【第二部】第73話.雲隠
【第二部】第73話.雲隠
ぱらぱらと、細かな雨粒が身体を叩く。日中は暑くなるほどだが、夜雨というのは想像以上に体力と体温を奪われてしまう。
足を止めて身をかがめる。周囲を警戒するが、追手は近づいていないようだ。
「気分はどうだ。少し顔を見せてみろ」
「……大丈夫、大丈夫」
蛇男のいる偽装集落から脱出して、山に入ってしばらくの時が経った。二時間ほどだろうか。足下すらあやしい暗闇の中をひたすらに歩いてきたのである。木の根元に明継を座らせて、身体に異常がないか確認する。
「濡れるとやはり冷えるな」
「大丈夫、大丈夫」
明継は、大丈夫だとうわごとのように言いながら震えている。光量が少なくてはっきり確認できないが、顔色も良くは無さそうである。低体温症になりつつあるようだ。子供のような小柄な体格では容積に対する体表面積が大きく、体温が奪われやすい。また、皮下脂肪の少ない痩せ型の体型もまた、体温低下の要因である。このように濡れたまま風雨に晒されていればいずれこうなる。
この辺りが限界だろう。
「この辺りで休憩して日が昇るのを待つ。明日また動き出そう」
大きな木の根がうねっているそこに、小さな空洞を認めた。そこに身体を収めれば、少しは雨風からは身を守れそうだ。
明継の服を一旦脱がせて顔や髪、身体についた水滴を拭ってやる。ぎゅっと固く水分を絞って、再びその服を着せた。本来であれば乾燥した衣服に着替えるのがもっともだが、いつでもそうできるとは限らない。あるものできるもので工夫する他ないだろう。
木の根元の空間に身体を滑り込ませると、尻の下に背嚢を敷いて、腹の上に明継を抱える。ぴたりと身体を密着させて、その上から二人まとめて包むように外套を羽織った。
良い場所を見つけた。身を隠せるし、風も遮られるために体感温度もずいぶん違う。ひとまず安全な空間に落ち着いて、少しほっとした。身を切るような寒さと緊張から、わずかながら解放される。
そのまま、雨と風の行方を眺めながら半刻ほど経った。明継を抱いている腹のあたりはじんわりと温かさを感じる。人間の身体自体が発熱体だと考えると、それは天然の懐炉のようなものだ。
「父様」
ぼそりと、腹のあたりから呼びかける声が聞こえる。
「具合はどうだ」
「うん、大丈夫」
今度の大丈夫は、はっきりとした力強いものであった。言いづらそうに、「でも」と明継は続ける。
「なんだ?」
「お腹がすきました」
「そうか、それは問題だな」
ニッと唇の端を歪めて言う。腹が減ったと考えられるほど良くなったのだろう。尻の下に敷いている背嚢から金平糖を取り出して、明継に握らせる。
「食える時に食っておけ」
「ありがとう」
わずかな食料と水を二人で分け合う。日が昇れば再び動き出さなければならない。まずはウナのところへ戻るつもりだが、ニタイ自治区役所の炎上もあった。あちらもどうなっているかはわからない。最悪、このままニタイ自治区外まで逃げねばならん。どうなるかな、そんなことを考えながら、わずかな木の根の隙間から空を見上げる。
「空が近いね」
同じ空を眺めていた明継がそう言った。
「うん、ああ」
「空は、空だ。父様は父様だよね」
空は空だし、私は私だ。
「そうだ。今までも、これからもそうだ」
「良かった」
何を、とも思ったが、今日の出来事を思い返せば天地がひっくり返るほどの衝撃を受けてもしようがない。ずいぶん色々な事があったからな。何か言ってやろうかと思って明継の顔を見る。
「……」
そうすると、彼は全く安心した顔で眠っていた。それが良いだろう。私は再び空を見上げた。




