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UNITED  作者: maria
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 店を出てから五時間をかけて、新幹線はリュウジの育った施設にあるA県に辿り着いた。そこに来て初めて、リュウジはリュウイチにもアイナにも、自分が帰郷することを連絡しなかったことに気づいた。上京してから今までに何度も帰りたいと彼等に伝えてきたのに、いざ帰るとなったら何も言わずに行くことが、彼らを甚く驚かすことは明らかであった。もしかしたら施設長が彼等に話をしたのかもしれないが、とにかくリュウジの携帯電話に連絡は今のところ、ない。リュウジは携帯電話を手に取ったが、でももうここまで来たらいっそ急に戻って驚かしてやればいいと思い立ち、リュウジたちは駅前からタクシーに乗った。

 女将は気を利かせてか、さっさと助手席に乗り、リュウジと社長を隣同士に座らせた。

 リュウジは真ん中に居心地悪く座ってからちら、と社長の横顔を一瞥した。最初にバーで契約の話をした時と比べると、全くの別人であるように見えた。憔悴して、目は幾分充血し、落ちくぼんでいた。リュウジはその様を見て単純に気の毒がった。

 「社長、……寝れてねえんすか。」

 社長はゆっくりとリュウジを見つめた。「あ、ああ。」

 「着くまでちっと、寝たらいいですよ。一時間はかからねえと思いますけど。」自然とそんな言葉が口を吐いた。

 社長は力なく微笑む。リュウジは見ないふりをして車窓に視線を遣った。どこか心が温かくなるのを感じた。父親でも、父親でなくてもいいじゃないか。今まで通り、大切な恩人として接していくことには、間違いがないのだ。リュウジは初めて一つの答えを見出し得た喜びに、ふっと口元を緩ませた。


 駅から一時間以上車を走らせると、リュウジにとって見慣れた風景が広がって行った。リュウジはほとんど身を乗り出すようにして車窓を眺めた。全く、何一つ、変わってはいなかった。

 六年間通った小学校、そしてギターを拾ったゴミ捨て場、中学校。ギターのことを教えて貰った楽器店の入っている駅ビル。リュウジは知らず溜め息を吐いた。

 「懐かしいか。」その様子に気づいた店主が微笑みながら尋ねる。

 「え、ええ。」もう隠しようもないのである。

 「あそこ、リュウジが通ってた学校かい?」

 「そう。リュウイチと毎日一緒にな。うわ、懐かしい。あのフェンス上って学校抜け出したことあったっけ。」

 思わず社長は噴き出す。それを皮切りに四人は笑い合った。

 「まったく、本当にヤンチャだったんだねえ。こりゃあ、だいぶ施設の人たちの手を煩わせたね。」女将が頓狂な声を上げ、ますます車内は騒がしくなった。


 細い山道を車はぐんぐん上って行く。これもリュウジが毎日バスで行き来していた道である。もうここまで来れば目をつぶっていたって、どこを走っているかは明確だ。

 あそこに大きな桜の木、次のカーブには葛の蔓が柿の木に大きく絡まっている。そして『山火事注意』の看板、次の丁字路を示す看板、そこまで見届けてリュウジは「ああ」と言った。

 「希望の園」そう書かれた門越しに、緑色の屋根をした平屋の家屋が見える。そこにタクシーは停まった。社長が降り立ち、リュウジがそれに続いた。分厚いガラス戸の扉を開いて、施設長が出てきた。

 「おやっさん……。」

 「リュウジ、」施設長の緊張していた頬が、一気に解けていく。「おかえり。」

 そこには躊躇いの色も後悔の色も、果ては社長や自分を責める色合いも何もなかったことに、リュウジは安堵し喜んだ。

 施設長はその後ろで神妙に立ち竦んでいる三人を見て、「遠い所ご苦労様でした。さ、中へ入って下さい。」と、再び微笑んだ。


 四人は玄関を通り、食堂を抜け、その奥にある応接間に案内された。その一つ一つがリュウジの胸を甚く突いていった。自分には「故郷」と言えるものはないと思っていたのに、痛切なまでに突き刺さるこの光景一つ一つが自分の「故郷」であるのだと、そう確信されてならなかった。食堂でリュウイチに学校でのことをたしなめられたり、廊下でアイナと一緒になってびしょびしょの雑巾をぶん投げ合ったりしたことなどが、溢れるように思い出されていく。

 リュウジの視線に気づいた施設長が、小さく微笑んだ。


 「御無沙汰をしております。」

 応接間に案内されるなり、大人たちは挙ってそう頭を下げ合った。

 「遥々遠い所、大変でございました。」施設長は禿げた頭を更に低くした。

 「……こちらこそ、急に押し寄せてしまいまして。」店主も負けじと頭を下げる。

 「どうしても、……直接お会いしてお伺いしたかったものですから。」社長が言った。

 「お久しぶりです。」施設長がはっきりと社長を見据えて言った。

 「え。……覚えておいで、ですか?」

 「勿論です。」施設長は柔和な笑みで答える。「リュウジのお父様ですから。」

 リュウジは目を見開いた。胸中に施設長の言葉が無数に反響していく。――リュウジのお父様ですから。

 施設長にはそれには構わず、四人をソファに座らせそれぞれの前にお茶を置くと、「出生やここに来た経緯については、リュウジが18になったら話をしようと思っていました。」と静かに語り始めた。

 「それはリュウジにとって、辛い話だからだ。でも、……もう無駄に隠し立てする必要はないのかもしれない。ここにいる、お前のお父さんから聞いている部分も多いと思うから。」

 「そうです。」リュウジは落ち着いた声で言った。「もう、大丈夫です。俺のこと、全部教えて下さい。」

 施設長は眩しいものでも見るように、リュウジの顔を目を細めながら見詰めた。

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