第六十七話
7月7日0300、夜襲は始まった。
「吶喊!!」
牟田口少将率いる戦車第三連隊を支援にノロ高地を守る第8国境守備隊、歩兵第28連隊梶川大隊歩兵第71連隊等がハルハ河になだれ込んだ。夜襲を聞きつけたジューコフは直ちに防衛のために戦力を差し向けた。
しかし、0345にもたらされた報告にジューコフは驚愕した。
「夜間に空挺だと!?」
密かに呼び寄せた第一空挺隊(一個連隊にまで増強)がバイル湖方面に空挺降下し戦力の分割をさせていたのだ。
更にこの空挺隊には火砲としては制式採用されたばかりの九七式曲射歩兵砲と試製らく号37ミリ砲を導入していた。特に九七式曲射歩兵砲は12門も投入されておりバイル湖方面に急行したソ連軍を寄せ付けない程であった。
「くっ、おのれぇ……」
ジューコフは怒りで身体が震える程だった。ジューコフは戦線の建て直しをしようとしたがチハの猛攻の前にソ連軍の防御陣地は完全に崩壊してしまうのである。
「駄目です。これ以上は最早……」
「ぐっ……後退する」
ジューコフは無念のうちに後退を許可、突入路が開いた日本軍はハン山等を占領するのである。
「ソ連軍はまたやってくる。今のうちに防御を固める」
占領の報を聞いた畑は素早く行動した。直ちに工兵隊が送られソ連軍襲来に備えた。対してソ連軍――スターリンはジューコフからの報告に即座に軍を派遣する事にした。
「ヤポンスキーにやられっぱなしではシベリアにいるシベリア帝政の士気を盛り上げてしまう。それだけは阻止だ!!」
スターリンは史実通りにスペイン内戦で活躍した航空部隊を派遣する。しかし、日本軍は陸軍の他にも海軍航空隊が存在していたのである。
「おぅ三好、漸く筆下ろしが出来るな」
「赤松さん……」
ノモンハンに派遣された海軍航空隊は母艦飛行隊も含まれており、その中には新設されたばかりの空母蒼龍の母艦飛行隊もあった。
蒼龍母艦飛行隊の戦闘機分隊には将和の長男である将弘が所属していた。将弘は一旦は金剛乗組となったが直ぐに航空パイロットに転属しノモンハンに間に合ったのだ。
この時の蒼龍飛行隊の戦闘機分隊は赤松貞明や坂井三郎、南郷茂章らがおり将弘は赤松らに可愛がられていた。
「後ろは任せな三好。お前を必ず一人前にして親父を越えさせてやる」
「赤松さん……」
赤松の言葉に将弘は感動するのであった。そして将弘の初陣は二日後に迎えた。
『帽振れェ!!』
整備兵や上空監視兵らに見送られながら将弘が操縦する九六式艦戦は離陸する。
「………」
将弘はどんどん小さくなる草原の滑走路を見つめていた。
(……帰る、必ず生きて帰る。親父だって初陣はあるんだ。俺でもやれる)
将弘はそう思いながら操縦桿に力を込めて戦場に向かう。そして将弘は洗礼を浴びる事になる。
「うひゃァ!?」
将弘は後方から放たれる7.62ミリshkas機関銃の射撃から逃れていた。
「こん……のォォォ!!」
将弘は左旋回で逃げるが胴体にガンガンガンと弾丸が着弾する。
(こんなところで死ねるか!!)
将弘は咄嗟にエルロン・ロールに移行して銃撃を逃れて将弘を狙っていたI-16が速度の出しすぎで将弘の前面に出た。それを見た将弘は直ぐに照準を合わせた。
「これが……これが戦争なんだ!!」
将弘は発射レバーを握り主翼から13.2ミリ機銃弾が放たれる。13.2ミリ機銃弾は将弘が狙った通りにI-16の両翼を引き千切った。引き千切られたI-16はそのままノモンハンの草原に叩きつけられたのである。
「ふぅ……はっ、後方の確認……」
将弘は溜め息を吐いたが直ぐに後方を見る。落とした直後が一番危ない。父将和の助言通りに将弘の後方には別のI-16が2機いた。
「クソ!!(セシル……志穂……)」
やられると思った将弘は思わず目を瞑り二人の女性を想う。だがいつまで経っても機銃弾は九六式艦戦に命中しなかった。
「……えっ?」
2機のI-16は黒煙を噴きながら草原に墜落していく途中だった。そして将弘の左右には2機の九六式艦戦がいた。
「赤松さん!? それに坂井さんも……」
将弘を狙っていたI-16を落としたのは赤松と坂井だった。二人は将弘に手を振ると「ついてこい」とばかりに別のI-16を求めに行く。
「……行くぞ」
将弘は気を取り直して2機の後を追うのであった。後の停戦まで将弘はノモンハンの空を赤松らと共に飛び続けたのである。
8月8日、新たに四個師団の補充を受けたジューコフは再度攻勢をかけた。しかし、防御陣地を構築していた関東軍の前に攻勢は頓挫した。
この攻勢にはジューコフの要請で戦車部隊も多くいたがチハの前では何も役に立たなかった。
「正しく神様仏様チハ様だな」
BT-7戦車等の残骸を前に牟田口はそう呟いた。ノモンハン全体でのチハの損傷はあったものの喪失は0という偉業だったのだ。しかし、チハの活躍にソ連軍は戦車開発の速度を上げてしまう事はこの時、まだ誰も気付く事はなかったのである。
「敗退だな」
モスクワのクレムリンにて報告を受けたスターリンはそう呟いた。
「ジューコフは暫く更迭だ。後は……ドイツとの条約を急がせろ」
「ダー!!」
スターリンは一人になると机を拳で思いっきり叩きつけた。
「今に見ていろヤポンスキー……私を怒らせたらどうなるかを思い知らせてやる……」
怒りに満ちたスターリンはそう呟くのであった。そして8月23日、ソ連はドイツと独ソ不可侵条約を締結した。
ドイツに心を寄せていた陸海軍の若手達には蒼天の霹靂であった。東條達は尻目にしながら停戦の準備をしていた。
「いくら攻勢を退けたからと言って次は大軍だ」
「今が停戦の時だ」
停戦の想いは畑も同じ気持ちだった。血気盛んな辻達を抑えつつ9月6日に関東軍命令『関作命第178号』が発せられノモンハン方面での攻勢作戦は中止された。これにより漸く9月12日からモスクワにて東郷ソ連特命全権大使と外務大臣モロトフとの間で停戦交渉が行われた。
東郷は激しい交渉になると思っていたがモロトフは意外にも日満が主張する国境線を認めて僅か二日で停戦協定が妥結されたのである。
「……そういう事かソ連め……」
早い停戦協定に将和は舌打ちをした。9月17日、ソ連はポーランドに侵攻を開始した。スターリンは交渉の長期化を避けるため日満が主張する国境線を認めてポーランド侵攻を決断したのだ。
「始まるか……忌まわしき大戦が……」
1日から始まっていたポーランド侵攻だが、将和は思った。第二次世界大戦の幕が開けたと……。
「そうか、フリッチュは戦死したか……」
ナチス・ドイツの首都ベルリンにあるドイツ空軍司令部で航空大臣兼空軍総司令官のヘルマン・ゲーリング元帥はそう呟いた。
「総統……フリッチュを死なせたのは惜しいですぞ……」
ゲーリングは自分一人しかいない部屋でそう言う。フリッチュはブロンベルク罷免事件で失脚させられたが今回のポーランド侵攻で名誉連隊長として従軍していたのだ。
「この戦争……果たして……」
ゲーリングは最後まで発する事なく机に置かれた一枚の写真を見つめた。それはあの日、将和と二人で撮った写真だった。
「マサカズ……今の俺を見て貴方はどう思う……?」
ゲーリングの言葉は部屋に響き渡るのであった。
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