十五話:ガールズトーク
「ぜー、はー、はー」
三十分程街中をランニング。俺は宿の中庭に帰ってきて倒れこむ。もう無理。
エイミィは三十分間俺の体力の限界を見越してギリギリのペースで走り、おいてかれたら道が分からず迷子確定な俺は無我夢中でついていった。
俺とエイミィが走っている間ロナルドさんとノーヴェさんはまた模擬戦をやっていたらしい。俺達が帰って来たのを見て打ち合いを止める。ロナルドさんはさっきと同じ二本の剣、ノーヴェさんは……ハルバードか、あれ?
エイミィが倒れこんだ俺の顔を覗きこんだ。
「全くコレくらいでダウンするなんて、それでも男?」
一応体は女です。男装してますが。
……言わないけどね。
ロナルドさんとノーヴェさんの汗の量が俺とエイミィより多い。多分ずっと打ち合っていたのだろう。
エイミィはまだまだ余裕とでも言うように自分の愛剣である双剣を振っている。
ロナルドさんもノーヴェさんもエイミィも息一つ乱していない。皆体力ありすぎだろ。
「エイミィ、ルーク、そろそろ朝ご飯食べるよ。アタシとロナルドは一回風呂で汗を流して来るけど、アンタらはどうする?」
風呂……入りたい、入りたいけど……。
エイミィは「私も入る」とノーヴェさんについていった。
「ルークは?」
「僕は少し休んできます。今歩く気力が無い」
とりあえずそんな言い訳をしておく。
それを受け三人は宿の中へ入っていった。
それから少しして、彼らが戻ってこない事を確認した後自分の部屋に戻る。
「どうしよう……汗だくだし風呂には入りたいけど……」
部屋の中で悩む。男装したまま男湯に入るのは論外。かといって女の子モードで女湯に入るのはノーヴェさんはともかくエイミィにバレそうで怖い。宿以外の銭湯はまたナンパされるのもめんどくさいし……。
一分程考え、この宿の風呂に入ることに決めた俺はすぐさま胸のサラシ(こないだリーリさんにもらった)を外して服を着替え帽子を脱ぐ。
そしてゆっくり部屋の扉を開け、顔だけ外に出して周りに誰もいない事を確認し急いで風呂へと向かう。幸い誰にも遭遇することなく浴場に着いた。
女湯の方の脱衣場入り、服を脱ぐ。……最近この体に慣れてきたなぁ。これが良い事なのか良くない事なのか。怪しまれないという点では良い傾向だろうけど、「男子高校生の道添晴樹」としては……いや、考えるのは止めよう。
何も身に付けていない、産まれたままの姿となった俺はおそらくノーヴェさんとエイミィも入っているであろう浴室に向け歩を進めた。
浴室の扉を開けると予想通りノーヴェさんとエイミィの二人が湯船に浸かっていた。なるべく体を見ないようにしながら軽く会釈をする。
そのままお湯を体にかけ、汗を洗い流す。これだけでバレる危険をおかしてでも風呂に入って良かったと思う。更に湯船に浸かることもできるのだ。やっぱり風呂は良いなぁ。
十五分程かけて丁寧に髪と体を洗った後湯船に入る。
「久しぶりね。どう?あの後は誰かに絡まれたりしなかった?」
その時エイミィが話しかけてきた。
あの後、というのは馬鹿どもにナンパされた後という事だろう。
あの後は一度も女の子モードになっていないし、エイミィが認識している「目の前の女の子」は絡まれてない。男モードの俺は違う理由で絡まれたけどな。
「ハイ、おかげさまで大丈夫です」
「そう……良かった」
「え、どういう事?エイミィも彼女に会った事あるの?」
俺とエイミィの会話にノーヴェさんが口を挟む。
「こないだ彼女がナンパされて困っていた時に私達──というよりロナルドが助けたのよ。ちなみにそのナンパ男たちは前にルークに絡んであんたにぶちのめされたあの馬鹿どもよ」
「へえ……あいつらこんな可愛い娘に迷惑かけてたの。アレだけじゃ足りなかったかねぇ」
ノーヴェさんが朗らかな、だけど目が笑ってない笑顔を浮かべる。ものすごい殺気を放ちながら。
俺は湯船に浸かる事で体が温まったためでは無い汗をかき、寒い訳でもないのにブルブル震える。
それはエイミィも同じでノーヴェさんに完璧呑まれていた。
「そ、それより!私『も』ってことはノーヴェも彼女と会った事あるの?」
だが隣の女の子(つまり俺)をこれ以上怯えさせる訳にはいかないと思ったのか、やや無理矢理気味だが話題を変える。
その努力は効をそうしノーヴェさんの殺気が霧散し、俺たちが感じていたプレッシャーは跡形もなく消えさった。
「ああ。といっても今回合わせて三回だけだけどね。一回目はハルメラに来る前に立ち寄ったサミレスの村の宿のお風呂。二、三回目はここでね。……そういえばお風呂ばっかりだねぇ」
「え?サミレスってここから結構離れてるわよ?なのに同じタイミングで同じ宿に泊まるって……」
「うん、凄い偶然だよねぇ」
ノーヴェさんとエイミィの薄氷を踏むような会話に嫌な汗がツッーと流れる。
ノーヴェさんは相変わらずの鈍感っぷりを発揮しているから大丈夫そうだが問題はエイミィだ。
果たしてバレないですむのだろうか。
「……まあいいか。ねぇ君!」
「ひゃい!」
少し考え込んでいたエイミィに突然話しかけられおかしな返事をしてしまった。ひゃいってなんだよ。
「そういえば君の名前聞いて無かったなって思って。名前、教えてくれる?」
「あ、はい。私の名前はル──」
ルークです、と言いかけて止める。
危ない……あのままルークって言ってたら即座にバレてたよ。
今ので変に思われたのは間違い無いだろうけど。
「ル?」
「ル、ルーシーっていいます」
とりあえずとっさに『ル』から始まる女の子の名前を答える。
「へぇ、ルーシーちゃんか。アタシはノーヴェ。また会うかもしれないし、よろしくね」
「はい、ノーヴェさん。よろしくお願いします」
その後、俺とノーヴェさんはとりとめの無い会話で盛り上がった。
エイミィのボソッと呟かれた「ルークと同じ銀髪碧眼、顔も似てる。もしかして……いや、まさかね」という台詞は聞こえなかった振りをして。
◇
リーリさんに防具の依頼をしてから一週間程たった。
その間俺は基本トレーニング。体力作りの為のランニング、レイピアの素振り、敵の攻撃を防ぎながら呪文を唱えられるようになるための早口言葉、実践を意識した模擬戦。
様々なトレーニングで基本的な能力を少しずつ上げていく。どうやらこの体はそういう成長も早いらしくまたもやエイミィが絶句していた。
そして魔法があるのだからと素振りの際にゲームの時に使っていた剣技のスキルが使えるかどうか試してみたが、何一つ出来なかった。いや、正しくは「スキルの動きを再現する」ことは出来るがそれは体が覚えている動きの一つであって、スキルでは無いのだと思う。スキルの動きを途中で止めたり変えたり出来たし。
と、それは今どうでもいい。今日、ついにリーリさんから防具が届けられたのだ。
それは基本灰色のとても伸縮性に富んだ革の鎧で、肘や膝、胸の辺りをかなり硬い、だけど重くない藍色の不思議素材が覆っている。
着てみると普通の服よりほんの少しだけ重い程度で、動きやすさは段違いに良い。これだけ良いものだ。……すごく高かったんだろうなぁ。
防具が手に入ったという事で依頼を受ける許可が出て、俺は今早速ギルドへと来たところ。良い依頼が無いか物色するべく依頼書が貼られている掲示板に近づく。
「あれ?ルーク何でそんな所の依頼を見てるんだい?」
そんな俺を見てノーヴェさんが驚きの声を上げた。
ちなみに俺が今見ているのは最低ランク、つまり今の俺のランクの一つ上のランクの冒険者を対象とした依頼書が貼られているスペース。
普通依頼は自分のランク以下のやつしか受けられないが、例外として下から二番目までは一つ上のランクの依頼を受けても良い事になっているらしい。
だから俺の一つ上のランクの依頼をみていたのだが……。
「ルークのランクはもっと上だよ。ギフトバイパーの退治で上がっているハズさ。それに──」
「私達のパーティーよ?そんな依頼じゃ役不足に決まってるじゃない。ほら、早くパーティー結成の申請をするわよ」
俺の疑問に答えるノーヴェさんに、エイミィが続ける。なるほど、ノーヴェさんもエイミィもロナルドさんもあれだけの実力を持つのだからランクはかなり上なのだろう。そして同じパーティーとなればそれに便乗して高ランクの依頼を受けられるという事か。
それはいいとして、いつの間に俺のランク上がったの?ギルドカードでは最低ランクのままだけど。
その事をノーヴェさんに伝えると、
「え?……あー!報告するの忘れてた!」
と、うっかり忘れていた事が判明した。ノーヴェさん、どこか抜けてるよなぁ。
そしてギルドに報告すると俺のランクが一気に三段階も上がった。ギフトバイパーを倒せるならもっと上でも良かったらしいが流石にそれ以上は上げれなかったらしい。
ノーヴェさん達がパーティーの登録をしている間に俺は良さげな依頼を探す。
そして最も報酬の多い依頼を受ける事にした。
「え!こいつか……ちょっと嫌だなぁ」
その依頼の討伐対象の名前を見て、エイミィが顔をしかめる。
それは、この近くに現れたスライムの奇行種の討伐依頼だった。




