【第24話】結婚直後の嵐 ― 皇帝と王国の決断 ―
グラヴィスが邸に戻ると、普段とは違う張りつめた空気が邸内を包んでいた。
警備兵たちは一段と背筋を伸ばし、目は鋭く、廊下の隅に立つたびに視線を周囲に巡らせている。
メイドたちも、普段の柔らかな笑顔は影を潜め、ぎこちない動作で屋敷内を動き回っていた。
眉をひそめ、グラヴィスは静かに問いかける。
「……おい、何かあったのか?」
その問いかけよりも早く、邸の中央階段から明るい声が響く。
「グラヴィス様!」
笑顔を弾ませたジェニエットが駆け降りてきた。
グラヴィスは静かに腕を伸ばし、彼女をそっと抱きとめる。
「ただいま帰りました。……何か、おかしなことはありませんでしたか?」
ジェニエットは微笑み、
「……いいえ、なにもなかったわ」
と言う。
「そういえば、暗殺者は捕まりましたか?」
ジェニエットの問いに、グラヴィスは落ち着いた声で答える。
「はい、暗殺者は捕まりました。現在、首謀者を吐かせているところです」
その報告を聞き、ジェニエットは胸をなでおろした。
安心した表情を見て、グラヴィスは微かに笑みを浮かべる。
「……こんな時に側にいられず、申し訳ありませんでした。しかし、例の件は計画通り、順調に進みました」
さらに続ける。
「もし戦争になったとしても、こちらが圧倒的に有利です。私が指揮をとるので、勝利は確実です」
その言葉にジェニエットの顔は青ざめる。
「え……グラヴィス様が、指揮をとるのですか……?」
グラヴィスは冷静な瞳で彼女を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「はい。ナグラート王国側の返答次第ですが、まず間違いありません。相手も、無抵抗で属国化など受け入れるはずはありませんから」
ジェニエットの胸は押しつぶされるように重くなる。
「いやよ……いや! 戦争なんて……! 死んでしまうかもしれないじゃないですか! 私たちは、結婚したばかりなのに……! 行かないで……!」
涙をぽろぽろとこぼしながら、必死に縋る彼女の髪を、グラヴィスはそっと手で撫でる。
「泣かないでください。私は指揮をとるだけで、危険な前線には行きません。ご安心を」
それでもジェニエットの不安は消えない。
(もし、私が正直に話さなければ……ナグラートとは平和的に同盟を結ぶだけで済んだのに……! それとも、これも小説の運命? グラヴィスを死なせるための……!?)
胸の中でそう思い悩みながら、ジェニエットはさらに懇願する。
「なんとかなりませんか……? 戦争は嫌です。1人にしないで……」
グラヴィスは優しく微笑むと、ジェニエットの頭にそっと唇を落とした。
「大丈夫です。せっかく手に入れたジェニエットを、私が離すことはありません。必ず勝利しますから、信じてください」
その夜、二人は互いに抱きしめ合い、安心を分かち合いながら眠りについた。
冷たい戦略の話が頭をよぎっても、少なくとも今は、お互いの温もりだけが確かなものだった。
――一方、ブリリアント帝国から早馬に乗せて、ナグラート王国へ使者が送られた。
書簡を受け取った国王は、驚きを隠せず目を見開く。
「これは……どういうことだ……?」
周囲の大臣たちが慌てて質問する。
「陛下、何事です!? アルフォンス王子に、何かあったのですか!?」
しかし国王は手紙を握りつぶし、鬼のような形相で吐き捨てる。
「アルフォンスはいったい、何をしたというのだ……!? なぜ同盟が属国化になるのだ!」
大臣たちはざわめき、口々に憶測を漏らす。
「属国化ですって……!?」
「あんなに順調に話が進んでいたのに……」
「戦争になるのか!? しかし相手は強国です。勝ち目は……」
国王は心中で苛立ちを押し殺し、冷たい決意を胸に下す。
(簡単な仕事のつもりで使者に任せたのに、事態はこのようになった。実績を積ませ、皇太子に据えるつもりだったのに……バカ息子め……)
そして国王は口を開く。
「ブリリアント帝国に伝えよ。我々は属国化など受け入れぬ。戦争も辞さぬ、と」
大臣たちは恐る恐る尋ねる。
「では、アルフォンス王子の処遇は、どうなさいますか?」
国王は冷たく言い放つ。
「あやつは、王族から籍を抜く。そう伝えよ」
こうして、アルフォンス王子の知らぬ間に、事態は大きく動き始めたのだった――。
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