第33話 裁きの結果
私の帰還を知らせる号令が、謁見の間に響き渡る。それと共に、私は赤い絨毯の上を歩いていく。周りには、我がアルフェリオン王国の重鎮たちが立っているのだろう。視線は痛かったが、そのほとんどは厳しいものではなかった。
それは偏に、正面の玉座に座るお父様の存在が大きいのだろう。前を見据えると、お父様の頭には王冠が乗っていた。いつもお会いする時はしていない、国王としての姿だった。
「よくぞ、無事に戻ってきた」
「まるで戦にでも行っていたかのようなお言葉ですね。けれど……リュシアナ・アルフェリオン、ただいま戻りました」
私を避難させるために作り上げた名目もあったせいか、少しだけ皮肉を言いたかった。だが、そこはお父様。国王なだけあって、ビクともしていない。
「ある意味、似たようなものだろう。離宮へ向かう道中、何者かに狙われたと聞いたぞ」
「確かに襲われましたが、王宮に残っていた私の侍女と護衛騎士のお陰で怪我もなく、無事に着くことができました。どうか、私の侍女と護衛騎士に褒美を授けてください」
「いいだろう。それについては後ほど希望を聞くとしよう」
「ありがとうございます」
カイルがミサの分も含めて礼をした。私はその姿に安堵し、再び前を向き、お父様を見据える。
「だがリュシアナよ。言いたいことはそれだけか? お前を狙った者について。いや、その者たちがどうなったのか、もしくはその首謀者が誰なのか、詳細を知りたいとは思わないのか?」
「いいえ。王宮へ帰還する折に、だいたいのことは聞きました。私を狙ったのは、トリヴェル侯爵家の手の者だということ。その裏には……お姉様がいらっしゃる、ということも」
「うむ。ではその者らが、この王宮で拘束されているのも、当然、知っておろうな?」
「はい」
私が返事をすると、まるで打ち合わせをしていたかのように、謁見の間の隅から痩せ細った御老体が姿を現した。その後ろにはガタイのいい騎士が、張り付いている。手を後ろで縛るなどしないのは、おそらくこの場にご側室様、エリーゼ様がいらっしゃるからだろう。
謁見の間に入った時、入り口付近にいるのを見たのだ。エリーゼ様もまた、現れたトリヴェル侯爵のように痩せ細っていた。二人とも、お姉様と同じ赤褐色の髪と茶色い瞳をしていたから、すぐに分かった。
「お前なら、この者らの処分をどうする?」
「私が決めてよろしいのですか?」
「被害者はお前だ、リュシアナ」
この者ら、ということは、トリヴェル侯爵とエリーゼ様の双方のことだろうか。それとも……。
「では、お父様にお願いがございます。その者らに指示を出し、我がアルフェリオン王国に戦争を仕掛けた者を先に裁かせてください」
「っ! リュシアナ殿下! 私は誰かの指図など受けてはおりません!」
「トリヴェル! 発言を許可した覚えはないぞ」
お父様の声よりも先に、トリヴェル侯爵の後ろに控えていた騎士が、乱暴に取り押さえた。私に叫ぶだけではなく、向かって来ようとしたからだ。
勿論、私はカイルが前に出ていたお陰で何もないけれど……だからこそ、冷静にトリヴェル侯爵に向き合うことができた。
「指図を受けていないというのなら、なぜ私を狙ったの? エリーゼ様もまた、私の命を狙っていたのかしら」
「娘にそのような度胸はありません!」
咄嗟に出た言葉だったのだろう。トリヴェル侯爵は言い放った後、しまったという顔をした。だが、もう遅い。
「では、トリヴェル侯爵が私を狙った理由は何かしら? 私とあなたの共通点はお姉様とエリーゼ様だけ。けれどエリーゼ様ではない、というのなら、やはりお姉様しかいないわ」
「しかし……」
「お姉様を庇いたいのは分かるわ」
ノルヴィア帝国へ輿入れる前に、王宮でわざわざ結婚ブームを起こさせた人物だ。お姉様の幸せを願っていなかったわけではないだろう。
「だけど、あなたを窮地に追いやったのもまた、お姉様よ」
「それは違います。私が娘を……周りの言葉に乗って、娘を嫁がせたのが原因なのです。クラリーチェ殿下は、愚かな私の被害者ともいえましょう」
「……だが、不自由な想いをさせてはいなかった」
「どこがよ!!」
突然、背後からお父様の言葉を否定する、大きな声が聞こえた。振り返ると、汚れたドレスに身を包んだお姉様の姿があった。赤褐色の髪の毛を後ろで一つにまとめているが、綺麗とは言い難い。
「皆に煙たがれ、陰口を叩かれる。公務もさせてもらえないから穀潰しだと言われる始末。これのどこが不自由じゃないっていうのよ!」
「オクタヴィアを殺害した人間に、公務を任せると思うか!」
お姉様の茶色い瞳とお父様の水色の瞳がにらみ合う。しかし謁見の間では、事情を知らない者たちからの驚きの声が上がっていた。
「王妃様を殺害!?」
「ではやはり……」
「いや、今の話だとエリーゼ様ではなく、クラリーチェ殿下の方ではないか?」
その声に戸惑っているのは、エリーゼ様だけで、お父様とお姉様は微動だにしていなかった。つまり、二人とも覚悟ができているということである。それならば私も、と貴族たちに向かって口を開いた。
「皆さま、落ち着いてください。お姉様がお母様を殺害したのは事実です。こちらにそれを告白した手紙があります。これには、お母様の殺害だけではなく、お父様への復讐のために、アルフェリオン王国に戦争を仕掛けたことも記されているのです」
「では、やはりあの噂は本当だったということですか? 自白されている手紙が存在すると」
「えぇ。私はお父様からこちらを読ませてもらい、今回噂を広めてもらいました」
「広めたこともまた、事実だったとは……」
「皆さまに混乱を与えてしまったことは、申し訳ないと思っています。けれどお父様への復讐のためだけに、国民が巻き込まれる姿など見たくなかったのです」
手紙を持っていない方の手で、胸を押さえた。すると、私の態度と発言が気に食わなかったのだろう。お姉様が鋭い目で私を見てきた。
「いい子ぶって。いつもそうやって、影から私の邪魔をする。表立ってお母様と私を蔑ろにしているお父様とお兄様よりも、お前が一番陰険なのよ」
「影から、というのなら、お姉様も同じです。ノルヴィア帝国を使って、復讐をしようとするなんて」
「お前の占いを信じたからよ。皇太子を支えて差し上げただけのことなのに、どうして非難されるのかしら?」
「っ!」
やっぱりあの占いの結果が引き金だったんだ。思わず怯みそうになったが、後ろからカイルがそっと肩に手を乗せてくれた。弱気になってはいけない。
「私の占いは、人を不幸にするためのもではありません。幸せになるための背中を押しているのです。勝手に悪用したお姉様に非難される覚えはありません!」
「悪用? 私にとってお前が不幸になることが幸せなのよ。お前がいるから、私もお母様も不幸になる」
そんなはずはない、と言いたかったけれど、お姉様の瞳はもう私を映してはいなかった。泣き崩れるお姉様。
「私には、幸せになる未来を見てはいけないの?」
一歩、お姉様に近づこうとした瞬間、カイルに腕を掴まれた。その隙をついたかのように、私の横をエリーゼ様が通り過ぎる。
「どうか、お願いです。この子の罪は私がすべて受けます。だからこの子の命だけは取らないでください」
「エリーゼ様……」
お母様の殺害の犯人が判明した時、エリーゼ様がお姉様を庇ったのだと聞いた。その時も、このように懇願したのだろう。私はエリーゼ様ではなく、お父様の方に向かって言い放った。
「提案があります」
「……聞こう」
「ありがとうございます。お姉様はすでに、戦争の発起人として民に周知されています。そのため、エリーゼ様の望み通りにすることは難しいと思われます」
「っ!」
エリーゼ様の息を呑む声が聞こえたような気がしたが、私はそのまま言葉を続けた。
「しかし戦争は回避され、死者も出ていないため、離宮のような場所に身を置く方がよろしいかと」
「そうだな。これまでと変わらぬ処置をしたのであれば、民たちも納得しないだろう。しかし民たちが容易に近づける場所では、何が起こるか分からぬ。それを考慮すると、そうだな」
お父様は一旦、間をおいた後、お姉様とエリーゼ様に向かって言い放った。
「クラリーチェ・アルフェリオン。オクタヴィア殺害、ならびにノルヴィア帝国との戦争を起こそうとした罪により、絶壁の古塔に幽閉する」
「古塔に? 嫌よ、そんな場所に私は……」
「クラリーチェ。大丈夫よ。私も一緒に行くから」
「それはダメだ」
「なぜですか!?」
エリーゼ様は悲痛の声を出していたが、私にはお父様の懸念が理解できた。
「此度のことを思い出せ。共にいたからこのような結果になったのだ。故に、エリーゼは王宮に残ることを命じる」
そう、いわばエリーゼ様は人質だった。お姉様がこれ以上、おかしな真似をしないことへの。それと同時に、エリーゼ様に対して蔑ろにはしない、というお父様の最大限の配慮だった。
けれどエリーゼ様本人にとっては、絶望なのだろう。お姉様に覆いかぶさり、親子二人の鳴き声が謁見の間に響いた。




