05.モブ令嬢は隣国へ向かう②
直球で訊いてしまったかと申し訳なくなったリージアは、全身を赤く染めて黙り込んだイザベラに違う話題を振ろうと、口を開いた。
「イザベラ様、その」
「わたくしは、ブルックス様を……お慕いしています」
小声でブルックスへの好意を認めたイザベラの顔はさらに赤くなり、護衛騎士と侍女は同時に彼女から目を逸らした。
「ブルックス様は、わたくしのことは女性としては見てはいないと、顧客の一人だと思っているのは分かっています。でもブルックス様を想うと、お会いできる日があると思うだけで日々が華やいでいくのです。留学している間だけでも、ブルックス様をお慕いしていたいと勝手ながら思っています」
赤く染まった頬に両手を当てるイザベラは、恥じらいつつも楽しそうで王女ではなく年齢相応の、恋する女の子の顔をしていた。
(イザベラ様は、本当にお兄様のことを想ってくださっているのね。でも、あの変わり者の兄を想い続けていても、きっと報われないわ)
キキキー!
イザベラに何と答えようかと迷っていた時、高速で走っていた馬車が急停車した。
前後に大きく揺れた衝撃で、よろめいたリージアの肩を護衛騎士が支える。
「リージア様、お怪我はありませんか?」
「ええ、ありがとうございます」
走行時の振動を抑えるように設計されている高速移動馬車が、ここまで激しく車体を揺らして急停止するとは緊急事態が起こったのだ。
厳しい顔になった護衛騎士は窓から外の様子を窺う。
「どうかしましたか?」
「お立ちにならないでください」
腰を浮かしかけたイザベラを侍女が止める。
窓から外の様子を確認した護衛騎士は、指先に魔力を込めて空中に術式を描き出した。
「皆様、馬車から出ないでください。結界を張ります」
「結界?」
「まさか」
窓の外では、馬車を取り囲むように騎馬を配置したオーギュストが剣を抜き、騎士達に何かを指示していた。
「魔獣が現れたようです。ですが、ご安心ください。騎士団が応戦します」
結界を展開し終えた護衛騎士の静かな声を聞き、リージアとイザベラは顔を見合わせる。
戦闘態勢をとる騎士団の前に姿を現した魔獣を見て、違和感を覚えたリージアは眉を顰めた。
鮮血を彷彿させる深紅の瞳、鉄すら貫通させる鋭い牙と爪、頑丈な青みを帯びた硬質な黒色の毛と、狼を一回り以上大きくした外見の魔獣。
(あれは……魔狼の一種? 国境近くは荒野とはいえ、この地域に魔狼は生息していないはずよ。生息地はもっと寒冷地の、えっ?)
少し離れた場所に停車している馬車の扉が開き、中から剣を手にしたイザークが勢いよく降りて来る。
イザークに続き、剣を手にしたユーリウスも馬車から外へ降り立った。
「ユーリウス様!?」
「お兄様!?」
同時に声を上げたリージアとイザベラは、腰を浮かべて窓にしがみつくようにして二人の王子の姿を凝視した。
「殿下方!」
警護対象の王子達が参戦しようしていると察したオーギュストは、慌てて馬から飛び降りて駆け寄った。
「お二方、戻ってください。魔獣は我らが倒します」
「まだ国境を越えていないのに、時間をかけるわけにはいかないだろう。私達も加勢する。オーギュストは向こうの馬車を、リージアとイザベラ王女を守れ」
首を動かし、窓越しにリージアと視線が合ったユーリウスは、僅かに微笑むと片手を軽く上げた。
「討伐に時間がかかったら、オベリア王都に着く前に日が暮れてしまう。それに……手強いと思わせておいた方がいいだろう」
ニヤリと口角を上げたイザークは、今にも飛び掛からんとしている魔獣の群れを睨んだ。
「ですが、危険です」
「大丈夫だよ」
オーギュストの言葉に被せるように言葉が発せられる。
ユーリウスとイザークを中心にして三重の魔法陣が広がっていき、補助魔法をかけられて驚く騎士達も水色と橙色の光に包まれていく。
「守備力と攻撃力を強化したよ。魔獣からの攻撃は当たらないようにするから、防御無視の攻撃重視でやってくれていい。何か問題あるかな?」
開いたままの馬車の扉から顔を出したブルックスは、右手のひらに二つの小さな魔法陣を、左手人差し指の先に球体にした魔法陣を出現させたまま首を傾げた。
「多重魔法か。スタックスに聞いていた通りとんでもない才能だな。分かりました。頼むから怪我はしないでくださいね。俺は殿下達が怪我をしても、責任取る気は無いんで」
説得を諦めたオーギュストは、くるりとユーリウスとイザーから背を向けて魔狼の方へ剣を向けた。
「怪我をするなよ」
片眉を上げたイザークは、愉しそうにユーリウスの肩に手を置く。
「その言葉、そっくりそのまま返す」
鬱陶しそうに、肩に置かれたイザークの手を振り払ったユーリウスは、剣を鞘から引き抜き構えた。
「ガアア―!」
先頭に立つ魔獣の咆哮を合図に、戦闘姿勢をとっていた魔狼達は唸り声を上げて騎士達に飛び掛かった。
バチッ!
「ギャンッ!?」
魔狼の鋭い牙と爪は魔法障壁に弾かれて騎士の体には届かず、体当たりの衝撃によろめいた騎士も魔狼が次の動作に移る前に騎士が剣を振り上げ反撃する。
他の魔狼も同様に物理攻撃はほぼ無効化され、次の攻撃に移る前に騎士達によって倒されていき……戦闘は一方的な展開になっていった。
騎士達に混じり、競い合うようにユーリウスとイザークは魔狼を倒していく。
「ギャオンッ!」
他よりも一回り体が大きい魔狼がユーリウスに倒されると、牙を剥き出しにして戦闘態勢を崩さないでいた魔狼達は突然戦意を失い、耳と尻尾を下げて後退っていった。
一匹の魔狼が背を向けて逃げ出したのをきっかけに、他の魔狼達も四方へと逃げていく。
張り付いていた馬車の窓から手を離し、全身から力を抜いたイザベラは安堵の息を吐いた。
「流石、実戦演習でお兄様と競い合っているユーリウス様ですね。全ての攻撃を無効化させるなんて、ブルックス様も凄いわ」
「お兄様は魔法の組み合わせが得意ですから。怪我をする方がいなくてよかったです」
リージアは窓越しに、魔法で発生させて剣に付着した血を洗い流しているユーリウスを見詰める。
視線に気が付いたユーリウスは顔を上げ、馬車へ向かって手を振った。
ユーリウスの無事な姿を確認して、ようやくリージアはきつく握り締めていた手を開く。
「この先の安全が確認されたようです。あちらの馬車の準備が整いしだい、出発します」
御者と話をしていた護衛騎士が振り向き、リージアとイザベラは窓から上半身を離した。
準備を整え走り出した馬車は、国境上に建つ検問所を通り抜けてオベリア王国へと入っていく。
「国境を越えました。此処から王都まで、速度を上げて向かうようです」
護衛騎士の言葉通り、窓から見える景色が流れていくのが速くなっていく。
(せっかくだから景色を楽しみたかったけれど、今回は仕方ないわね)
残念な気持ちになったリージアが顔を動かすとイザベラと目が合う。
「王都へ向かう途中に、硝子工芸が名産品の町があります。案内したいところですが、のんびりしていたら王都への到着が夜になってしまいますから、またの機会に案内をさせてください」
「ええ、よろしくお願いします」
「はい」
空が夕陽の茜色に染まって頃、大きな岩山を越えた先に遠目からでも強固で魔力を帯びた特殊な材質だと分かる、長大な城壁が姿を現した。
表面が鏡面のようになっている壁が夕陽を反射して茜色に輝き、城壁全体が光輝いているように見える。
「綺麗!」
瞳を輝かせたリージアは感嘆の声を上げた。
「リージア様、此処がオベリア王都、ベアテスクです。夕陽に染まる城壁も美しいですが、青空に染まり青く輝く城壁もとっても綺麗ですよ」
リージアの反応を見て、満足そうにイザベラは微笑む。
城壁沿いに走っていた馬車は徐々に減速し、巨大な城門の前で停止した。
オベリア王国の首都へ到着しました。




