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03.モブ令嬢は王子様の不安を知る

お待たせしました。

 数回目を瞬かせて、時間をかけてイザークから告げられた言葉を理解したリージアは、隣に座るブルックスに視線を向けてから口を開いた。


「私も、ですか?」

「はぁ、急過ぎるな」


 溜息を吐いたブルックスは、至極面倒くさそうに呟いて頭を掻く。


「……イザーク、リージアを連れて行く目的は?」


 眉を吊り上げたユーリウスから、抑えきれない苛立ちの感情と共に魔力が漏れ出す。


「殿下、此処は学園だ。抑えてくれないか」

「ブルックス様」


 椅子から立ち上がったブルックスは、ユーリウスの体から溢れ出た魔力から庇うように、側に立つイザベラの前に出た。


「リージアを連れて行く目的は、俺に協力してもらいたいからだ」

「ユーリウス様」


 イザークの返答とほぼ同時に、名前を呼んだリージアにブレザーの袖を引っ張られ、ユーリウスの全身から溢れ出ていた魔力が消える。


「協力? オベリア王国とマンチェスト伯爵家の取引以外、個人的な目的があるのか?」


 険のある口調のユーリウスと視線を合わせ、イザークは「ああ」と頷いた。


「第四妃が懐妊し、父上が狂喜乱舞しているらしい。子が男児だった場合、後継者にすると言い出しかねない。俺が戻るのは、父上と第四妃に与する者達を牽制することと……行方不明になっている“本物のシャルロット”を捜索するためだ」

「本物のシャルロットだと? 実在するのか?」

「シャルロットは実在している。出生届まで調べさせた。禁術を使用してシャルロットに成り代わり、学園に潜入していたメリル・ウルシラは『本物のシャルロットはどこかに消えた』と言っていた。その通り、シャルロットの行方は分かっていない。シャルロットがオベリアで生きているのなら、救ってやりたいと思ったんだ」


 真剣な表情で言うイザークに、彼を睨んでいたユーリウスの全身から放たれていた圧力は無くなり、普段通りの冷静な王子様に戻っていった。


(シャルロットは実在していた。オベリア王国にいるの?)


 二人の会話を聞いていたリージアの脳裏に、魔道具を胸元に埋め込んで精神を侵す禁術を使ってまで、ヒロインに固執してシャルロットに成り代わっていた、狂気すら感じさせるメリルの姿が浮かぶ。

 背中が寒くなってきて、ユーリウスのジャケットの袖を握る指先に力がこもっていく。


(メリルさんにヒロインの座を奪われたシャルロットがどうなっているのかなんて、自分のことで精いっぱいで考えていなかったわ。今頃、シャルロットは大変な思いをしているのかもしれないのに)


 握り締めていたジャケットから指を放し、リージアは一歩前へ出てユーリウスの隣に並んだ。


「分かりました。一緒に行きます」

「リージア?」

「自分の存在を奪われて、シャルロットさんは大変な目に遭っているかもしれないから、見付けてあげたいの。ユーリウス様、駄目ですか?」


 上目遣いで見詰められ、ユーリウスは「うっ」と呻いて片手で顔を覆う。


「……俺も行く」


 十数秒思案したユーリウスは、不承不承の体で絞り出したような声を出した。



 ***



 今後の対応について、イザークと打ち合わせをするというブルックスを残して、リージアはユーリウスと一緒に図書館へ向かった。

 無言で歩くユーリウスの横顔を見ながら、何度も口を開くが声をかけられずに、リージアは口を閉じる。


 王族専用の閲覧室の扉にカードを当てて、開錠したユーリウスに手を引かれてリージアは室内へ入った。


「あの、ユーリウス様、ごめんなさい。私だけの考えでイザーク様に返答してしまいました」


 続編のヒロイン、シャルロットが実在していたと知り、動揺のあまり王太子の婚約者という立場を忘れて、自分の感情を優先してしまった。

 連休の間、リージアが離れていたらアレルゲンが蓄積して、ユーリウスは体調を崩すと分かっていたのに。

 あの場で即答せず、ユーリウスと相談してから答えなければならなかった。

 今更ながら、軽率だったと気付いたリージアは、頭を下げてから俯いた。


「メリルさんに姿と立場を奪われなければ、本物のシャルロットさんはイザベラ様と一緒に留学して来て、楽しい学園生活を送っていたかもしれない、と思ったら居ても立っても居られなくなりました」

「リージアは断らないだろうと分かっていたよ。リージアがオベリアに行くなら、俺も一緒に行くのは当然の流れだ。おそらく、イザークもそのつもりだっただろう」


 ソファーの前で立ち止まり、ユーリウスは息を吐いてから微笑んだ。


「オベリアの動向を探る、という理由なら父上も了承してくれる。次期国王がイザークではなく第四妃の子どもになったら、両国の関係を考え直さなければならないからな」


 言葉を切ったユーリウスは、目を伏せて視線を逸らした。


「だが、いくらリージアが大丈夫だと言っても、俺はイザークをリージアに近付かせたくない。オベリア王がリージアに興味を持ったら? イザークが強引な手に出たら? と考えると、不安で堪らないんだ。一緒に行かせるわけにはいかない」


 不安を口にしたユーリウスの唇は歪み、眉尻も下がっていく。

 窓から射し込む夕陽を背にしているからか、逆光となった彼の表情は今にも泣き出しそうに見えた。

 繋いでいない方の手を伸ばし、リージアはユーリウスの頬にそっと触れた。


「私が好きなのはユーリウス様です。絶対に他の方を見ませんし、ユーリウス様が私を嫌いになるまで離れません」


 リージアが言い終わる前に、ユーリウスの手が背中に回されて、彼の腕の中に閉じ込められた抱き締められた。


「リージア、好きだよ。俺が君のことを嫌いになるわけないだろう」


 目元を赤く染めたユーリウスの顔が近付き、リージアは目蓋を閉じて……ゆっくりと二人の唇が重なった。


「んっ」


 触れるだけだったユーリウスの唇はリージアの上唇を食み、さらに深く口付けようとする。


(だ、だめっ!)


 目蓋を開いたリージアは、ユーリウスの胸元に触れていた手に力を込めて彼の胸を押す。

 触れ合っていた唇は離れて、リージアは顔を横に動かして二人の間を広くした。


「ユ、ユーリウス様、これ以上は駄目、です」

「はぁ、分かっている。これ以上は、卒業してからにするよ」


 全身を真っ赤に染めるリージアの頬を一撫でして、ユーリウスは手の甲で口元を拭い笑うと、足元をふらつかせるリージアの手を握り、ソファーへ座らせて彼女の隣に座った。


「オベリアへ行くなら、衣服の準備をしなければならないな。ルブランとは違い、オベリアの気候は場所によって異なる。万が一、砂漠地帯へ行くのなら耐熱仕様の外套を用意してもらおう。叔父上に頼んで護衛も考えなければならないないな」

「さ、砂漠地帯ですか。私、国外へ出るのが初めてで、隣国なのにオベリア王国のことをよく知らないんです」

「俺は直接訪問したことはないが、王族として隣国について学んだこととイザークから聞いている情報、一般的な知識としてオベリアについて多少知っている。オベリアの国土は、ルブラン王国よりも広大で東西に長く、その半分が砂漠地帯となっている。国内でも気候も文化も違うという多民族国家だ」

「多民族国家がゆえに地域によって文化が違い、小競り合いも多い?」


 小首を傾げたリージアにユーリウスは頷く。


「民族間の小競り合いが内乱へ発展する度に、国王が武力と巧みな交渉術で抑え込んできた。そのため、国王は王族の中でも武力知力共に優れ、臣下達を惹き付けられる才を兼ね備えている者が選ばれる。現王子の中では、王位に近いと目されているのはイザークだ。だから、彼が留学すると知り驚いた。オベリア国内情勢が落ち着かなかったこともあるが、俺と同じ年齢だったからルブランとの太い繋がりを得るためでもあったんだろうな」

「繋がり……」


 イザベラの留学も、あわよくばユーリウスの妃にするという、オベリア国王の思惑があったとイザークから聞いた。だが、それだけだろうかと、リージアは口を閉じる。


(イザーク様は、国王に抵抗したけど留学は覆らなかったと言っていたわ。きっとゲームの強制力が働いたのね。でも続編の流れは終わった。もう強制力は働かないはずよ)


「リージア?」

「いえ、何でもありません」


 険しい顔で考えていたリージアは慌てて笑顔を作った。


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