第25話 重なる不穏
お兄様が失言した翌日。まるで私のご機嫌取りをするかのように、占いに使用していい部屋をあてがわれた。けれどそれで私の気持ちが晴れる、と思ったら大間違いだ。
「グレティスのこと。二人は知っていて、ずっと私の耳に入れないようにしていたのよね」
前も私のことを気遣って、先回りな行動をしていたから、釘を差したのに……また、同じことをされた。あの時はミサだったけれど、グレティスの件はお兄様の反応から見ると、カイルの独断だろう。
「確かに私が聞いたところで何も対処できないし、行動も起こせないのだから無理はないけれど……一言あっても良かったと思うの。一応、私も関わっていたのだから」
「申し訳ありません。けして、リュシアナ様を軽視したわけではなく、その……」
「私のことを思ってのことだとは分かっているわ……それにね、カイル。護衛対象は上司でもなければ主でもない。報告する義務だってないの」
だからあなたの取った行動は正しい。最優先に私のことを考え、出たのがその行動なのだから間違ってはいない。
そう、頭では理解できた。けれど感情は違うと主張し、さらに私を突き動かした。
「あなたの主は誰? お父様でしょう。私に謝るべきではないわ」
「リュシアナ様……」
「ミサ。占い部屋に行くから、準備をして」
「姫様……」
「これ以上、私を失望させないで」
「……はい」
記憶喪失になっていた私を、献身的に支えてくれたミサとカイル。本当はこんな態度を取りたくなかった。いつものようにニコリと笑い、「これから気をつけてくれればいいわ」と二人を許せばいいのに、口から出るのは厳しい言葉ばかり。
どうしてイライラするの?
私は占い部屋に入るとすぐに、タロットカードに質問をした。そして出てきたのは……。
「『THE TOWER』(塔)」
精神の乱れと人間関係の崩壊?
本来は衝撃的な変化とか、予期せぬアクシデントとか、あまりいいイメージを持たないカードだ。どうしてこのカードが、と思った瞬間、稲妻の絵に目が留まった。
これはまさに今の私の怒りだ。塔から落ちる二人の姿が、ミサとカイルのようにも見える。
「なんて酷いことを……」
今日の占いが終わったら、二人に謝ろう。しかしカードは別のことを示唆していたのか、招かれざる客がやって来た。
***
いや、当然の客なのだが、心がいやにざわつく。
さっき、塔を戒めにしたばかりだというのに、ダメね。相手には助言を与えられるのに、自分への助言は簡単に覆してしまう。
私は気を引き締め、目の前の相手を見据えた。
「今日はどのようなご用件ですか? お父様が占ってもらいに来た、というわけではないですよね」
「ユーリウスが失言をした、と聞いたのでな。様子を見に来た。思ったよりも怒っているのだな」
「……お兄様に頼まれたのですか? 私のご機嫌取りに成功したのか、見てきてほしい、と」
この占い部屋は、まさにそのためのものなのだ。お父様が様子を見に来ること自体、何も不思議ではない。けれど事情が事情なだけに、どんどん言葉が冷たいものになっていった。
「それもあるが、警告しに来たのだ」
「けい、こく?」
「王族であれば、自分が下した判断で、民の命や人生が変わってしまうことが多々ある。リュシアナにはそのような覚悟など持たず、自由に伸び伸びと生きてほしかったのだ」
「つまり、グレティスの件はお父様の命令、というのですか?」
「あの時、お前は三度倒れた後だった。負担をかけたくなかったのだ」
リュシアナに愛する妻の面影を感じているお父様なら、それもまた理解できる。お母様は病弱だったのだから、尚更だ。
「けれどその後、何度だって言うチャンスはあったはずです。今の私は、あの時の私ではありません! 王族として、受け入れる覚悟ができています」
「ならばその覚悟を見せてもらおうか」
「えっ……」
急にお父様の纏う空気が変わった。優しく、娘を思いやる父親から、威厳のある国王へと。
「今朝、ノルヴィア帝国から宣戦布告の書簡が届いた」
「どうしてですか? まさか、お姉様が?」
いや、あり得る。だってお父様はそれを危惧していたから、お姉様を遠ざけたのだ。
「これもまた、復讐なのだろうな。夫となった皇太子を唆し、祖国に戦争を仕掛け、滅亡を企てる。気がついた時にはすでに、トリヴェル侯爵邸はもぬけの殻だった。側室も王宮から姿を消している」
「……それだけ、お姉様が本気だということですか?」
「だろうな。おそらくクラリーチェはリュシアナの占いでヒントを得たのだろう。覚えているか? あの時、クラリーチェは決心がついた、と言ったのだ」
覚えている。私はその言葉を、結婚に当てはめたからだ。けれどお姉様は、アルフェリオン王国を滅亡させる決心がついた、と受け取っていたなんて……。
「つまり、何がいいたいか分かるな、リュシアナ」
「はい。すべて私の責任です」
「陛下! それは違います! リュシアナ様はクラリーチェ殿下の幸せを願っただけです!」
カイルが私の横に来るほど前へ出て、お父様に抗議をした。さっき、あれほどカイルを責めたのに、私を庇うなんて……抱きつきたくなるほど嬉しかった。
私は感情を押し殺すために目を瞑った。
「いいのよ、カイル。お父様はその責任を私に課すために、ここへ来たのだから。そうですよね」
「あぁ。王族として、またクラリーチェに占った責任として、リュシアナに命じる」
私は膝の上にある手を握りしめた。
「ノルヴィア帝国との戦争、我がアルフェリオン王国の運命を占え」
「それは……占えません」
「なんだと! 民には散々占っておいて、国のために占えないとでもいうのか!?」
「違います。戦争ということは、多くの人の命運が左右されるからできないのです」
占いにも禁忌とされていることがある。
人の生死に関わること。
試験やギャンブルなどの勝敗に関すること。
犯罪に関すること。
他にも色々あるけれど、お父様が私に命じているのは、すべてこれに該当する。占える、わけがない……!
「占いとは、未来を決定づけるためにするものではありません。未来を豊かにさせるために、ほんの少しだけ背中を押すような、そんなアドバイスをカードが教えてくれるのです。だから――……」
「アルフェリオン王国が滅びれば、お前も無事ではないのだぞ。それでも無理だというのか!」
「……禁忌を犯すことはできません!」
「王命だとしても、か?」
「はい」
お父様の水色の瞳が私を見つめる。強い意思が宿った、美しい瞳。それでいて、頑固そうな瞳だと思った。
この水面を揺るがすことなどできないのでは? と思った瞬間、波紋が見えたような気がした。が、やはり見間違いだったようだ。
「聞けないというのは、王命に逆らったことと同じ。リュシアナ・アルフェリオン。王女としての義務すら果たせない者など、王宮にいる資格はない。直ちに出ていけ」
冷たく言い放つお父様の声が、無情にも与えてもらったばかりの占い部屋に響いた。けれど私の心に響いたのは、悲しみではなく安堵だった。
これで一人になれる。今はただ、カイルのことも、ミサのことも、家族の問題からも……距離を置きたい。心が……壊れそうだった。




