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【第29話】 戦の指揮と密談の約束

あの日から一週間が経った。ナグラート王国との戦は、正式に開始されることが決まった。

属国化に不満を抱く者も出るかと思いきや、意外にも兵士たちの士気は高く、民衆の間では勝利を期待する歓声が上がっていた。

募集で入ってきた平民も、戦で功績を上げようと血気盛んに訓練に励んでいる。


(このままグラヴィスが指揮をとれば、間違いなく勝てる……)

そう思っていた矢先、私は思いがけない呼び出しを受けた。


ーーー今、私はアマデル皇妃の前に座っている。


昨夜、城から皇妃の使者が来て、ジェニエットに用があると告げたのだ。

目の前には、優雅にお茶をすする母上。


(もぉ! いったい何なのよ! 今日も時間のある限り、グラヴィスといちゃラブしたいのに! さっきからお茶ばかりで、何も話さないし……。さっさと本題にしてくれないかな……胃がキリキリするわ……)


そんなことを考えていると、アマデル皇妃は静かにお茶を置き、私を鋭く見つめた。


その視線に思わずビクリと体が跳ねる。かつてのジェニエットだった頃の感覚が蘇り、まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

だが、中身はカナデ。


(もう怖くない……母上の言いなりにはならない!)


そう強く意識して、キッと見返すと、皇妃は薄く笑った。


「……その顔、ずいぶん反抗的になったわね。宰相邸ではずいぶん幸せに暮らしているそうね。だからと言って、お前が自由になるわけではないのよ?」


(はい、出た……毒親発言……さっさと帰りたい……)


続けて皇妃は、ゆったりとした声で話を続けた。


「それと、グラヴィスは随分お前に溺れているようね……。なんでもお前の言うことなら聞くとか……」


(いったいどこ情報!? 宰相邸に密偵でもいるのかしら……。アルフォンス王子の時もそうだったけど、警備ガバガバでは……!?)


その後、皇妃は本題に入った。


「お前に頼みたいことがあるの。今回の戦、指揮権をドミニクに任せるよう、グラヴィスに伝えなさい」


「兄上に……? なぜですか?」


アマデル皇妃は、柔らかく微笑む。


「今回の戦は勝ち戦でしょう。だけど、勝てば国の利益に大きく繋がる。そこでドミニクが指揮をとれば、功績を積んで皇太子の座に一歩近づく。理解できるでしょう?」


その微笑みに、私はぞくりとした。


(やっぱり、この人は子どもを駒としか見ていない……)


「……それは、私がグラヴィス様に言ったところで、どうにもできません。兄上は指揮をとる事を望んでいるのですか?」


皇妃の表情は一瞬、厳しいものに変わった。


「ドミニクの意見は私の意見よ! お前は言う通りにすればいいの! わかった!?」


(やっぱり……話してもムダ……)


私は深呼吸し、笑顔で答えた。


「はい、わかりました。母上」


その素直な返事に、皇妃は満足したように微笑み、静かに言った。


「そう、それでいいのよ。もう用はないわ、行きなさい…」


私は頭を下げ、部屋を出た。

付き添いのメアリーが心配そうに声をかける。


「ジェニエット様、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。とにかく、グラヴィス様と兄上に相談しなくちゃ……。メアリー、手はずを整えてくれる?」


「かしこまりました。ドミニク殿下たちに密かに手紙を送ります。ジェニエット様は、旦那様に……」


こうしてーー

誰にも知られぬまま、グラヴィスと三皇子の密談が決まったのだった。



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