【第三部】第22話.港ノ女
女は周囲を警戒するように視線を走らせると、声のトーンを落として言った。
「わかった、ひとまず信じよう。ついてこい」
そう言うと女は暗い倉庫の奥の方へ視線を向けた。靴の底で軽く桟橋を叩いたと思うと、手近にあった綱を二人に投げ渡す。慌ててトリィがそれを受け取って、飛行艇が流されないように固定した。
「足元、気をつけて降りな。板が濡れてるから滑るよ」
女が声をかける。トリィが先に桟橋へ足を下ろし、明継もそれに続く。海から吹く夜風が、彼らの濡れた肌を刺した。五月とはいえ、北の地の夜は冷える。
女は二人を一瞥すると、倉庫の奥へ歩き始めた。
「あの……名前を聞いても?」
後ろについていきながら、トリィが恐る恐る尋ねた。女は振り返ることもなく短く返す。
「後にしろ、急げ」
倉庫の前に立つと、女は木製の大きな引き戸に手をかけた。軋んだ音を立てて少しだけ開くと、中から油と埃の匂いが混じった重い空気が流れてきた。促されるまま二人はその中に入る。戸をくぐるやいなや、後ろ手で女は扉を閉めた。
外の波音が薄れ、代わりに薄暗い倉庫の静寂が訪れた。暗闇に目が慣れてくると、倉庫の内部は外からの印象より広く、高い天井が広がっていることがわかった。僅かな灯りの下に、整然と木箱などが沢山積み上げられている。
「ここは……」
「見た通り倉庫だよ、この中は私らの縄張りさ」
そう言って、女は目を細めた。
「聞かせてもらおう。お前たちは誰だ、何があった?首長がどうしたんだ」
トリィと明継は、お互いに息を呑んで目を合わせた。あの惨状が頭をよぎる。しかし、もはや逃げることはできない。トリィはできるだけ冷静に努めながら、口を開いた。
「試験飛行場にいた時、突然何者かが襲撃してきたんです。誰なのか、何人なのかもわからない。ただ、火を放って。人が沢山……」
「みんな戦ったんだ。でも、俺たちはどうしようもなくて。それで、ウナさんが俺たちに逃げろって……」
自分たちが知る限りの話を、女に伝える。しばらく二人の話を聞いていた女は、ゆっくりと息を吐いた。
「わかった。お前たちの話を鵜呑みにすることはできないが、現に首長が噛んでいる飛行艇がここにあるわけだからな。おおよそ、その通りなんだろう」
そう言いながら、女は背後に手を伸ばした。壁にかかったランプの一つに火を灯す。小さな炎が揺れて、倉庫の輪郭がはっきりする。女の顔には、火傷だろうか大きな傷痕があった。
「名乗ろう、私はアナスタシア。この港を仕切ってる」




