【第36話】最終話 ― 紅に染まる奇跡 ―
城の向こう側では、民たちが戦争の勝利を祝って祝杯をあげ、街は歓声とパレードで溢れていた。
だが、そんな光景をよそに、私の胸は鉛のように重く、締め付けられていた。
カーティスお兄様を先陣に、軍隊がパレードの道を横切る。
その中のどこかに、グラヴィスがいる――
(グラヴィス、無事でいて……! 小説の強制力には勝てないの? どうか、どうか……!)
私は祈るように目を閉じ、軍隊の到着を待った。
やがて城門が開き、軍隊がゆっくりと進んでくる。
私はメアリーに支えられながら、膝が震むのを堪え、門の近くまで歩みを進めた。
私に気づいたカーティスお兄様は、気遣わしげに、そして申し訳なさそうに言った。
「……ジェニエット。すまない。私のためにグラヴィスは……まだ意識が戻っていない」
私は首を横に振り、涙を堪えながら答えた。
「お兄様のせいではありません……。ご無事で良かった……」
その瞬間、後方から馬車がゆっくりと近づいてきた。
中から、軍医に付き添われた担架に横たわるグラヴィスの姿が見える。
「グラヴィス様!!」
思わず駆け寄る私。体の力が抜けそうになり、膝が震えた。
顔から肩にかけて包帯が巻かれ、血が滲むその姿に、胸の奥が凍りつく。
「ジェニエット様!」
後ろでメアリーがしっかりと支えてくれる。
「とにかく中に入りましょう。あまり興奮なさらないよう。お腹のお子さまの命に関わります」
メアリーの声に頷き、私は震える手でグラヴィスの腕を支えながら、城内へと入った。
部屋のベッドに横たわるグラヴィスを見て、私は深呼吸をして涙を堪えた。
(しっかりするのよ! カナデ! 今、グラヴィスは闘っている。私もお腹の子とグラヴィスを守らなきゃ!)
軍医は深刻な表情で告げる。
「今日が山場です……。お力が足りず、申し訳ございません」
恐怖が胸をよぎったが、私はグラヴィスの手を取り、自分のお腹に重ねる。
「グラヴィス様……ここに私たちの赤ちゃんがいます。どうか、早く戻ってきてください……」
(お願い! グラヴィス、戻ってきて……!)
堪えきれない涙が、彼の頬にこぼれ落ちる。
そして、手を当てていたお腹が微かに動くのを感じた瞬間――
「グラヴィス様! 聞こえますか!? 私です!」
包帯されていない左のまぶたが、ゆっくりと、静かに開いた。
「……帰ってきました。暗闇の中で、貴方の声が確かに聞こえたのです」
私の名前を呼ぶその声に、涙が止まらなかった。
軍医はすぐに診察を始める。
「奇跡です! すぐに診察させていただきます。意識は戻りました。予断は許されませんが、あとは傷を癒すのみです」
グラヴィスは再び横たわるが、目は私をしっかりと捉えていた。
「……もう、大丈夫です……。こんな姿でも、怖くはないですか?」
私は両手で彼の顔を包み込み、涙を流す。
「そんなの、怖くないわ! どんなことがあろうと、グラヴィス様はグラヴィス様よ! 愛しています!」
琥珀色の瞳から涙を零すグラヴィスは、驚きながらも微かに笑みを返す。
「それは良かった。私も貴方を愛しています……心から……生きていて良かった」
私はお腹に手を当て、微笑む。
「ここに、新しい命がいます。貴方と私の、子です」
グラヴィスはさらに目を見開き、震える声で誓った。
「絶対に生きます! ジェニエットとその子を、ずっと守ります」
私たちは静かに手を重ね、赤ちゃんの鼓動を確かめながら、未来への希望を抱いた。
奇跡の目覚めは、静かに、しかし確かに訪れたのだった。
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それから数ヶ月、グラヴィスは自ら歩けるほどに回復した。
右目は光を失い、腕も以前のようには動かない。
それでも、彼は私の手を握り、互いの微笑みの中で静かに日々を取り戻していった。
お腹の子も元気に育ち、家族三人の小さな命の鼓動が、部屋に優しく響いていた。
こうして、かつて“報われない”と呼ばれた悪役宰相は、今、世界で一番幸せな夫となった。
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ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて、『転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?』は完結です。
彼が報われ、二人が家族になれたこと――それが何よりの奇跡でした。
もし少しでも心に残ったら、感想やレビューをいただけたら嬉しいです。
これからも彼らの「その後」を番外編などで綴っていけたらと思います✨




