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一族の楔  作者: AGEHA
第三章 人対魔力体
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心の変化

その頃、リリアは言われた通りの場所のベンチに腰かけていた。


壁沿いにベンチが一列に並べられている場所にいる。


受付の近くということもあり、出入り口付近なのでこの辺りのベンチにはあまり人は腰かけていない。


「いやー、負けちまったなあ」


やたらとデカい声で、リリアの方に向かって歩いてくる男性がいた。


紛れもなく、それはアーティだった。


意外にも周囲の者たちは、アーティに対して反応が一切ない。


クレイシアが話していたことを、同じくアーティもできる様子。


「よう、こんなところで会うなんて奇遇だな」


「ええ、こんにちは」


自然とした感じで、アーティはリリアの隣に座った。


ポケットに手を入れたまま脚を広げ、よりかかる形でベンチの背もたれに背をつけている。


「先程は多くの方を伴って歩いておりましたが、あの方たちはどちらに?」


「あの連中なら各々好きなことをしに行った。別に金魚の糞みたいに立ち歩く必要はねえ」


「ところで負けたとは?」


「ここが一体どんな場所か分からないわけじゃないよな? 賭博所だぞ?」


そう言いながら、アーティはスウェットのポケットから煙草とライターを取り出す。


「ここは……禁煙ですよ?」


少しだけ、リリアは身構える。


わずかな時間で賭けなど行えるはずがない。


最初から自分に会うのが目的のはず。


「あっ、そうだったな」


意外にもアーティはリリアの言うことを聞く。


特に文句もなく、ポケットに戻した。


「危ねえ、うっかりしていたわ。おう、知っているか? オレは禁煙してからもう一週間なんだ」


「煙草を止めたんですね」


「そうだぞ、凄いだろう。今年に入ってからオレはもう50回くらい禁煙を達成したんだ」


「そういうのは禁煙に失敗したというのでは?」


「またまた……そんなこと言っちゃって」


全くやれやれといった感じで、アーティは軽くあしらう反応を見せた。


まるで社交性がないとでも言いたげな感じで。


「そんなくだらないことを言い出す奴は今じゃもうお前くらいだぞ」


「そうですか、それは良かったです」


「本当はな、こんなことを話したくて来たんじゃねえんだよ」


「………?」


急に、アーティの声のトーンが変わった。


リリアは意味が分からず、アーティの顔を見る。


「皆心配しているんだぞ。馬鹿野郎が……さっさと帰ってこい」


「………?」


やはり意味が分からず、リリアは腕を組み考え込む。


なにに対しての会話内容なのかが理解できない。


ふいに、リリアは自らのうちから声が聞こえるのを感じた。


自らだけに聞こえる声。


それは自らのうちに世界を創り上げたノールの声。


少しだけ、リリアと交代させてほしい。


そのように、ノールはリリアに伝えている。


ノールの世界に、シスイが干渉できたことで。


ノールには再び他世界への興味関心が湧き上がってきていると言える。


それをノール自身が間違っていると知っていながらも。


「………」


リリアが考え込んでいるため、アーティは人々が行き来する雑踏に目を向ける。


R・ノールコロシアムのエントランス付近であり、込み合っているが誰も二人には気づけない。


そんな中、一人の女性が遠目から二人の方へ軽く会釈する。


すらっとした体形の、綺麗な銀髪のしおらしい可憐な見た目の女性。


おしゃれなパンツスーツを着こなす女性には猫のような尻尾や耳が窺える。


桜沢グループ№2であり、副社長のルインがそこにいた。


じっと、アーティはルインを見つめ、軽く会釈した。


ルインは笑みを向け、R・ノールコロシアムの別フロアへと去っていった。


聖帝会と桜沢グループは以前から組んでいる。


あのルインが、アーティを強く信頼する程度には。


「おう、そろそろなんとか言えよこの魔力体。黙って聞いているオレが馬鹿みたいじゃねえか」


真剣に聞いているのに、スルーされアーティは憤慨。


アーティもなんとなく気づけていた者たちと同じく、リリアをノールだと思っている。


「馬鹿なんかじゃないよ」


「あっ?」


声を発した瞬間、アーティは分かった。


目の前にいるのは、今までのリリアではない。


「お前は馬鹿なうえに、しょうもないトカゲ野郎だよ」


「……ははっ」


苦笑し、アーティは床の方へ視線を落とす。


なんだ、やっぱりお前じゃないか。


今の一言だけで。


目の前の存在が、ノールであると雄弁に告げている。


なぜなら、竜人族には決して言ってはならないタブーが存在する。


その一つがトカゲ野郎。


ノールとアーティは喧嘩する際に平気で種族的タブーを口にするので、今回も普通に口に出している。


だが本来なら間も置かず、一瞬のうちに殺害されている程の重みのある言葉。


「ああっ?」


アーティの緋色の目が光る。


種族の侮辱を受けた以上、なにもしないなど流儀に反する。


「それで怖がると思ってんのか、馬鹿じゃないの?」


「ノール、お前こそどうしてそんなに怒ってんだ?」


「なにが、この魔力体だ。たかがトカゲ野郎が、総世界で最も誉れ高き……」


「水人の魔力体だろ? 前に聞いたよ、うるせえなあ」


「………」


喧嘩を売られたと思ったせいで、隠すことなく普通に素のノールとして対応していた。


「今までなにをしていたんだ? 聖帝の力で魔力から解き放たれたオレには分かるんだ。お前がリリアの振りをしていたんじゃない。リリアの身体にお前が現れた、そういう風に感じた」


「………」


どうすべきか迷った素振りを見せる。


もう怒りの感情など、そこにはなかった。


「リリアちゃんは……」


「はあ?」


「ボクの娘なの」


「マジで? でもお前、杏里とずっと会っていないんだろ?」


「この世界からボクが離れる際に、ボク自身のための世界を創り上げたの。その世界の外殻となる部分が、リリアちゃんだったの」


「……はっ?」


意味が全く分からなかった。


リリアの大きさと、ノールの大きさはほぼ変わらない。


そもそも世界を創り上げたとは?


なにかSF的でロマンや面白さを感じたが、話の本質はそこじゃない。


「よく分からねえけどさ、家族が増えたんだな。良かったじゃねえか」


「ふふっ、まあね」


「杏里やシスイにも会いに行ってやれよ、家族なんだろ?」


「シスイ君なら、今さっきボクの世界に来てくれたの。急にいなくなったボクを……許してくれた」


「そうか……」


とても穏やかな表情をアーティは見せた。


ノールも静かに頬笑みを浮かべる。


「じゃあ、次は杏里に会ってやらねえとな」


「………」


うつむき、リリアは押し黙る。


「一々なんだよ、面倒臭えな」


「会えないんだよ……」


「会えばいいだろ?」


「だって……ボクが魔力体優位主義者だから……」


我慢ができなくなり、リリアは両手で顔を押さえ、泣き出す。


「お前がいなくなる以前からミールと仲が悪くなっているのは知っていたけど、お前らってそんなところまで行きついていたの?」


「………」


顔を押さえたまま、リリアはわずかに頷く。


「はあ……」


話を聞いて損したと、アーティは素直に思う。


あまりにも馬鹿馬鹿しく、自然とした手つきでスウェットのポケットに手を入れる。


普通に煙草を吸おうとしていた。


煙草を咥え、ライターで火をつけた時、ようやくアーティは少し落ち着いた。


なに言ってんだ、こいつ?


それだけが、アーティの印象。


魔力体優位主義思想とは、つまりは魔力体のみにある思想。


それ自体が竜人族のアーティにとっては本当にくたびれた古臭い発想。


アーティにも種族の最高位は竜人族だという根強い竜人族優位主義思想がある。


それはもう古今東西、今も昔も不変のものであると自然と思える程に強く存在している。


なので、魔力体優位主義思想を語られたところで、今まともに思考ができているのか、それとももうすでにてんで駄目なのかをわざわざ確認せざるを得ない状況に差し向けられ、アーティにとっては非常に迷惑千万。


路傍の石と同程度の興味も欠片もない思想の分際で、気苦労が絶えない思いを押しつけられるのかと思うと、アーティは心底腹が立った。


しかしながら、ノールの辛そうな姿は実際に可哀想に思えた。


認識の違いや、聖帝会の№2としての立場とR一族当主としての立場の相違からよく喧嘩もしたが、こういう時はできる限り救ってやりたいと感じている。


そんな些末でカビ臭い上に発想の根源からして間違っている他種族には存在しない魔力体優位主義思想により、もうこれ以上前に進めないだなどとは本当に可哀想を通り越してあまりにも憐れ。


アーティの考えは冷徹にも思えるが、これがまさに種族差によって認識に大きな隔たりが存在することを意味する。


「たくっ……んなこたあ、どうでもいいんだよ」


若干、怒っている口調のアーティ。


「杏里に会いたいんだろう? だったら、さっさと会えばいいだろう。世の中、簡単に物事を捉えた方がずっと楽しいぞ。それに見てみろよ」


軽くアーティが、とある方向を指差す。


人込みを縫って、二人のもとへ急いで走ってくる者がいた。


いつものボーイッシュな格好をした杏里だった。


「ああ、リリア、アーティさん!」


少しだけ、杏里は息を切らせている。


本当に焦っているのが見て取れる。


「シスイ君を知らないかい? 急にシスイ君の魔力が薄く感じ取りにくくなったんだ。今までボクになにも言わず、どこかに行くような子じゃなかったから……」


「全くお前も……そういうところだぞ」


アーティは怒った口調のまま語る。


「どうしてお前はここまで一直線で来れたんだ。最初から要点を言え」


「リリア」


真剣な表情で、杏里はリリアに呼びかける。


顔を押さえていたが、リリアは杏里を見上げた。


「リリアから、シスイ君の魔力を感じるんだ。リリアの中に、シスイ君がいるんだろう?」


「杏里くん……」


リリアは再び泣き出す。


ずっと会いたかった最愛の人。


もうこれ以上、“ノール”は一人で生きていくことができなかった。


「杏里くん、よく聞いてほしいの。ボクはノールなんだ」


「やっぱり、そうだったんだね。ずっとそんな気はしていたんだ」


ベンチに座るリリアに近づき、杏里は少しだけ目線を合わせるように屈む。


「待って」


手を前に出し、止める。


「多分抱き締めようとしているのだろうけど、この身体はリリアちゃんのものだ。ボクの身体じゃない」


「リリアは……ノールじゃないの?」


「これに関しては説明が長くなるから、リリアちゃんの肩に手を置いて、ボクの世界に空間転移をしてほしい」


「う、うん、分かった」


よく状況が飲み込めていない杏里は言われた通り、リリアの肩に手を置き、空間転移を発動させる。


一瞬で、杏里の姿は消えた。


それと同時に、リリアにも変化があった。


先程までの弱々しさが消え、いつもの強気な雰囲気に変わる。


「ありがとうございます、アーティさん」


「オレなんにもしていないけど」


杏里との出会いが叶い、ノールからリリア本人へと意識の表層が切り替わっていた。


「とりあえず、戻ったようだな」


「ええ……」


これで良かったと、リリアは思う。


ようやく家族が再び出会えたのだから。


しかし、自分だけは会えていない。


胸が詰まるものがあった。

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