第28話 決着
ルシアン様はどこか気まずそうにしながらも、慌ててアマネ様とヴィーのもとへ近づこうとした。
だが、それを遮るようにネズさんが前に立ちふさがる。
ルシアン様はたじろぎながらも「どけ」と怒鳴るが、ネズさんは無言のまま動かない。
その圧に押され、結局ルシアン様はなんとか後ろにいる二人へと声をかけたが……。
「二人とも、私の話を聞いてくれ……!」
「僕は無理」
アマネ様はあっさりとそう切り捨て、ネズさんを連れて離れていった。
残されたヴィーは、威厳と優雅さをまといながら自分の両肘を抱えて立ち、ルシアン様を鋭く見据えている。
「ヴィクトリア……」
ルシアン様はわずかな望みをかけ、縋るように話し始めた。
「私たちは幼い頃から支え合おうと切磋琢磨しながらやってきたじゃないか。国の危機を目の前にして、神子を選ばなければいけないという試練はあったが……。結局こうなったのは、私たちは共に歩む運命だったのかもしれない。以前のようにやっていこう」
そう言って手を差し出す。
ヴィーは改めて背筋を伸ばし、毅然とした態度でルシアン様に告げた。
「お断りします」
それは私にとって、ごく当然の返答だったのだが、ルシアン様は思いもよらなかったのか、驚いたように目を大きく見開いた。
「婚約破棄については了承しております。わたくしも、あなたと共に人生を歩むつもりはありませんので」
「……私が頼んでいるのだぞ?」
この状況になっても、自分が優位にあると思っているらしい。
王太子様ともなれば、そうした思考も当然なのかもしれない。
けれど、それでヴィーの気持ちが動くはずがないのに……。
「それが何なのでしょう」
「だから、私は王太子だぞ」
「存じております」
美しい笑みを浮かべるヴィーに、ルシアン様は苛立ちを見せた。
「王妃となれば、これまで手の届かなかったあらゆる機会が開けるのだぞ。城の誰もが耳を傾け、国中の尊敬と恩恵が自然と集まってくる。お前ほどの才なら、そのすべてを思うままに活かせるではないか」
「王妃にならなくても、わたくしは己の才を生かすことができます」
ヴィーの返答は淡々としていたが、拒絶の意思は揺るぎないという信念が見えた。
「……何が気に入らないのだ……何が望みだ!」
「第一の魔物——ケルベロスを倒した成果をわたくしたちから奪い、アマネを偽物の神子だと吹聴して貶めたことを誠心誠意謝罪してください。そして、神子の仲間を騎士が攻撃したことを、責任者として詫びてください」
ヴィーの要求に、ルシアン様の表情が険しくなる。
ここには騎士たちもいる。
人の目がある場で自らの不正を自白するわけにはいかないのだろう。
「それは……後日改めて……」
「今、この場でなければ受け入れません」
自白するか、ヴィーを逃すか。
どちらの方が不利益なのか必死に考えているようだ。
「……すまなかった」
誠心誠意ではないが、ヴィーに謝罪した。
「すべて事実だと認めて謝罪する、ということですね?」
「ああ。だから、もう一度私の婚約者として——」
「ちゃんと撮ったわね!」
ヴィーが少し離れたところの建物の陰に目を向けた。
そこにはカメラを持った記者の女性がいた。
「もちろんです! 録音もしました! すぐに記事にします!」
女性記者は興奮した様子で走り去っていった。
その様子に呆気に取られていたルシアン様だったが、次第に状況を理解したようで、騎士に「あの記者を捕まえろ」と指令を出したが——。
指示を受けていた騎士は、今までの話を聞いていたからか、戸惑って動けずにいる。
「張り込ませている記者は彼女だけではないわ。もう遅いですわよ」
「!」
ニヤリと笑みを浮かべたヴィーがルシアン様に詰め寄った。
「わたくし、あなたのやり口には腹が立っていたの。だから、徹底的に責任を取らせると決めていたの」
ヴィーを裏切り、ルシアン様と共謀した新聞社は潰れた。
でもまだ神子を疑う人々がいる。
王都の平和はどのようにして守られたのか、すべての真実をちゃんと伝えるために手配していたのだ。
「たとえ、新聞を阻止できたとしても、他に手は打ってあります。わたくしは決めたことはとことんやるわ。……幼い頃から一緒のあなたなら、分かっているわよね」
顔を近づけて圧をかけるヴィーに、ルシアン様の顔色がどんどん悪くなる。
「いつまで王太子でいられるかしら」
「…………」
ルシアン様の顔が絶望に染まっていく――。
ヴィーは優秀で、言ったことは必ずやり遂げる。
その事実を理解しているからこそ、自らにどのような未来が待ち受けているのか、理解したのだろう。
「婚約はお断りします。ヒゲ剃って出直してくださいませ」
ヴィーは美しい姿勢で軽やかに裾をつまみ、優雅に一礼してそう告げると颯爽と去って行った。
素晴らしい幕引きに心の中で拍手を送った。
そして、私もヴィーに続こうとすると、セオドアが慌てて声をかけてきた。
「ルー……オレは……!」
手を掴もうとするのを回避し、まっすぐに見据えた。
意思を持った私の視線を受け、何か言おうとしていたセオドアが口をつぐんだ。
オロオロとしながら私の様子を伺うセオドアにはっきりと告げた。
「私はあなたと結婚しません」
「!」
セオドアの顔が驚愕に染まる。
何を言おうと口を開くよりも先に、私は念を押すように続けた。
「婚約破棄を望みます。私は、あなたと一緒の未来は望みません」
ずっと胸にしまい込んでいた言葉を、やっと口にすることができた。
『貴族なのに浮気されたくらいで婚約破棄するなんてわがまま』
そう言われてしまうかもしれない。
でも、私は悩んだ末に決めたのだ。
どんな非難を受けようとも、自分の選択に責任を持って生きて行こう、と。
「ちゃ、ちゃんと謝らせてくれ! 話し合おう!」
「必要ありません」
「本当にごめん!」
心を決めた私はもう話し合うつもりはないのだが、セオドアは食い下がろうと必死に謝罪を続ける。
「オレ、ルーを頼ってばかりで……! 甘えすぎていた。これからはオレが支えられるような、頼れる男になる! ワイバーンのこともちゃんと公表するから!」
私は微動だにせず、ただ静かに彼を見つめる。
ワイバーンのことも何とも思っていない。
それに頼られて力になることは、伴侶として当然のことだから、謝って貰う必要もない。
「私はただ……寄り添って生きていける伴侶が欲しかっただけ」
困ったときは相談して、支えって解決をし、楽しいことを共有する。
そんな結婚生活を望んでいた。
でも、私には嘘をつき、他の女性を優先する人とその未来を描くことはできない。
「これからは……!」
「あなたがどれだけ立派になっても、もう私はあなたの隣にいたいと思えないの」
セオドアの肩がわずかに震え、目の奥に光るものが揺れる。
幼い頃から一緒だったセオドアの悲しい表情に少し胸が痛むが……私の決意は微塵も揺らがない。
「貴族として責任を取らなければならないことは分かっています。でも、あなたと結婚すること以外で責任を取ると決めたの。だから、あなたは私とは別の道の歩んでください」
「…………」
私の意思は変わらない、ということが伝わったのか、セオドアは項垂れたまま何も言わなくなった。
それを見届け、私はセオドアに背を向けた。
まっすぐ歩き出した私に、少し離れたところで見守ってくれていたノクトさんが声をかけてくれた。
「さすが俺の推しだ」
「ふふ、ありがとう」
ノクトさんの言葉に、いつのまにか強ばっていた緊張がふっと解けた。
こんな風に笑いあえるのは、お互いを信頼しているからだろう。
信頼できる仲間は、ノクトさんだけじゃない。
「お疲れさま、ルー」
「がつんと言ってやったね。かっこよかったよ」
待ってくれていたヴィーとアマネ様の元に駆け寄り……私たちは自然にハイタッチをした。
それぞれの清算をすることができて、私たちはすっきりした。
同時にルシアン様やセオドアの方を向き、彼らに別れの言葉を送ることにした。
「「「ごきげんよう!」」」




