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薄命の月華と呼ばれましても~あやかし後宮成り代わり譚~  作者: 真崎 奈南
第四幕、確かな信頼

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月明かりの対峙2

 大木の幹の後ろからすっと人影が現れ出る。


 宮廷占術師きゅうていせんじゅつしの衣をまとい、頭部と口元を布で隠して目元しか出ていない状態ではあるが、大蜘蛛を操って翠蘭すいらんに攻撃を仕掛けてきたあの女呪術師(じゅじゅつし)と同一人物なのは間違いない。


 林杏りんしんが機敏に剣を構えたその傍らで、翠蘭の視線が呪術師の女から木の上へと狙い澄ますようにのぼっていく。


「もうひとりいるわね。こそこそしていないで、姿を現しなさい」


 鋭く指摘すると、しばしの沈黙のあと枝がかさりと揺れ、もうひとりの呪術師が女の後ろへと着地する。


 体格からして男。闇夜と同じ漆黒の衣を纏い、女と同じように頭部も目元以外のほとんどを覆い隠しているため、その素顔はわからない。


 しかし、霊力の高さまでは隠し切れないようで、警戒すべき相手は女よりも男の方だと翠蘭は判断する。


(……女性の方はやっぱり見覚えがないけど、後ろの男はどこかで目にしているような気がする)


 男の背格好や纏っている雰囲気や霊力に既視感を覚えていると、女が術を唱え始めた。それに呼応するように男の声も重なる。


 霊力の波が翠蘭と林杏を襲う。林杏はわずかに後ずさりしながらもしっかりと体勢を整え、翠蘭は微動だにせず男に対する警戒を緩めない。


 不意に女の声が強まった瞬間、大木の陰から蛇が這い出てきて、翠蘭へと襲い掛かった。


 それに素早い反応を示したのは林杏だった。怯えや躊躇いを一切見せずに、蛇を一突きする。


 蛇は悶えるように大きく口を開けて、そのまま黒い霧となって散っていった。


「……すごい。これは使えます」


 林杏は圧倒されるように感想を述べる。翠蘭の霊力を纏った己の剣をまじまじと眺めたあと、自信たっぷりに笑ってみせた。


 一方で、呪術師の女は蛇が難なく斬り捨てられたことに動揺し、憤りの混じった声で言い放つ。


「その剣、翠蘭の仕業だな」


 そして女は舌打ちをすると、指示を請うように背後の男へと視線を向けた。


「かまわない。やれ」


 短く発せられた男の言葉に従い、女は再び術を唱え始める。


 それに再度男の声が重なると、蛇が大木の幹に巻き付くようにして次々と姿を現し、枝から地面にもぼろぼろと落ちてくる。


 林杏も好戦しているが、徐々に多数に無勢の様相へと陥っていく。


「林杏、そのまま建物に向かって下がって」


 翠蘭はそう要求すると、大きく息を吸い込み、反撃を開始する。


 屋敷の壁に張ってある守護札の効果を利用して結界を広げ、蛇の襲撃を弾き返す。


 とはいってもすべては防げず、結界のわずかな綻びから中へ侵入してきた蛇を林杏が斬り付けていく。


「それも李翠蘭の入れ知恵か。小賢しい!」


 苛立たしげに声を上げる呪術師の女を見据えながら、翠蘭の横に並んだ林杏はぽつりと囁きかけた。


「これでしばらくは耐え凌げそうですね」

「ええ。翠蘭さん方も、こちらに気づいて駆けつけてくれるはず。それまで持ち堪えましょう」


 翠蘭が力強く言葉を返すと、林杏は「はい」と返事をし、剣の柄を握り直した。


(林杏はもちろん、呪術師の女性も私の違和感に気づいていない)


 守護札を用いて結界を強めるのは、初心者の占術師でもできる。


 翠蘭なら本来の力を曖昧に隠した状況でもやってのけることができるため、目の前にいるのが笙鈴しょうりんだと疑うこともしないのだろう。


 そして、本来の翠蘭なら、すぐさま術式を発動させて蛇を一掃するところだが、それもまだ早い。


 前回の大蜘蛛のように、この先、相手側がなにかを出してくる気配が濃厚であり、それを引っ張り出してからが本番だ。


 魂化したのが、それなりに霊力が高い紅玉こうぎょくならまだしも笙鈴であることから、それまで力を温存しておく必要がある。


(……あちらの男性もうまくだませているかしら)


 違和感を与えたことで、秘術に関して勘付かれるのは避けなくてはならない。


 翠蘭が鋭く睨みつけた先で、呪術師の男が何かの気配を察知したように視線を遠くに向けた。


「追い込みます」


 忌々し気に吐き出された男のひと言を合図に、先ほどとは唱えていた術の響きが変化する。


 男女の声が共鳴し合う中、蛇による攻撃が止む。


 林杏は警戒を強めるようにわずかに体勢を落とし、翠蘭が楽しそうに笑みを浮かべた。


 生命力に満ちていた大木が一気に黒ずんでいく。


 まるで脱皮するかのように、黒い幹からずるりと影が抜け落ち、現れ出た大蛇だいじゃがゆらりと首をもたげた。


 大蛇は翠蘭に向かって牙をき、攻撃を加えようとする。


 それは結界によって阻まれたが、攻撃が繰り返されるたび、徐々に亀裂が生じていった。


(このままだと破られるわね……さて。どのように滅しましょうか)


 翠蘭は冷静に分析し、胸を高鳴らせたところで、呪術師の男が完全に何かに気をそらされていることに気づいた。


(紅玉の加勢を気にしている? いいえ、違うわ。……お兄様が来ている)


 慣れ親しんだ霊力を察知したところで翠蘭の眉根が寄り、程なくして駆け寄ってくる数人ぶんの足音も聞こえてくる。


(お兄様だけじゃない。もしかして……)


 翠蘭の頭の中にとある顔が浮かんだ時、呪術師の男が静かに動いた。


 それに翠蘭が声をあげるよりも先に、男は素早く塀を飛び越えてあっという間に姿を消してしまった。


こう笙鈴殿、下がってください!」


 汀州ていしゅうに大きく呼びかけられ、翠蘭は反射的に後退する。


 霊符が大蛇の胴体部分にいくつも吸着し、次の瞬間、それらが一気に燃え上がった。


 笙鈴の居所の庭に飛び込んできたのは汀州と宮廷占術師二名、そして、煌月えんげつだった。


 援軍の登場に呪術師の女はうろたえながら後ろを振り返る。


 そこで男の姿がないことにようやく気付き、女も庭から逃げ出そうと慌てて塀に飛び乗った。


「汀州、あの女を捕まえろ! 大蛇は俺が何とかする」


 命令と共に、煌月から顎で指示を受けた宮廷占術師の片割れと共に、汀州はすぐさま女を捕まえるべく動き出した。


「取り逃がしは許しませんよ」


 女同様、塀を乗り越えるべく、目の前を通り過ぎようとした汀州に翠蘭がにこやかに声を掛けた。


 汀州はほんの一瞬目を向け、そして、驚きに満ちた顔で慌てて二度見する。


 思わず速度を緩め、何か話しかけようとした汀洲だったが、宮廷占術師に「汀州さん!」と促され、そのまま進むことを余儀なくされた。


 煌月とその場に残った宮廷占術師のふたりは、見事な連携であっという間に大蛇を追い詰めていった。


「その大木が怪しい。そこの女官、周辺に術に使用した呪具があるはずだ。探し出せ!」


 大蛇が倒れたところで、煌月が林杏に指示を飛ばした。


 それにすぐさま林杏は「はい!」と答えて、すっかり生気をなくしてしまった大木へと走り寄る。


(ああ、私の獲物が)


 大蛇殲滅の流れへと完全に入っている状況に、翠蘭が心の中で盛大に嘆いた時、宮廷占術師の術によって大蛇の胴体がいくつか分断される。


 宮廷占術師が手ごたえを感じたように笑みを浮かべてみせた次の瞬間、大蛇は三匹に分裂し、煌月と宮廷占術師、そして林杏に向かっていく。


「林杏、危ない!」


 呪具を探すことに集中していた林杏は、翠蘭の呼び声にはっと振り返り、噛みつかれる寸前で避けた。


「逃げろ!」


 煌月も、自分と同じ背丈ほどになった大蛇を相手にしながら叫ぶ。


 しかし、林杏はできなかった。


 急襲に気をそらされたその隙をつかれ、足に小さな蛇が巻き付き、動きを封じられてしまったからだ。


 大蛇がゆらりゆらりと林杏に迫っていく。


 地面に置いてしまった剣に手が届かず、恐怖で凍り付いた林杏に襲い掛かる。


 そこで、空気を切り裂くように、霊力の矢が放たれた。


 翠蘭が放ったそれは、林杏に牙が届くより先に大蛇の頭部を見事に射抜き、大蛇は黒い霧となって消滅する。


 それを目の当たりにした三人は唖然とする。


 特に煌月は完全に言葉を失い、大きく肩で息をしている翠蘭、もとい、笙鈴を、動揺した様子で見つめる。


(しまった。思わず霊力の矢を放ってしまったわ)


 この術は霊力の消費が激しいため、一般的に占術師は誰かの助けを借りて行う場合が多い。


 李家の面々はその限りではないのだが、今は魂化術の最中であり、笙鈴の負担を考えれば、避けるべきであった。


 そうわかっていたのにも関わらず、体が動いてしまったのだ。


(……大変。立っていられない)


 案の定、翠蘭は大きくふらついたあと、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。


 すると、弱った獲物を察知したように、分裂した残り二匹の大蛇の目が翠蘭へと向く。


 即座に標的を変えた二匹は、一気に翠蘭との間合いを詰めていき、同時に襲い掛かる。


 身構えた翠蘭の前に、いつの間にか、煌月が立った。


 青白い光をたなびかせながら鋭く剣を薙ぎ、そのひと振りで二匹同時に頭部を斬り付け、殲滅する。


「……煌月、様」


 気迫と霊力に圧倒され、翠蘭がぽつりとその名を口にすると、煌月が視線を落とした。


 翠蘭を見つめるその瞳は青白い輝きを宿している。


(その瞳はいったい)


 霊力で委縮させられたのは、家族以外で初めてのこと。


 翠蘭は呆然と煌月を見つめ返していたが、彼の向こう、夜空の高いところに浮かんでいる心配顔の黒焔こくえんを見つける。


 黒焔が見ていたのは、翠蘭ではなく煌月だった。





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