【第三部】第4話.夜ト翼
トリィは窓の外を眺めたまま、一つ息を吐いた。雲の切れ間から、薄く夕陽が覗いている。工房の屋根が橙色に塗られ、その下で作業をする者たちの影をのっぺりと伸ばしていた。あっという間にこんな時間だ。北の地は日が短い。
「明日は良い風だろうな」
ウナが鍋の蓋を閉めながら言った。
「そう思います。きっと良い飛行になります」
そう言って、トリィは頷いた。机の上に食器を並べながら明継が言う。
「なぁ。俺も乗りたい、一緒に乗せてよ」
「もうちょっと大きくなったらね」
「じゃあ見に行くだけ」
「離れて見ててよ、危ないから」
二人の様子を見ながら、ウナがふっと笑う。外では整備士が金属を叩く音が響いた。遠くの方から反響して、身体の中に吸い込まれる。
あっという間の、賑やかな晩餐だった。窓の外はいつの間にか静かになっていた。トリィが空になったマグを置くと、明継が口を開いた。
「あとは片付けておくよ。トリィは飛行艇、見に行くんだろ?」
ウナがトリィの方に目をやる。彼女は小さく頷いた。
「最終確認だけです」
「根を詰めすぎるなよ」
「はい。大丈夫です、少しだけですから」
外に出ると、冷たい風が頬を撫ぜた。静かに群青色が広がって、すでに星がいくつか自己主張をはじめている。作業棟がぽつんと明かりを灯していた。
「夜は冷えるな」
誰もいない作業場で、彼女は一人呟いた。無骨に金属を剥き出しにした機体が静かに佇んでいる。翼のリベットを指でなぞると、人を拒むように冷たく刺した。
「おまえも人が怖いの?」
鉄の翼からは返事はない。工具箱を用意していると、湖の水の音がかすかに聞こえた。油の匂いと鉄の冷たさだけが彼女を包み込んだ。
気がつくと夜が明けていた。東の空がゆっくりと白んでいく。風は凪ぎ、湖面はうっすらと霞がかっている。夜の名残か、作業棟にはまだ明かりが灯っていた。トリィが眼を開ける。立ち上がって、翼をなでた。指先に伝わる金属はもう冷たくなかった。胸の奥が熱くなるのを感じる。作業棟のシャッターを上げると、今日の光が我先にと飛び込んで鳥の鳴き声が入ってくる。
鉄の翼が、きらりと陽の光を反射してみせた。




