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薄命の月華と呼ばれましても~あやかし後宮成り代わり譚~  作者: 真崎 奈南
第二幕、皇后候補になりました

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誤解と衝突

 翌日、のんびりとした時間が流れている昼下がり、翠蘭すいらんは後宮内の散策に出かけるべく、明明めいめい紅玉こうぎょくと共に居所を出た。


「明明、目の下に濃い隈ができていますね」


 庭に出たところで、ふふふと呑気な笑い声を響かせながら翠蘭が指摘すると、明明はげっそりとした顔で言い返す。


「そりゃあそうでしょう! あの老婆の霊が一晩中居所内をうろうろしていて、時々、私を脅かしにかかってくるし、怖くて眠れませんでしたもの!」


「あの方は暇つぶしがてらお散歩していただけでしょう。時間帯が違うだけで、やっていることは今の私たちと一緒です」


 翠蘭の返しに、明明は嫌そうに顔を歪める。


 その表情にまた翠蘭は鈴を転がすような声で小さく笑ってから、紅玉へ話しかけた。


「紅玉は眠れていたようですね。どちらかというと、老婆よりも明明の悲鳴で起きてしまっていましたし」


 老婆の幽魂が現れるまで怖がっていたのは紅玉だったが、結局、夜中に何度も悲鳴をあげることになったのは明明だった。


 翠蘭にからかわれ、明明はばつが悪そうな表情を浮かべる。


 そんな明明の後ろにいる紅玉は恐縮したように頭を下げた後、たどたどしい口調で言い並べた。


「昨晩は、お傍にいさせてくださってありがとうございました。翠蘭様のお心遣いのおかげで、久しぶりに深く眠ることができました」


 老婆の登場で耐え切れなくなった明明が、紅玉を連れて翠蘭の寝所へ避難してきたのだ。


 翠蘭は苦笑いで二人を受け入れ、三人同じ部屋で夜を過ごすこととなった。


「明明さんも怖がっている割に、てきぱきと対応されているように私の目には見えましたし、何より翠蘭様はまったく怖がっておりませんでしたね。さすが家だと思いました」


 翠蘭はしみじみと告げられた紅玉の言葉に耳を傾けながら歩を進め、ふと元花壇に目を止める。


 狭い範囲ではあるが、土を掘り返したような跡を見て取り、再び翠蘭は口を開いた。


「紅玉は霊力があまりないと聞いていますけど、昨晩の老婆の姿は見えまして?」

「……い、いいえ。見えませんでした。けど、ほんの少しだけ、ただならぬ気配は感じました。怯えからくる思い込みかもしれませんけど」


 花壇から目をそらすと、翠蘭は口元に穏やかな笑みを浮かべて「そうですか」と短く返す。


 そして、何かの気配につられるようにして庭の奥へ視線を移動させてから、表情を消して歩き出した。


 居所の敷地から細道へ出て、庭園に向かって真っすぐ進んでいくと、後宮入りした日にも見ている別の居所が現れる。


 翠蘭は思い出したように疑問を口にした。


「そういえば、ここはこう家の候補者が使用している居所でしたよね?」


 何度もこの道を通っているうちに、高笙鈴(しょうりん)が塀の向こうに入っていったのを目にしたためだ。


 それに紅玉が「はい。その通りでございます」と答えると同時に、ちょうど笙鈴が女官を引き連れて道へと出てきた。


 すぐにあちらも翠蘭たちに気づき、互いに足を止める。


 距離を置いて見つめ合っていると、眉間に深いしわを作った笙鈴がずんずんと翠蘭に近づいてきた。


「昨夜は何度も悲鳴が聞こえておりましたけど、もしや、悪鬼でも現れましたか?」


「悪鬼ではございませんが、それに近い訪問者はいらっしゃいました。悲鳴はうちの怖がりの女官のものです。騒がしくしてしまい申し訳ございません」


「怖いだなんて笑わせないで。どうせ被害者面するための自作自演でしょう? 李家の血筋だったとしても、あなたは占術師せんじゅつしでもなんでもないらしいわね。そんなあなたが、あの悪鬼が目の前に現れて攻撃されたなら、そんなに冷静でいられるはずが……」


 涼しい顔で答えている翠蘭に対し、笙鈴は刺々しい声に憤りの感情を乗せて言い放つ。


 しかし、明らかに寝不足で疲労困憊な顔をしている明明に気づいた瞬間、言葉が途切れた。


 困惑している笙鈴の横からお付きの女官が一歩前に出てきて、言葉を引き継ぐように非難の声をあげる。


「そうです。私たちはわかっているのですからね! あなた方が悪鬼を使って凛風りんふぁ様を追い込み、後宮から追い出したということを!」


「凛風?」


「知らないとは言わせません。しゅ凛風様でございます!」


「ああ、朱家の候補者だった方ね。……それで、あなた方はどういった根拠で私を疑っていらっしゃるの?」


 翠蘭に真っ直ぐに見つめられた笙鈴の女官は、瞳の奥で揺らめいた霊力に気圧され、息をのんだ。


 すると、今度は木剣を腰元に携えた女官が前に出てきて、翠蘭へ険しい眼差しを向ける。


「候補者の座を奪って後宮入りするために、李家の息のかかったその女官、いえ、占術師を使って凛風様を陥れたのですよね!」


(それって、やっぱり……)


 翠蘭は女官が発した言葉にわずかに目を細め、肩越しに明明と紅玉を振り返る。


 明明はむっと顔をしかめていて、紅玉は女官の怒りの剣幕に顔色を悪くさせていた。


「あなたがどんな卑怯な手を使おうとも、私共はこの命をかけて笙鈴様を守り抜きます!」


 笙鈴の女官が鼻息荒く宣言する。


 すると、明明が迎え撃つように翠蘭の前へと出て、凛とした声で言い返した。


「命を賭して主を守るのは当然のこと。大きな顔して宣言するほどのことではございません! あなた方が翠蘭様を陥れるようなことをおっしゃるなら、私も黙ってはいませんよ。そもそも翠蘭様はそのような卑怯な手を……」


「あああ、明明。急にめまいが。ちょっと歩いただけですけど、疲れてしまったようです。居所に戻りましょう」


 言葉を遮るようにして、翠蘭は明明にしな垂れかかった。


 明明の反撃を受けた女官は面食らった顔をしていたが、わざとらしさも感じられる翠蘭の様子に「薄命の月華」と苦々しく呟いた。


 明明は不満そうにしつつも、「わかりました」と翠蘭の求めに従う。


 三人が踵を返して歩き出したため、木剣を携えた女官が「まだ話は終わっていない」と追いかけようとしたが、それを笙鈴が「やめなさい」と窘めた。


 思わず翠蘭が足を止めて振り返ると、笙鈴が先ほどよりも冷静に思いを告げる。


「翠蘭さん、先ほどの発言、謝罪させていただくわ。確かな証拠は持っていない。ただの推測でしかありませんものね」


 まさかの言葉だったのか、女官たちが「笙鈴様!」と声をあげる。それを笙鈴は手で制してから、話を続ける。


「でも、私たちがあなたを疑い、目を光らせ、警戒しているのは確かです。凛風を苦しめたのが事実だとわかれば、私は絶対にあなたを許しません」


 強い意志が伝わってくる笙鈴の眼差しを真正面から受け止めて、翠蘭はにこり微笑みを浮かべた。


「素晴らしい友情ですね」


 茶化したような返しに笙鈴が眉根を寄せた瞬間、翠蘭の表情から朗らかさが消える。


 まるで笙鈴の居所が見えているかのように、じっと塀を見つめた後、翠蘭は口を開いた。


「私からも憶測をひとつだけ言わせていただきますね。この感じからして、標的は私だけじゃなく、笙鈴さん、あなたもです」


 翠蘭の視線と細い指先が、ほぼ同時に笙鈴へ向けられる。


 そして、視線と指先は、困惑で表情を強張らせた笙鈴から、彼女のお付きの女官たちへ移動していく。


「女官の皆さんは、日夜警戒を怠らぬように。ああそうだわ。霊木から造ったその木剣でしたら、物理的な攻撃も可能かもしれません。少なくともその場凌ぎくらいにはなるでしょう。大切な笙鈴さんのために頑張ってくださいね」


 怯えて顔色を変えた木剣を所持した女官を、明明は鼻で笑う。


 翠蘭は「それでは失礼いたします」と笙鈴に目礼して、ふわりと衣の裾を翻して歩き出した。




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