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◇番外編⑦◇夢か現実か──愛する人へ戻る選択

ジェニエット――いや、かつて中原カナデだった私は、

愛する夫グラヴィスと、小さな娘ジュリアに囲まれ、穏やかな日々を過ごしていた。


この世界で暮らすことが、もうすっかり当たり前になっていた。

元の世界に戻ることは、おそらくもうないのだろう――自然とそう思えるほどに。


……それでも、ふとした瞬間に、現代が恋しくなることはある。


(娯楽の差ってやっぱり大きいのよね〜。たまにはネット小説読みたいし、通販でポチりたいし……)


そんな取りとめのないことを考えながら眠りについた、その夜だった。


――気づけば私は、元の世界の1DKで目を覚ましていた。


スマホを片手に寝落ちした姿勢のまま、私は勢いよく上体を起こす。


「えっ……えっ!? 全部、夢……だったの……?」


部屋を見回す。


少し散らかった床。

乾いた空気。

ひとり暮らしをしていた、あの頃のままの部屋。


頬をつねれば、ちゃんと痛い。


胸の奥が、ズン、と沈んだ。


グラヴィスの温度も、ジュリアの笑顔も、優しい腕も……。

全部、夢?


(そんなはず……ない……!)


押し寄せる孤独と後悔に、喉が締まる。


「……神様……っ!」


涙が一気にあふれた。


「贅沢言ってごめんなさい!

現代の便利さなんていりません!

娯楽も通販も、全部いらないから……!


どうか……あの人たちのところに返してください……!

お願い……っ!」


だけど、何も起こらない。


静かな1DKに、私の嗚咽だけが落ちていく。


絶望で視界が滲んだその時、ふとスマホの画面が目に入った。


寝落ちして開きっぱなしになっていたはずのネット小説。

そのページに、見覚えのない“続き”が追加されていた。


「え……?」


慌てて読み進める。


そこにあったのは――

私がジェニエットとして生きてきた日々が、そのまま文字になった物語だった。


(夢じゃ……ない。あれは……現実だった……!)


手が震えながら画面をスクロールする。


そして物語の最後に、ひとつのメッセージが浮かんだ。


「こちらの世界でよろしいですか?

 もう現代には戻れませんよ?」


YES と NO の選択肢。


現代に戻れなくなるかもしれない。

それでも――


(グラヴィスの声も、ジュリアの笑顔も、二度と失いたくない……)


涙をぬぐい、私は迷わず YES を押した。


瞬間、スマホの画面から光があふれ、身体が溶けるように意識が遠のいていった――。


* * *


「……ジェニエット?」


暖かい腕。

包み込むような匂い。


ゆっくり目を開けると、そこには優しい琥珀色の瞳――グラヴィスがいた。


「うなされていましたよ。……怖い夢でも見ましたか?」


その声を聞いた瞬間、胸の奥が一気にほどけて、大粒の涙がこぼれた。


私は彼にしがみつき、子どものように泣いた。


理由もわからないまま、彼はただ黙って背をさすり、抱きしめ続けてくれた。


「これは……夢ではないのですね?

 本当に……現実ですよね……?」


震える問いに、グラヴィスは少し困ったように微笑む。


そしてそっと私の顎を指で持ち上げ、


「――ええ。もちろん、現実です」


そう言って、柔らかく口づけた。


甘い感触に胸がいっぱいになる。


(神様……ありがとうございます。どうか、もう離れ離れにしないで……。私は、この世界で生きていきたい)


私は彼の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きついた。


「怖い夢を見たのです……あなたと、ジュリアと……みんなを失う夢……

私は……死ぬまで……いえ、死んでも……あなたたちと一緒にいたい……!」


震える声で告げる。


グラヴィスは優しく髪を撫でながら言った。


「では……一生どころか、来世も。

 あなたと生きたい」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かく溶けていった。


――この世界へ来たのは、神様の気まぐれかもしれない。


でも、どうか。

どうか私は、この世界で、この家族と共に生きていけますように。


心の底から、そう願った。



---


お読みいただきありがとうございます。


ずっと書きたかった「ジェニエットが一度現代へ戻ってしまう話」。

今回ようやく形にすることができました。


便利な世界が恋しくなる瞬間は誰にでもあるけれど、

それ以上に“離れたくない人がいる”という想いを込めた番外編です。


グラヴィスが「来世も」と言う場面は、書きながら私自身も胸が熱くなりました。

少しでも、読んでくださった方の心に温かさが届いていたら嬉しいです。


今後もゆっくりですが番外編を追加していきます。

感想や応援、本当に励みになっています。

いつもありがとうございます。


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