣国のザッカニアの土地は肥沃らしいな」

「ええ。そう聞いていますが」

「ならばそこを奪い取れば、直ぐに民の生活は良くなるだろうな。……戦争の準備だ」

「…………かしこまりました」



 狂気に染まった目の主の指示を、完璧な仕事ぶりでヴェルディはこなす。

 真に忠臣ならば、民の事を考えるならば、止めるべきだった。諌めるべきだった。

 しかしヴェルディは裏切る事は絶対に無いが、忠臣という訳では無かった。


 ただ、自らの生きる意味を、コルネリウスに仕える事と決めていただけだからだ。

 ──ただの、依存。


 戦争の準備を完遂したヴェルディだが、金も無く、装備も質の悪い物しか無く兵の練度も士気も低い状態で勝てるハズが無い。


 その問題点を、狂王は以前の彼なら絶対に考えない方法で解決しようとした。

 人を人と思わない人体実験で。


 武器に劣り、練度にも劣る?なら敵が近づかないうちに魔法で殺せば良い。

 魔法を使える人間は少ない?なら育成すれば良い。

 根本的に才能の壁がある?なら体の構造を変えて魔法を使えるようにすれば良い。


 その人体実験は数年かけ行われ、第一号の成功例が出た。その後、成功例はどんどん増えていった。

 余命が短いという欠点はあるが、魔法を高レベルで使える兵を量産出来るようになった。


 その数年の間に国民の生活は間違いなく良くなっていたのにも関わらず、戦争に向かう。

 今やコルネリウスは狂王として恐れられていた。


 それでもヴェルディはコルネリウスに仕え裏切らず、反乱を起こそうとした者、実際に反乱を起こした者たちを殲滅する。むしろ周りのほぼ全てが敵というこの状況を楽しんですらいた。


 狂ってしまった王と、最初からどこか壊れていた臣下。

 この二人が、ノーベラルを戦争へと駆り立てる。



 ◇



「くっ……ロナルド・ヴィッセル、噂通りの化け物でしたね。本当に人間ですか」



 木にもたれ掛かりながらヴェルディは呟いた。

 右脇腹と左足から血を流し、そこに治癒魔法をかけながら。


 この森の獣たちを従えロナルドに襲い掛からせ自らも魔法を撃っていたが、まるで魔力が見えるかのように魔法を避け、獣たちは傷を負いながらも全て切り伏せた。


 そしてヴェルディの右脇腹と左足の健を切って追いかけられないようにした後、傷だらけの体でふらふらと逃げていった。



「あの傷ではもう助からないと思いますが……彼の力を見ると生き延びそうに思えてくる。とにかく、今回失敗したのは確かですね」



 傷が塞がった為立ち上がり、援軍がくる前にこの場を立ち去るべくヴェルディは歩き始めた。





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