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UNITED  作者: maria
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38

 未だ絶叫轟く幕に向かい、四人は暫くは肩で息をしながら茫然としていたが、真っ先に沈黙を破ったのはアレンだった。

 「良かったな。」

 抽象的ではあったが、四人の心を端的に代弁するものであった。

 「社長にも見て欲しかった。」リュウジは言った。あの温かな笑みで、迎えて欲しかった。

 「いいスタートが切れた。この調子で名古屋も大阪も、ラスト東京も、やっていこう。」ヨシが言い、四人は頷き合うと漸くステージを降りた。


 片付けを終え、その後ライブを最後まで見終えると、駐車場に停めた車に戻り、キャンプでもするように和気藹々と電子ジャーで米を炊き、出来上がった飯をそれぞれの丼に大盛りにし、焼き鳥の缶詰だの、レトルトカレーだのを乗せ、それぞれ勢いよく掻き込んだ。舌の肥えている筈のアレンも「旨い旨い」と大袈裟すぎる程賛美し、リュウジも、ヨシも、キョウヘイも、互いの丼を突き合って互いに旨いと褒め合い、簡単な夕飯は終わった。その後近くの銭湯に赴き汗を流すと、車に戻りそれぞれ小さくなりながら眠った。寝心地は決していいとは言えなかったが、それでもすぐに四人は眠りに就いた。長時間の移動と非常な達成感のあるライブが、心地よい疲労感を齎していたのである。


 翌朝、車内が陽光に満たされる頃、四人は順繰りに車内のキッチンで顔を洗うと、いよいよ東京へと出立した。

 ハンドルを握ったのは、タオルを勇まし気に額に巻いたアレンである。

 「今晩はとりあえず戻って、また明日朝一で名古屋に向けて出発だ。忙しいな。」

 「運転大丈夫か。」助手席のリュウジが心配そうに問いかける。

 「これきしでへばってちゃ、お前の歌を歌う資格なんかねえよ。……ほら、出発すんぞー!」

 Day of Salvationの初ツアーを寿ぐかのように、今日も見事なまでの晴天であった。このまま一旦東京へ戻って、すぐにまた名古屋に向けて出立となる。リュウジは店主と女将に土産物を買いたかった。そう告げるとアレンはサービスエリアに降り立ち、自分からも店主と女将にと牛タンを買ってくれた。リュウジは蒲鉾を買い、女将の喜ぶ顔を思い浮かべながら再び助手席に座り込んだ。

 「本当、お前にとって女将さんは母親同然だよな。もちろん、親父さんは親父だけど。」

 「何だそれ。」リュウジはおかしそうに腹を抱えて笑う。

 「なんかずっとお前は生まれた時からあそこに住んでたって気がすんだよ。雰囲気っつうのかなあ。親父さんと女将さんとリュウジ、親子の雰囲気なんだもん。」

 リュウジは暫く考え込み、ふっと口元を緩めた。

 「まあ、俺だけの部屋があってさ、俺の好きな飯なんて作って出してくれてさ、そんで仕事も教えて貰って金もくれて。金は好きに使っていいなんて言ってくれてさ、居心地は最高だよ。施設で一緒に育った奴も、ここで一緒にいれたらなって思うよ。」

 「へえ、一緒に育った奴ってどんな奴なの。」

 リュウジは賢く品行方正なリュウイチについて、時折自慢げになるのも構わず話した。塾にも行けず問題集も買えぬのにテストは百点ばかりで、どの教師も挙って讃嘆していたこと。成績ばかりではなくしっかり者で、面倒見もよく、施設でも厚い信頼を寄せられ、学校でも文句なしに学級委員、生徒会長と任されていたこと。そして今では医者を目指して県下ナンバーワンと言われる進学校に通い、そこでも優秀な成績を修めていること。

 それからアイナについて。体は小さくて勉強は不得手だが、素直で優しく、花が大好きでいつも自分のギターを楽し気に聴いていたこと、自分の最初のファンであるということ。

 「そうなんだ、いつか会ってみてえな。」アレンはにっと微笑んだ。

 「リュウイチはあと二年もすりゃ会えるよ。大学合格して、上京して来る筈だから。」

 「アイナちゃんは?」

 「アイナにも、高校出たら三人で一緒に住もうって言ってんだ。東京には花屋いっぱいあんだろ。働き口あれば、一緒に暮らせる。」

 「そっか。おふくろ、フラワーアレンジメントなんつうのに凝ってるから、アイナちゃんから買うように言っとくよ。」

 「あっはは、そうしてくれ。アイナはとにかく可愛いんだよ。チビのくせに、一生懸命山ん中、俺らに付いて回ってきてさあ。でも小っちゃい花とかいちいち気づいて、気に入ったのは取って来て部屋に飾ったり、押し花作ったりしてさ。」

 そんな話をしている内に、アレンもリュウジに請われて兄姉の話をした。自分が年の離れた末っ子であったから、散々甘やかされていたこと。兄姉の中では一番母に似ていて、白人の血が強く出ているものだから、母方の祖父母や親族がとりわけ自分を可愛がってくれているということ。

 「ばあちゃんにな、いつかフランスでライブやってくれって言われてるんだよ。」

 「いいな、それ。」

 「エッフェル塔案内してやるよ。」

 そんな話をしながら、ひたすら車は高速道路を南下していく。昼が近づくとサービスエリアでまた米を炊いてレトルトをかけ、簡単な昼飯を食い、東京に戻る頃には既に夕刻となっていた。

 「じゃあ、明日朝一でまた迎えに来るから。」

 そうアレンに言われ、機材も乗せたままリュウジは真っ先に家の前で降ろされた。

 「ああ、わかった。運転お疲れ。ゆっくり休めよ。」

 リュウジはそう言って車の去るのを見届けると、家に入った。

 「おお、帰って来た、帰って来た! お帰り!」と店主と女将に数年ぶりかと見紛う程の歓迎を受け、リュウジは恥ずかしそうにアレンからの牛タンと、自分の蒲鉾の土産を渡そうとした。しかし、感極まった女将からぐいと抱き締められ、リュウジの顔は思い切り潰された。それから土産物に気付き、優しい子だの何だのと一通り賛嘆した後、「また届いていたよ。」と一通の手紙を渡された。そこにはアイナのたどたどしい字で、宛名が書いてあった。

 リュウジは早速準備された夕飯を口にしながら、封を開けてみる。


りゅうじへ

りゅうじのCDきいたよ。すっごいうっさかったけど、りゅうじのギターはすぐ、わかった。こうどうでひいてた時とおんなじ。だから、りゅうじのひくのはすぐわかんの。だってまいんちまいんちきいてたんだもん。

りゅういちもCD送ってもらってからまいんちきいてるよ。りゅういちはききながらまいんち勉強してる。いっぱいいっぱい勉強してるからおいしゃさんに絶対なるよ。ねえ、りゅういちがおいしゃさんになったらあいなとかりゅうじとかがかぜひいたり、けがしたらすぐみてくれるね。りゅうじはやさしいから安心する。あいなね、りゅういちがおいしゃさんになって、りゅうじがギターの人になったらうれしいな。そんであいながお花屋さんになれたら3人そろってうれしいな。

あいな


 帰宅日を伝えていたこともあり、リュウイチからもその晩電話があった。自分の曲を酷く褒めてくれたので、リュウジは背中がむずがゆくなった。でもおそらく最も自分を理解してくれているであろうリュウイチからの賛美は、単純に嬉しかった。アレンから褒められるのとも、店主や女将から褒められるのともそれは違っていた。しかしそれをどう言ったらいいのかわからなかったので、素直に礼を言って、「お前はどうなんだ」と、リュウイチの高校での話も聞いた。リュウイチは成績順のクラス分けで最上位となり、その中でもトップの成績だということだった。

 「でも、大学受験には浪人生も加わってくるし、校内だけの順位じゃ油断はできないんだけどね。」そう言ったが、担任からは医学部を目指すことについて非常な応援を得ているとのことであった。施設から通っており塾通いはおろか、問題集もろくに買えない状況に鑑みて、先生たちが問題集を与えてくれたり、学習用プリントを作ってくれたりするのだとのことだった。そして医学部の受験には面接試験もあるのだから、と必要な本を貸してくれたり、面接練習を行ってくれたりもするのだと言う。

 「凄ぇなあ。」

 「期待に応えられるように、頑張らないとな。」リュウイチの声はやや疲弊しているようにも思えた。

 「疲れてんのか?」

 リュウイチは含み笑いを漏らす。「……何で電話なのにわかるんだろな、リュウジは。正直、今日まで定期テストだったからさ、ちょっと根詰め過ぎてた気がする。」

 「体、壊さねえようにな。」

 「今日は早く寝るよ。お前も無理すんなよ。」

 「たまにしかしねえ。」

 「何だよそれ。」

 「だって今ツアー中だからさ。今日仙台から戻って来て、明日は名古屋。その次は大阪行くんだ。」

 「凄ぇじゃん。」

 「まだまだ小さいライブハウスで、そんなお客さんも入んないんだけどさ。……でも、頑張るよ。」

 「俺もだ。……もし、俺が立派な医者になったら、親は顔出してくれるかなあ。」

 「え。」リュウジは驚きのあまり言葉を詰まらせた。「な、何お前、そんなこと考えて医者目指してたの?」

 「否、違う違う。……ごめん、忘れて。やっぱ疲れてるみたいだ、俺。」

 でもそれが心にもない言葉だとはとても思われなかった。疲れていたからこそ本音が出てしまったのではないか。リュウイチの勉強のモチベーションの一つとして、親との再会というものが、他の孤児たちと同様に、あったのではないか。いつもしっかり者で、誰の便りも必要としていないように思われたリュウイチが。

 リュウジは大きな衝撃を受けた。

 「俺とは違って、リュウイチは優等生なんだからさ、親も手放したことを死ぬほど後悔すんだろうな。一緒にバンドやってるアレンって奴がさ、兄ちゃん医者なんだけど、凄い金稼げるって言ってたぞ。」

 「それだけ、責任のある仕事だからな。人の命を預かるんだから。」

 「それができる頭と心を、お前は持ってるよ。親もさ、きっとそれを身近で育てたかったって思うよ。」

 「いつか、……逢えたらな。」

 「……そうだな。でも、金貸してくれとか言われても、いいように使われちゃダメだかんな。お前は優しいから、マジで気をつけろよ。」

 「わかってるって。お前だってそうだぞ。もし親って人が現れて、金貸せだなんだ言われたって、情にほだされんじゃあないぞ。」

 「ほだされたって、バンドマンには金ねえもん。」

 「もっとでかくなったらだよ。」

 「そりゃあ気を付けなきゃあな。」

 二人は電話口で笑い合った。

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