【第14話】蜜月の朝――名前で呼んで
朝の光が、淡くカーテンを透かして部屋の中に流れ込んでいた。
昨夜の香油の甘い香りがまだ漂い、静けさの中に幸福の余韻だけが残っている。
隣に眠るグラヴィスの寝顔を、私はそっと見つめていた。
長い睫毛の影、静かな呼吸、少し緩んだ唇。
(ふぁぁぁ……♡ 推しの寝顔……近い、近すぎる……! かわいい……♡)
昨夜のことを思い出すたび、頬が熱くなる。
指先には、彼の手の温もりがまだ残っていて、それだけで胸がいっぱいになった。
(本当に……私はこの人の妻になったんだ。夢じゃないんだよね……?)
そんなふうに小さく息を呑んでいると、グラヴィスのまつげがわずかに震えた。
彼はゆっくりと目を開き、眠たげな瞳でこちらを見る。
そして、柔らかく微笑んだ。
「……もう、お目覚めになったのですか?」
低く穏やかな声。
朝の静けさの中に溶けていくようなその響きが、耳の奥に残る。
「まだお早い。ゆっくり休まれては? ……身体も、お辛いでしょう」
気遣うように囁く声に、胸の奥がじんと熱くなった。
(もぉ……優しすぎる。こういうところが大好きなんですけど♡)
「ありがとうございます。でも……大丈夫です。身体はそれほど……。ただ、幸せで胸がいっぱいで、眠っていられませんでした」
恥ずかしさをこらえながら言うと、グラヴィスは目を細め、頬をわずかに染める。
そして、ゆっくりと体を起こして私を抱きしめた。
「……あぁ。なんて可愛い方だ。私の方こそ、夢のように幸せです」
彼の声が耳元に落ちる。
その瞬間、胸が跳ね、心が溶けていくようだった。
グラヴィスの指が私の髪をすくい上げ、頬を撫でる。
そして、そっと唇が触れ合った。
柔らかく、優しく、けれど確かに愛を伝える口づけ。
時間が止まるように感じた。
(こんな朝が、ずっと続けばいいのに……)
そう願った瞬間――
「グラヴィス宰相様、もうすぐ朝議のお時間です!」
扉の向こうから部下の声が響いた。
私は思わずぴくりと肩を震わせ、グラヴィスは小さくため息をつく。
「……わかった、少し待て」
短く返事をした彼は、申し訳なさそうに私を見つめた。
「慌ただしくて、すみません……。本当は、ずっとこうしていたいのですが……今、皇帝の信頼を失うわけにはいきません」
「……ええ。わかっています」
本当は寂しかった。
でもその真面目さが、彼らしくて――また、そんな彼が好きだった。
「後日、必ず時間をとります。その時は……静かに蜜月を過ごしましょう」
その言葉に、胸がきゅうっと締めつけられる。
私はそっと微笑みながら頷いた。
「……わかりました。お仕事、頑張ってください。
それと……ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「お願い?」と首を傾げる彼に、私は少し顔を赤らめながら言った。
「……もう、“あなた様”じゃなくて……名前で呼んでください。
私は、もうあなたの妻なのですから」
言い終えた瞬間、鼓動が早くなる。
グラヴィスは驚いたように目を瞬かせ、やがて微笑んだ。
「……はい、ジェニエット」
その声に、胸が震えた。
名前を呼ばれるだけで、全身が温かく包まれていくようだった。
グラヴィスはそっと身を寄せ、額に口づけを落とす。
「あなたは……本当に、可愛いことばかり言いますね。
大切にします。これからも、ずっと」
(おでこキス……! 破壊力、半端ないっ♡)
思わず笑みがこぼれ、私は彼の胸の中で目を細めた。
朝の光が、二人を柔らかく照らす。
その日、私たちは“宰相とその妻”として、初めての朝を迎えた。
それは、永遠の始まりを告げる、甘く幸福な夜明けだった。
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婚礼後、二人の初めての朝を描きました♡
名前で呼ばれるだけで胸がいっぱいになるジェニエット、尊すぎますね✨
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次回はいよいよ、アルフォンス王子が初登場です。お楽しみに!




