第24話 守りがなくなって――
黒衣の兵たちが撤退し、王都を守る壁や塔もなくなったことを、新聞は大きく報じた。
内容は『本物の聖女ミレーヌが現れたから逃げたのだ』と匂わせるようなもので、本当に呆れてしまった。
新聞を読んだ住民たちからの反応は『これまでのように、騎士たちが守ってくれるから大丈夫だ』というものが多かった。
これまで本当に守ってきてくれたのはアマネ様と黒衣の兵たちだ。
だから、危機的な状況だというのに少しも理解していない。
アマネ様たちが優秀すぎて、人の目に触れる前に魔物を処理していたからこそ起こった反応だが……。
目に見えることだけを信じてしまうことに、私も知らぬ間に多くの真実を見落としているのかもしれないと思った。
だが、不安を訴える声もあり、私たちを応援する姿勢を見せてくれた人たちもいた。
「黒衣の兵たちは俺らを守ってくれた! それに奇跡の壁ができる瞬間を見た! 彼らの主、神の御業を授けられた者が偽物なわけあるか!」
そう声をあげた冒険者たちの呼びかけに応じて、賛同者たちが次々と集まり、新聞社に抗議の声を上げていた。
それにパン屋のフィン君は『くろのともだち』という薔薇を模したココアのパンの販売を始め、バルトさんは店先に『黒の神剣』と名付けた黒剣を飾った。
ヴィーは静かに喜びの涙を流していたし、私も心が温かくなった。
やっぱり王都を守りたい……!
いつかアマネ様にも、ネズさんと一緒にバルトさんの素晴らしい剣を見にきて欲しい。
そして、アマネ様と黒衣の兵たちがいなくなってから数日後。
どんな状況になったかというと――。
案の定、騎士たちは魔物の対応に追われて右往左往していた。
王都で見かける騎士たちの顔には、疲労の色が濃くにじんでいる。
街の空気は重く、どこか殺伐とした雰囲気が広がっていた。
『魔物の数が急増している』などと新聞に載っていたが、単純にアマネ様たちが倒していた分の魔物を国で処理しなければいけなくなったから、というだけの話だ。
王都の外からやってくる魔物は、本来なら防衛塔で始末されていたはずだが、今はすべて王都にまで到達してしまっている。
ただ、ミレーヌの力が働いているのか、現れる魔物は弱いものばかりで、どうにか対処はできている状態だ。
ヴィーとノクトさん、そして私も、魔物による被害が出ていないか状況の確認を行っている。
もちろん、王都に出るとき、ヴィーと私は変装している。
今日は三人で、かつて王都を守る壁があったあたりへ向かうと、そこには騎士団が陣営を構えていた。
気づかれないように距離を取って様子を窺っていると、本陣テントにルシアン様とセオドア、ミレーヌが入っていくのが見えた。
状況はよくないのか、三人とも険しい顔をしていた。
「話を聞きたいわね」
「精霊の力を借りて聞いてみよう」
ノクトさんがマイハギの精霊を呼び出してお願いした。
私が作ったクッキーを渡してから、精霊はいつでもノクトさんの呼び出しに応じてくれるようになったそうだ。
マイハギの精霊の力を借りて本陣での会話を盗み聞きしてみると、何やら揉めている様子だった。
「神子と同格の聖女ならば、王都の外から迫る魔物を止められるんじゃないのか!」
「やっているじゃないですか! わたしはこうして必死に魔物を抑えています! ちゃんと弱い魔物ばかりですよね!? 騎士たちが情けないのでは!?」
王太子様に対して子どものように言い返すミレーヌにまず驚かされた。
いくら婚約者になったと言っても、こんな無礼な言い方をするなんて……!
セオドアは止めないのかと思ったが、声がしないのでただただ見ているようだ。
それに、ルシアン様の追及に対してミレーヌが大声で反論しているが、その声がテントの周囲にいる騎士たちにも届いているようだ。
遠くからでも分かるほど、騎士たちは険しい表情を浮かべている。
ミレーヌが反感を買ってしまったのは間違いない。
「王都内にも魔物が現れるようになったと報告がある。セオドア、何をやっている! 騎士団長にしてやったのだから任務は完璧にこなせ!」
「申し訳ありません……」
いつの間にかセオドアは騎士団長に任命されていたらしい。
どれだけ実力があっても、新人から騎士団長になるのは早すぎる……。
ミレーヌの後押しがあったのだとは思うが、本来まだ務めを続けるはずだった前任の騎士団長からその座を奪い、このような困難な状況で新たに騎士団長となるのは茨の道だろう。
セオドアの姿は見えないが、声だけでもとても疲れていることが伝わってきた。
「彼を責めないで! セオドアは最後の強敵に備えないといけないから、他のことは他の騎士がちゃんとして頂かないと!」
「ミレーヌ、騎士団についてはもう何も言わないでくれ……」
庇われれば庇われるほど状況が悪化することに、セオドアは疲弊しているようだ。
「セオドアは変な女に気に入れられてしまったのが運の尽きね」
呆れながらそういうヴィーに、私とノクトさんも思わず苦笑いだ。
「セオドア。一応ミレーヌは私の婚約者なのだから、そのように親しげに呼んだり、馴れ馴れしく話しかけたりするのは慎め」
「申し訳ありません……」
ルシアン様の忠告にセオドアの声はさらに弱弱しくなった。
ミレーヌは「嫉妬してセオを怒らないでよ。それくらいいいじゃない」とこっそりぼやいているが、実際は嫉妬というより、婚約者が他の男に擦り寄っているのが体面を悪くしているから怒っているのだろう。
とにかく、私たちの予想通りに物事が進んでいると確認できたので、その場を立ち去った——。
※
私たちは慌ただしく最後の強敵に向けて準備を続けている。
十日以上経ったが、まだネズさんの意識は戻らない。
アマネ様はずっとネズさんのそばに寄り添い、手を握り続けている。
「消えていないと実感したい。消えてしまわないかこわい」と言っていた。
私は折り鶴やアマネ様とネズさんのぬいぐるみを作ったり、何かと加護が増えるように努めた。
大精霊様の絵も描き続けている。
ネズさん、あなたが喜んでくれるようなぬいぐるみを作ったのよ?
早く起きて、『無表情なのに喜びが溢れている』尊いあなたを見せてね。
新聞では魔物を倒す騎士たちの活躍ばかり載っているが、対応しきれず危険な目に遭う人が増えてきた。
魔物が王都を駆け、店頭に並ぶ商品やものを破壊する。
それを恐れて店は閉じられ、街を歩く人の姿も減りつつある。
王都の雰囲気は悪くなる一方だ。
今まで騎士たちが偉そうな態度を取って接してきた街の自警団をも頼らなければいけない状況に陥り、とうとう魔物に襲われて怪我をする人もでる事態――。
死者が出てもおかしくない状況だったが……それはなんとか食い止められていた。
王都の住民に命の危機が迫ると、黒衣の兵たちが助けに駆けつけてくれるのだ。
そのおかげで最悪の事態は免れたものの、人々の間には疑問の声が広がっていた。
——どうして助けてくれるのだ?
——助けてくれるのなら、どうして最初から守ってくれないのだ?
——そもそも新聞の内容の真偽は?
そういった声が広がると同じ頃、新聞が騎士の殉職を伝え始めた。
今まで大々的に一般騎士の死亡など公表されていなかったため、現実的な被害を知った住民たちにはショックを受ける者が多くいた。
あわせて、黒衣の兵たちは『騎士は救わない』という事実に戸惑いの声もよく聞かれた。
後日、まるで『黒衣の兵たちは騎士を見捨てている』と主張したいような内容の記事が出たが、私たちは「偽物だと報じていた相手に助けて欲しいのか」と呆れるしかなかった。
一方で、表面的な情報に流されることなく、「黒衣の兵たちが住民しか救わないのは、何か理由があるのではないか」という冷静な意見も聞こえ始めていた。
教会にも動きはあり、聖女と認定したミレーヌを支えるためなのか、特別に騎士の死を悼む礼拝を執り行った。
礼拝自体は大切なことだが、あえてこのタイミングで特別に行うことには、どうしても白々しさを感じてしまう……。
そうして王都の住民たちに疑問と不安が広がる中――。
普段は存在すら感じられない精霊の歌が、人々の耳に届くようになった。
きしが なかま きずつけた
くろの なかま きずつけられた
みこさま とても かなしくて
なかまときえる しずかにくらす
みこさま まもりたい
つみなき ひとびとを
みこさま しんじる
いつか みんなが なかよく いきられることを――




