【第18話】涙と口づけ
グラヴィスは私を抱き上げたまま、自室へと急いだ。
扉を開けると、ためらいもなくベッドへと歩み寄り、そっと私を横たえた。
そして私の手を取り、額に押し当てて深く頭を垂れる。
「……本当に、無事で良かった……」
低く漏れた声には、張り詰めていた糸が切れたような安堵が滲んでいた。
その震える吐息に、胸の奥が締めつけられる。
(こんなに心配をかけてしまって……。でも、こんなにも想ってもらえて……幸せ……。
だけど私は、彼をこんな顔にさせたくなかったのに……)
熱いものがこみ上げ、頬を伝って涙が落ちた。
その瞬間、グラヴィスがはっと顔を上げる。
「傷が痛むのですか!? すぐに医師を――!」
慌てて立ち上がろうとする彼の袖を、私はぎゅっと掴んだ。
「……違うんです。腕なんて痛くありません」
「ではなぜ――」
「……あなたが、そんな顔をしているのが辛いんです。
私、あなたを心配させたいわけじゃない。
……本当は、幸せにしたいのに」
涙交じりに告げると、グラヴィスは息を呑み、しばし言葉を失った。
やがて静かに息を吸い、真っ直ぐに私を見つめる。
「貴方の行動は勇敢で、誰にも非難されるものではありません。
けれど……どうか、二度と自らを危険に晒さないでください。
ナグラートの王子の命などより、私は貴方――ジェニエットの方が、何倍も大切なのです」
その言葉に、胸が高鳴るのを止められなかった。
(グラヴィス……そんなに、私を……)
「……グラヴィス様」
気づけば、私は彼の頬に触れていた。
「もう二度とあんなことはしません。あなたを悲しませたくないから。……私、グラヴィス様のことが――好きです」
その瞬間、彼の瞳が揺らぎ、静かに私を抱き寄せた。
唇が触れ合い、世界が音を失う。
最初はためらうように、次第に確かめ合うように深く――。
唇の温もりが心の奥まで伝わっていく。
「……ジェニエット」
彼が私の名を囁いた。その声が震えている。
「申し訳ありません……貴方は怪我をしているのに、私は……」
「いいんです……」私は微笑んだ。
「グラヴィス様を感じていたいの。あなたが生きていて、ここにいる……それだけで幸せなんです」
グラヴィスは小さく息を呑み、そして再び唇を重ねた。
今度はゆっくりと、けれど確かな熱をもって――。
時間が止まったようだった。
彼の指先が私の髪を梳き、頬を撫でる。
互いの鼓動が重なり、ひとつの旋律のように響く。
やがて唇が離れたとき、彼の瞳には深い優しさが宿っていた。
「……どうか、二度と私を怖がらせないでください。貴方を失うことだけは、耐えられない」
「はい……約束します」
私は微笑み、彼の胸に顔を埋めた。
そのぬくもりに包まれたまま、穏やかな眠気が訪れる。
(この腕の中なら、もう何も怖くない……)
まぶたが静かに閉じ、私はそのまま深い眠りへと誘われていった。
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お読みいただきありがとうございます。
ジェニエットとグラヴィス様が互いの想いを確かめ合う、特別な回でした。
次回は、アルフォンス王子との件が二人の間に影を落とします――どうぞご期待ください。




