【第34話】重なる命 ― 勝利の報せと、新たな鼓動 ―
グラヴィスたちが戦地へ向かって、一ヶ月が経った。
私は戦地での情報をすぐに受け取れるよう、グラヴィスが帰るまで城に滞在することとなった。
父上もそれをお許しくださった。
最近の報告では、ブリリアント帝国側が優勢であり、あと一週間もすれば降伏するとのことだった。
けれど――彼が帰ってくるまでは、心配が拭えなかった。
毎日無事を祈る日々。そのせいか、体調も思わしくない。
食欲はなく、身体は熱っぽく、心ばかりが落ち着かない。
「ジェニエット様、一度お医師に診てもらいましょう」
メアリーが心配そうに言う。
けれど私は小さく首を振った。
「大丈夫よ……。ただの心労だと思うの。ありがとう、メアリー」
不安と期待の入り混じる日々――。
そんな時だった。早馬が駆けつけ、戦地からの一報が届いたという知らせが入ったのだ。
私はすぐに父上のもとへ向かった。
広場には大臣たちやお兄様たち、皇后陛下までもが集まっている。
空気が張り詰め、誰もが次の言葉を待っていた。
父上は巻物を開き、朗々と声を上げた。
「皆、喜べ! ナグラート王国は降伏した。ブリリアント帝国の勝利だ!」
歓声が広場に響き渡る。
ドミニクお兄様も、アドニスお兄様も、誇らしげに顔を上げた。
だが――次の瞬間、父上の表情が曇る。
「……しかし、戦地にて、カーティスをかばい、グラヴィスが重傷を負ったとある。まだ意識は戻っておらぬようだ」
その言葉を聞いた瞬間、世界の色が消えた。
視界が滲み、耳鳴りが響く。
(うそ……そんな……)
足元から力が抜け、私の身体はゆっくりと崩れ落ちた。
「ジェニエット様っ!」
メアリーの叫び声を最後に、意識が闇に溶けていった――。
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気づけば、私は城の一室のベッドにいた。
窓から差し込む光が白く滲み、胸の奥がズキズキと痛む。
そばには、目を泣き腫らしたメアリーと、医師の姿があった。
「……いったい、私は……」
私が身を起こすと、メアリーは泣き笑いのような顔で言った。
「ジェニエット様、おめでとうございます。ご懐妊です。今はまだ初期とのことですので、安静になさってください」
「……ご懐妊?」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
(赤ちゃん……私と、グラヴィスの……?)
胸の奥が温かく震える。けれど次の瞬間、彼のことが脳裏をよぎる。
「メアリー! グラヴィス様はどうなったの!?」
メアリーは悲しげに目を伏せた。
「旦那様は今、戦地からこちらへ向かわれているそうです。……まだ意識は戻られていないようで……」
その言葉に、涙が止まらなかった。
私は両手でお腹をそっと抱きしめる。
(グラヴィス……私、あなたの子を授かったのよ。だから、お願い――どうか、生きて。早く、私とこの子のもとへ帰ってきて……)
祈るように、震える指先を胸の前で組んだ。
窓の外には、遠くで朝の鐘が鳴り響いていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
勝利の影で、彼は命を賭していた――。
次回はグラヴィス視点でお届けします。
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