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【書籍化感謝SS】これは恋愛イベント? それとも?②

噴水に落ちた続きになります。

 びちゃびちゃと音を立て、飛び散った水飛沫が地面とリージア、そして口を大きく開けて驚愕の表情になっている女子達を濡らしていく。

 背中に回された護衛騎士の手が外れて、噴水の方を振り返ったリージアは息を飲んだ。


「ユーリウス様!」


 噴水に落ちて、下半身は水に浸かり女性像が持つ水瓶から注がれる水を頭からかぶり、全身ずぶ濡れになったユーリウスは、鬱陶しそうに額に張り付いた前髪を掻き上げ立ち上がった。


「大丈夫ですか!」


 慌てて駆け寄ったリージアは、ジャケットのポケットからハンカチを取り出して、ユーリウスの頬の水滴を拭き取る。

 ハンカチを持つリージアの手に、冷たくなったユーリウスの手のひらが重なりハンカチごと握った。


「窓から三年女子達に囲まれているのが見えて、焦って窓から飛び降りてしまったよ」

「えっ? 窓から? お怪我はありませんか? こんなに濡れたら風邪をひいてしまいます。早く着替えましょう」

「ああ。だが、その前に」


 リージアの手を握って噴水から出たユーリウスは、状況を把握しきれず呆然としている三年女子達の方を向く。


「君たちは、一人を三人で取り囲んで何をしていた?」


 怒りを抑えずに放った言葉には圧があり、地面に座り込んでいた女子は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 彼女を立ち上がらせようと、しゃがみこんだ女子も動きを止める。


「で、殿下、どうして、私はそんなつもりでは……」


 普段の柔和な王子様とは真逆の、冷酷な笑みを顔に貼り付けたユーリウスが恐ろしくて、女子達は震え出す。

 学園内に張り巡らされている結界で抑えられていても周囲を歪ませるほどの怒気を纏わせ、冷たい目をするユーリウスからの圧を正面から受けた長身の女子の口から、次の言葉は出て来なくなる。


「はっ、そんなつもりでは無かっただと? では、どんなつもりだったのだ?」

「それは、その」


 ユーリウスの問いに答えられず、顔色を悪くした長身の女子は一歩下がる。


「君たちは、エスメラード嬢と親しいのだろう。エスメラード嬢に頼まれて、リージア嬢を取り囲んだ。違うのか?」

「エ、エスメラード様は関係ありません! 私たちは、リージアさんの態度が気になって注意をしようとしていただけです!」


 公爵令嬢の名前を聞いた途端、尻もちをついていた女子が勢いよく立ち上がり声を荒げた。


「注意? 三人で取り囲んで、生意気だと言うことが注意だと?」


 全身から魔力が漏れ出し、濡れて重みを増したユーリウスの髪とジャケットの裾が風も無いのに揺れだす。


 バサバサバサッ!

 結界を振動させるほどの魔力を感じ取った鳥達は、一斉に木々から飛び立った。


(ユーリウス様、凄く怒っているわ。どうしよう。あっ)


 感情を抑えきれないでいるユーリウスに驚き、髪飾りを外そうかと髪に手を伸ばしたリージアは安堵の表情を浮かべた。


「そこまでだぁ!」


 混沌とした雰囲気をぶち壊す勢いの怒声が響き、ユーリウスは放っていた怒気を抑えた。


「もうすぐ下校時刻になるのに、この場所で君達は何をしているんだ!」


 顔を真っ赤にしたジョージ先生の怒声で空気が振動し、植え込みの中と木の上に隠れていた兎とリスが逃げていく。


「事を起こした相手とはいえ、少々やり過ぎだ」


 走って来たジョージ先生に遅れてやって来たシュバルツは、呆れ顔でずぶ濡れになったユーリウスとリージアを見る。


「来るのが早い。もう少し警告するつもだったのに」

「もう十分だろう。これ以上追い込んだら倒れるぞ」


 鼻息を荒くするジョージ先生の剣幕に怯え、竦み上がっている女子達へとシュバルツは視線を移す。


「君たちの理由はどうであれ、殿下を噴水へ落としたことという事実は言い逃れ出来ない。第一王子が噴水に落ちる原因を作ったのに、謝罪の言葉一つ言えないとはな。何が起きたのか、詳しい話は生徒指導室でしてもらおう」

「も、申し訳、ありません」

「殿下、どうかお許しください」


 先ほどまでの強気な態度は一変し、震える声で女子達は頭を下げた。


「君達からの謝罪は必要ない。謝罪の言葉はご両親からしてもらう」


 冷たくユーリウスが言い放つと、女子達の表情は絶望の色に染まっていった。


「リージア君。ユーリウスの着替えを手伝ってやってくれ。着替えは私の研究室を使えばいい。君が動かなければ、動こうとしないだろうからね」

「は、はい。ユーリウス様、一緒に行きましょう」

「リージアも濡れてしまったな。早く着替えよう」


 凍えそうなくらい冷たかった雰囲気を消し、リージアの肩を振り向いたユーリウスはいつも通りの王子様の笑みで微笑んだ。

 項垂れる女子達を少しだけ気の毒に思いながら、ユーリウスと手を繋いでリージアは中央棟へ向かった。



 ***



 中央棟の四階にあるシュバルツの研究室では、ユーリウスが廊下で待機させていた侍従の青年が待ち構えていた。


「こちらをお使いください」

「ありがとうございます」


 シュバルツから許可をもらい、研究室に入って窓から一部始終を見ていたという侍従は、用意したタオルと着替えをユーリウスとリージアへ手渡した。


 隣室へ移動するリージアと護衛騎士の後ろ姿を見送り、扉が閉まると侍従は濡れた制服を脱ぐユーリウスの着替えを手伝う。

 脱いだ制服を籠に入れながら、おもむろに侍従は口を開いた。


「殿下、無茶はしないでくださいと何度も申したでしょう」

「うるさい。三年女子達を指導する“正当な理由”が出来たのだからいいだろう。これで、エスメラード嬢も静かになるだろう」

「やはり……そのために落ちたのですか。殿下でしたら、リージア様を抱えていても噴水に落ちることはないでしょうから、何かお考えがあるのだろうと思っていました」

「まあな」


 新しい制服に着替えたユーリウスは口角を上げる。

 幼い頃からユーリウスに仕え、彼の運動能力と王子様の仮面に隠れた激情をよく知っている侍従は、盛大な溜息を吐いた。



 がちゃり

 隣室の扉が開き、濡れた制服から侍従が用意した服に着替えたリージアが顔を覗かせた。


「リー、ジア!?」


 タオルで髪を拭く手を止めたユーリウスは、隣室から出て来たリージアを見てビシッと固まった。


「ユーリウス様、お着替えは済みましたか?」

「あ、ああ。リージア、その恰好は?」


 問うユーリウスの指先が震え出し、真っすぐにリージアを見ることが出来ない。


「ユーリウス様の体育着を、お借りしてしまい、すみません」


 指先しか出ていない体育着の袖を握り、恥ずかしさから頬を染めたリージアは視線を下げた。


「リージア様の着替えの用意は直ぐには出来なかったため、殿下の体育着に着替えていただきました。勿論、未使用ですよ」

「お前……く、よくやった」


「可愛い!」と叫びたくなる衝動を抑えて、ユーリウスは侍従にだけ聞こえる声で彼への感謝の言葉を口にする。

 目を細めた侍従のしてやったという笑顔に腹は立つが、自分の体育着をリージアが着ている姿にユーリウスの心臓の鼓動が速くなっていく。


(リージアが俺の体育着を着ている。リージアが俺の……着ているというか着られている? ズボンの裾を捲っているのがまた、可愛いな。袖は長いままで着ているのも、これはこれで可愛い)


 緩んでしまう口元と荒くなる呼吸は、覚られないように手で覆って隠した。


「寮に戻ったら洗ってもらって返します」

「あ、いや、分かった」


 眉尻を下げるリージアに「洗わなくてもいい」と言いかけて、ユーリウスは飛び出しそうになった言葉を飲み込む。


「ユーリウス様? どうかしましたか? もしかして、どこか痛めたのですか?」

「痛めたわけでは……あーその、髪を乾かすのが面倒だと思っただけだ」


 脳内で身悶えていたことを誤魔化すため、ユーリウスは肩にかけていたタオルを持ち水分を含んだ髪を軽く拭いた。

 揺れた髪から垂れた水滴がポタリと落ちて、シャツの肩付近を湿らせる。


「ちゃんと拭けてないじゃないですか。風邪をひいてしまいますよ」

「では、リージアが乾かしてくれるか?」

「え?」


 目を丸くしたリージアは、ユーリウスと彼の持つタオルを交互に見た後、コクリと頷いてタオルへ手を伸ばした。


「椅子に座って、じっとしていてください」

「……分かった」


 半分冗談だったお願いを聞き入れてもらえて、椅子に座ったユーリウスの心臓が早鐘を打つ。


「失礼します」


 拭きやすいようにと、俯いたユーリウスの頭にタオルをかぶせ、リージアの指が優しく濡れた髪を拭いていく。

 タオルの隙間から、侍従と護衛騎士が珍獣を見る目で自分を見詰めている気がしたが、気にせず目蓋を閉じた。


「コホン、リージア様これを使ってください」

「ありがとうございます」


 髪を拭き終ったリージアは、侍従が鞄から取り出したヘアブラシで乱れたユーリウスの髪を梳かして整える。


(最後に髪を乾かしてもらったのは、いつの頃だったか。髪を乾かしてくれたのは、確か乳母だったな)


 警戒すべき相手が多かった王宮で暮らしていた頃は、物心がついてから髪を乾かすのもヘアブラシで梳かすのも、礼装以外の着替えは出来るだけ自分でしていた。

 学園の寮で寝起きしている今でも、自分の身支度は自分でしている。

 リージアが整えてくれただけで、いつもよりも髪の指どおりが良くなった気がして、ユーリウスは離れていく彼女の指に自分の指を絡めた。


「ありがとう」

「い、いえ。その、ユーリウス様。窓から飛び降りるなんて、私の代わりに噴水に落ちるなんて……無茶をしないでください。そして助けてくれて、ありがとうございます」

「それだけか?」


 髪を拭いてもらった心地よさから、感謝の言葉だけでは物足りなく感じたユーリウスは、リージアの指先を口元へ引き寄せる。


「来てくれて、嬉しかったです」

「リージアは何度も俺を助けてくれた。これからは俺が君を守るから」


 ちゅっ、と音を立てて指先に口付けて、上目遣いでユーリウスはリージアと視線を合わせた。


「好きだよ」

「わ、私も……」


 全身を赤く染めたリージアの唇が動き、消え入りそうなくらい小さな声がユーリウスの耳へと届く。


「はぁ、可愛い。早く婚約式を終えたい。婚約者だと公表してしまえば、他の者の目を気にしないで一緒にいられるのに」


 物足りなさが全て満たされていき、頬を赤く染めたユーリウスは両手で包み込んだリージアの手を額に当てた。


「ゴホンッ、婚約式まであと二か月です。少しだけ我慢してください」

「……分かっている」


 甘い雰囲気になったところに、水を差してくれた侍従をユーリウスは思いっきり睨んだ。


濡れた髪を拭いてあげるリージアと、ぶかぶかの服を着たリージアを見て悶えるユーリウスを出したくて、色々入れたらこうなりました。

雑用係編後の二人なので、リージアはまだ婚約者の立場に慣れていません。

ユーリウスの方が好きの感情が強く、彼の溺愛っぷりにリージアは戸惑うことが多いみたいです。

三年女子達はシュバルツとジョージ先生にきつく指導されて、エスメラード様もご両親から「大人しくしていなさい」と釘を刺されてしまい、リージアへの嫌がらせを止めました。


ほんわかな二人を考えるのは楽しくて、その後の話を時々出していきたいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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