【第22話】禁断の侵入者
翌朝。
グラヴィスは皇帝への進言に備え、静かに支度を整えていた。
私はベッドから、その姿を見つめる。
(あぁ……今日も推しが生きてる♡
黒の装いに金の刺繍が映えて、ただ立っているだけで絵になるなんて……!)
ぼんやり見惚れていたら、ふと彼の切れ長の瞳がこちらを向いた。
優しく微笑まれて、心臓が一瞬止まりそうになる。
「……どうしました? 顔が赤いですよ」
「い、いえっ! なんでも……!」
微笑んだまま、彼は私の傍に腰を下ろす。
「怪我人が無理をしてはいけません。今日からは安静ですよ」
そう言い、額に軽く唇を落とした。
思わず潤んだ瞳で見つめると、グラヴィスが喉の奥で笑った。
「……そんな顔をされたら、出かけられなくなります」
「じゃあ、行かなくていいです」
「困らせないでください」
唇が重なる。
一瞬なのに、世界が止まったようだった。
「夜には戻ります。あの男――王子には、決して会わぬように」
「はい。……早く帰ってきてくださいね」
彼は苦笑を漏らしながら、そっと私を抱きしめた。
「あなたという人は……。どうしてそんなに可愛いのです」
胸の奥まで甘く痺れる余韻を残して、彼は城へと向かった。
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昼を少し過ぎたころ、メアリーが部屋に入ってきた。
「ジェニエット様。アルフォンス王子が、お見舞いに来られました」
「……また?」
「ですが、旦那様のご命令通りお断りしました。少しご立腹でしたが、お帰りになりました」
(まぁ自分のせいで怪我したんだからお見舞いには来るわよね。でも何度もしつこい!)
そう思いながら、どっと疲れが出てベッドに横たわる。
――いつのまにか、眠っていた。
けれど、ふと気配を感じて目を開けた瞬間、私は息を呑んだ。
「……!」
そこには、衛兵の姿をしたアルフォンス王子がいた。
目が合うと、彼は慌てて口元に指を当てた。
「声を出さないでください。お願いです」
「な、何を――」
言いかけた唇を、彼の手が塞ぐ。
恐怖で体が震える。
「驚かせてすみません。ただ、あなたの無事を確かめたくて……。誰も取り合ってくれないんです。あなたの怪我を案じているのは、私だけで……」
その瞳は熱に濡れ、言葉とは裏腹に異様に近い。
(は? 距離感! 近い! めっちゃ怖いんだけど!?)
「王子、離してください!」
必死に押し返す私の手を、彼はそっと掴んだ。
「ほんの一瞬でいい。貴女の温もりを感じさせてください……」
ゆっくりと顔が近づく。
あと少しで唇が触れそうになった――その瞬間。
私は思いきり手で顔を押し返した。
アルフォンスが顔をしかめる。
「この無礼者! 何をしているのですか!」
アルフォンスは苦痛に顔を歪めながらも、笑みを崩さない。
「……気の強い子猫ちゃんだな。そこも魅力的だ」
「近寄らないで! 今すぐ出て行って!」
ちょうどそのとき、廊下から衛兵の足音が響いた。
「ジェニエット様!? 何かありましたか!?」
アルフォンスは舌打ちをして、窓のほうへ駆ける。
「また、会いに来ます」
そのままカーテンを払って飛び出していった。
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すぐにメアリーが駆け込んでくる。
「ジェニエット様! 一体何が――!?」
「……衛兵の格好をした不審者が入ってきたのよ」
「なんですって!?」
怯えるメアリーに声を抑えて問う。
「どうして、こんな簡単に侵入できたの?」
現れた衛兵が青ざめながら報告した。
「警備をしていた者が新人で、交代だと信じてしまったようで……」
上官が怒鳴るように頭を下げる。
「申し訳ありません! どんな処分でも――」
「いいわ、命までは取らない。でも、次はないと思って」
「感謝いたします!」
メアリーが震える声で訊ねた。
「……それで、どなたでしたの? その“不審者”とは。見覚えは?」
私は静かに答える。
「アルフォンス王子。間違いないわ」
「な……なんてことを……! すぐに旦那様に――!」
「待って。今は駄目」
ゆっくりと首を振る。
「もし今知らせたら、あの人……グラヴィスはきっと殺してしまう。王子も、衛兵も、関係なく。そんなことになったらすぐに戦争よ」
メアリーは息をのむ。
私は拳をぎゅっと握りしめた。
「彼が帰るまで待ちましょう……」
そして、眠れぬ夜を迎えるのだった。
---その頃、城ではグラヴィスと皇帝がナグラート王国の属国政策について密談していた——
次回、二人の密談をお楽しみに。
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