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【第21話】砂漠に咲く花( 〜アルフォンス王子視点〜)

私はナグラート王国第三王子、アルフォンス・ミルジュ・ナグラート。

 誰もが振り向く美貌と才気を持ち、そしてそれを自覚している。

 思い通りにならなかったことなど、これまで一度としてなかった。

 人々は私を称え、女たちは誰もが恋い焦がれる。

 国王陛下の信頼も厚く、順風満帆な人生——そう、完璧だった。


 そんなある日、陛下より新たな命を授かった。

 隣国ブリリアント帝国への使節として、同盟交渉に赴けというものだ。

 我がナグラート王国は天然鉱石が豊富な国。この同盟を成功させれば、王位継承権を持つ私にとって大きな実績となる。

 第一王子も第二王子も側室の子。正妃の子である私が一歩抜きん出れば、王座は夢ではない。


 その野心を胸に、私は兵を率い、灼熱の砂漠を越えブリリアント帝国へと赴いた。

 最初こそ「砂と埃ばかりの国など」と軽んじていたが、帝都を目にした瞬間、その思いは打ち砕かれた。

 陽光を受けて金色に輝く城壁、整然と並ぶ兵士たちの鎧、街には活気と秩序が満ちている。

 なるほど、この国こそ強国。

 ここを味方につければ、ナグラートの未来は盤石だと確信した。


 皇帝との謁見までは数日かかるとのことで、私は帝国宰相の邸に滞在することとなった。

 案内されたその邸は——圧巻だった。

 白大理石の回廊、煌めく噴水、庭園に飾られた精緻な石像。

 柱の一本にまで金の細工が施され、夜になると灯火が宝石のように瞬く。

 この国の富と権力を象徴するような邸だった。


 だが、同盟を結べば立場は対等。

 いずれこの宰相も、私の言葉に従うことになる。そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。


 夕刻、私は招かれるまま豪奢な食卓へと向かった。

 そこで待っていたのは宰相と、その夫人。

 整えられた料理はどれも美しく、香り高い。銀器に映る自分の顔に微笑みながら、杯を傾けていた時——。


 夫人が、私の杯に酒を注いだ。

 白く細い手、ほのかに漂う花のような香り。

 この国の女性は皆、ベールで顔を覆い、家族以外の男に素顔を見せぬ掟だという。

 ゆえに、彼女の顔も見えぬはずだった。

 だが、ふとした拍子にベールを留めていた金具が、かすかな音を立てて外れた。


 ――ひらり。


 柔らかな布が宙を舞い、白い光のように落ちる。

 そして現れたその素顔に、息を呑んだ。


 銀糸のような髪、宝石めいた青の瞳。

 唇は花弁のよう、頬は雪のように透き通っている。

 その瞬間、胸の奥が高鳴った。思わず、言葉が零れ落ちる。


 「……美しい。」


 その声に、隣の宰相が鋭い眼差しをこちらに向けた。

 「アルフォンス王子。女性をそのように見つめるのは、この国では無作法です。

  ——妻を、あまり見つめないでいただきたい。」


 低く、冷たい声。

 その声音に、妙な敗北感を覚えた私は、苦笑を浮かべて返す。

 「すみません。あまりの美しさに、つい——。」


 彼女の名はジェニエット。

 宰相の妻であり、かつて帝国の公女だったという。


 その所作は優雅で、言葉には無駄がなかった。

 まるで磨き抜かれた詩のように、理にかなった一挙手一投足。

 美と知性が同居するその姿に、私は息を呑んだ。


 その夜、寝台の上で天蓋を見上げながら、私は何度もその名を反芻した。

 ——ジェニエット。

 美しき銀の姫。

 もし、私がこの同盟を成功させ、いずれ王となれば……彼女を手に入れることも夢ではない。


 そう思うと、胸の内が熱くなった。

 彼女の瞳をもう一度、この手で確かめたい。

 私はすぐに筆を取り、想いのこもった手紙をしたためた。

 メイドに託し、彼女へ届けさせる。

 あとは返事を待つばかり——だった、が。


 ……返事は、来なかった。


 どういうことだ? 私の手紙を無視する?

 これまで、私を拒んだ女など存在しない。

 まさか、メイドが届け損ねたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。

 そう思い、私は庭園の柱の影に身を潜め、彼女が現れるのを待った。


 そして——彼女は現れた。


 淡い衣をまとい、月光を受けて銀髪がきらめく。

 あまりの美しさに我を忘れ、思わず手を伸ばしてしまった。

 その腕を掴み、引き寄せる。


 「手紙、読んでいただけましたか……?

  私は夜も眠れず、貴女の返事を待っていました。」


 だが、彼女は怯むどころか、毅然とした瞳で私を見つめ返した。

 「無礼です! 手をお離しください。手紙は読みました。

  ですが、気持ちにお応えできません。私は愛する夫がいます。

  こんなところで誰かに見られでもしたら、誤解を招きます。」


 その拒絶の言葉に、むしろ胸が高鳴った。


 きっと照れているに違いない。

 私の手を振り払い去っていく姿に、なぜだか微笑みがこぼれた。

 ——手に入れたい。必ず。


 数日後、皇帝との謁見を控えた最後の晩餐。

 私は彼女を見つめていた。

 視線が合った気がしたが、彼女はそっと目をそらす。

 ……やはり照れているのだ。

 その時だった。


 「危ない!」

 鋭い声とともに、彼女の身体が動いた。

 次の瞬間、私の隣の椅子に短剣が突き刺さる。


 ——暗殺。


 兵が動き、私は部屋の奥へと避難した。

 安全な場所に身を隠したあと、先ほどの光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 彼女が、私を庇って——。


 「私のために……命を懸けたのか。」


 熱が、胸の奥からこみ上げてくる。

 彼女の白い肌に傷がついたと聞き、思わず拳を握りしめた。

 痛ましく、そして愛おしい。

 ——やはり、彼女は私を想っているのだ。

 そうでなければ、あのような行動をとるはずがない。


 私は確信した。

 彼女こそ、私の運命の人。

 明日、彼女の見舞いに行こう。

 その微笑みに、もう一度触れるために。





アルフォンス王子視点、いかがでしたでしょうか?

彼の中では、もうすっかり恋が始まってしまいましたね……!

ジェニエットの一途な想いと、アルフォンスの勘違いがどう交わっていくのか。

次回もぜひお楽しみに✨

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