【第16話】挑発の庭園――無礼な王子
手紙を読み終えると、私は思い切りビリビリに破り捨て、暖炉の炎に投げ入れた。
(なんてやつ……! 招かれた家の妻に恋文だなんて、サイテー! 顔しか取り柄ないのに、どこがいいのよ!)
隣でメアリーが小さく眉を寄せる。
「よいのですか? 手紙の返事は……?」
「無視でいいわ! こんなもの。誰かに見られたら誤解されるだけ」と私は答えた。
(早く、帰ってくれないかな……来賓だし、無下にはできないけれど……)
翌日、私は平静を装いながら庭園を散策していた。
メアリーと歩き、花や噴水を眺め、なるべく心を落ち着けようとしたその時――
柱の影から、あの黄金の瞳が現れた。
アルフォンス王子だ。
彼はさっと私を引き寄せる。
「……!」
メアリーが慌てて後ずさる。
私も驚き、動けずにいると、王子は低く、切実に言った。
「手紙、読んでいただけましたか……? 私は夜も眠れず、貴女の返事を待っていました」
(知らんがな!)
内心そう思いながらも、相手は国の来賓。できるだけ冷静を装う。
「無礼です! 手をお離しください。手紙は読みました。ですが、気持ちにお応えできません。私は愛する夫がいます。こんなところで誰かに見られでもしたら、誤解のもとです」
王子は目を見開く。
「……意外だな。私に興味はないのですか?」
「まったくございません! お離しください!」
私はきっぱり答える。
すると王子はふっと笑みを浮かべ、茶目っ気を含んだ声で言った。
「私にこれほどハッキリ断る女性は、貴方が初めてです。ますます欲しくなりました」
私はフンッと踵を返してメアリーを連れ歩き出す。
後ろからまだ視線を感じるが、振り返らず足を進めた。
部屋に戻ると、苛立ちを抑えきれず、クッションをベッドに叩きつける。
「なんなの、アイツ! 超自信過剰でキモいんですけど!」
メアリーが戸惑いながら尋ねる。
「私がおりながら、申し訳ございません。このことは旦那様には……?」
「……いいわ。黙っていて。誤解は避けたいし、相手は国の大事な来賓。帰るまでは用心して過ごすだけ」と私は答える。
だが、その判断が後に思わぬ事態を招くことを、まだ私は知らなかった――。




